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呪われし料理音痴イレイナの挑戦  作者: 雨足怜


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11鹿肉の朴葉焼き

「さて、準備はいいですね?」

「……何もするなと言っておいて、何を準備する必要があるのよ?」

「それはまあ様式美というやつです」

 言いながら、ベルコットは用意した食材を並べていく。大きな葉に、キノコ、根菜、調味料。それから、ドン、ともったいぶって置いたのは、葉でくるまれた大きな肉塊。

「そしてこれが今回のメインディッシュ、鹿肉ですよ!」

「へぇ。今日は鹿かぁ」

「はい。森に出かけた下ぼk……こほん、知人の冒険者さんが貢い――んん、快くプレゼントしてくださったのでこれを使おうかと。いやぁ、持つべき知人は狩の上手い冒険者さんですね」

 ネストの感心のせいか、ただでさえ完全に飛んで行ってしまった猫が再びはがれそうで、ベルコットはゴホンゲフンと言葉の綾を誤魔化しながら肉を下ごしらえしていく。

 その光景を見つめるイレイナの目は険しく、ベルコットは内心で冷や汗を流していた。殺人鬼の目を思わせる鋭利な視線を浴びつつも、ベルコットの動きは変わらない。母より教え込まれた料理の腕は、この程度で揺らぐことはないのだ。

「……ずいぶん慣れているわね」

「そりゃあ食事処を経営する母の娘ですから」

 この街で料理を仕事にしている母にみっちりと教え込まれたベルコットの料理の腕には迷いがない。あっという間に準備を終え、ちょうどいい大きさに切りそろえられた肉や野菜を大きな葉っぱに乗せていく。

「その葉は何?」

「これですか?朴葉です。香りがよくて、こうして肉や野菜なんかをくるんで焼くと美味しいですよ」

 言いながら、調味料をふりかけ、葉を丸めて肉と野菜を包む。それを植物の蔓で縛れば準備は完了。

 火を熾し、網の上でじっくりと焼いていく。

「それじゃあ後はスープでも作りましょうか。……ええと、イレイナさん。火の番くらいは――」

「ああ、僕が見ておくよ」

 ――できますよね、とそんな言葉を遮ったネストと視線を交わし、ベルコットはイレイナの料理の腕を再確認する。やや額に汗をにじませるネストは、覚悟が決まっていた。

 すなわち、決してイレイナに料理を触れさせはしない、と。

 そんなネストに視線でお礼をいい、ベルコットはちらちらと横を見ながら野菜を切り、スープを拵える。

 ちなみに、三人がいるのは燃え尽きた家の横、庭というには少々荒涼とした広場である。とりあえず買って来た組み立て式のテーブルで野菜を切りながら、ベルコットは燃え尽きた家を見て体を小さく震わせる。一体何がどうなれば一晩のうちに家がなくなるのかと。

 石で組み立てたかまどには二本の金属棒が通してあり、その上に金属網と、さらには横に鍋を置く。出汁の旨味はキノコでとり、後は塩で軽く味を調えて完成という手抜きのしようだが、誰も文句を言うことはなかった。

 そんな一連の動きを、イレイナは目を皿にして見ていた。

「さ、さあ、食べましょうか!」

 商業組合から来るはずの職員の到着にはもう少しかかる。昼を少し過ぎた今、どうして自分はこんなところに居るのだろうなどと思いながら、ベルコットはつい先ほど購入された皿に朴葉焼きを乗せ、器にスープをよそう。

 今日は午後から休みだったはずなのに――というぼやきはネストにもイレイナにも届かない。何しろ、ベルコット自身が給金につられて午後という空き時間を費やしているのだから。

 つまりこれは副業だった。

「いただきます」

 熱い朴葉を開きながら、ベルコットは立ち上がる香りに笑みを浮かべる。緊張の糸が途切れたからか、きゅるる、と小さくお腹が鳴り、ベルコットはわずかに耳を赤くした。

 果たして味は――と二人を観察していたベルコットは、大きく目を見開いたネストの姿を見て成功を確信した。

「美味いね!朴葉って存在は知っていたけどこんなに香りがよくなるんだ!」

「はい。すごいでしょう?特に味噌との相性が抜群なんです。キノコの旨味と味噌と朴葉。この組み合わせに勝るものはここらではないと思いますよ?」

 言いながら、ベルコットもまた自分のぶんに口をつけ、その味に満足げに笑みを浮かべる。少し獣臭いかと心配した鹿肉も、下ごしらえによって臭みはほとんどなく、食べやすく出来上がっていた。

「……それで、イレイナさん。どうですか?」

 給金は問題ない。聞く限り壊滅的な料理の腕をしているイレイナの料理を上達させるというのは不可能だとベルコットは思っている。だが求められるのは指導であって、イレイナの成長ではない。これほど美味しい仕事を逃してたまるかと、そんな思いを込めてベルコットはイレイナを見つめる。

 当のイレイナはと言えば、湯気が立ち昇る肉を口に放り込みながら、やや険しい表情で小さく首をかしげていた。

「……ネスト、美味しいの?」

「ああ、美味しいよ」

 まるで美味しいとは思っていないようなイレイナの様子に、ベルコットは彼女の味覚が狂っていることを理解した。

 果たして、満面の笑みを湛えて美味しいと告げたネストにベルコットが胸打たれているうちに、イレイナは決断を下した。

「それじゃあよろしく。ベルコット師匠」

「ふ、ふん。いいでしょう。私は今日からあなたの師匠ですよイレイナさん。いえ、イレイナ!」

 ネストのパートナーという美味しい立場を横からかっさらったイレイナ、その師匠という上のポジションに君臨できたことが、ベルコットはまんざらでもなかった。

 だが、ベルコットはまだ理解していなかった。イレイナに料理を指導するというのが、どれだけの苦難の道であるかを。

 ふふんと胸を張るベルコットをよそに、何やら立ち上がったイレイナが土地の奥へと歩き出す。

「それじゃあ、これからのことを……ってどこに行くんですか?」

「ん。師匠としてまずはこれを味見してほしい」

 そう言いながらイレイナが持ってきたのは、何やら鮮やかな蛍光グリーンをした物体だった。暗闇であれば仄かな光を放っていそうなそれは、触れる木の器を溶かしているのか接触面から白煙を立ち昇らせていた。ウボァ、という音は、ベルコットの口から出たものか、あるいは蛍光物体の表面に現れた怨念のような顔の口から出たものか。

 盛大な冷や汗を流しつつ、ベルコットは目に毒な異常物体から目を逸らす意味でもネストの方を見る。

「……ネストさん。イレイナを止めていて下さるという話ではありませんでしたか?」

「ん?僕はしっかり料理を守ったよ?まあ暇をしていたイレイナが残っていた野菜の端を使ってベルコットさんの料理を再現しようとしていたんだよ」

 スープを啜るネストは、これも美味しいね、と微笑む。そこには一抹の罪悪感さえもありはしなかった。

 ネストを見るベルコットの目が鋭くなる。この甘やかし野郎が、と心の中で毒がもれる。

「それを、止めなかったと?」

「だって止めたらイレイナはせっかくの料理に手を加えそうだったからね。僕にだって劇物と料理、どちらを食べるかを選ぶ権利があると思うんだよ」

 どしゃ、とイレイナがテーブルの上に料理を置く。いや、それを料理とは決して呼びたくないと、ベルコットの魂が叫んでいた。

 ウボァ、ゴボアと唸り声を響かせる蛍光グリーンの物体。白煙立ち上るそれから漂う強烈な悪臭に、ベルコットはキレた。

「こんなゲテモノを料理と一緒に置くなぁ!」

 自分の料理を膝に避難させ、返す動きでベルコットは卓をひっくり返す。

 料理は宙を舞うが、イレイナは自分とネストの料理だけは素早い動きで回収する。

 吹き飛んだ机が嫌な音を響かせて地面を転がり、加えてイレイナの料理(?)もまた地面にぶちまけられた。

 強烈な白煙と刺激臭をばら撒きながら大地を溶かしていくそれは、間違いなく料理ではなかった。少なくともベルコットにとっては。

「……ベルコット?」

 食べ物を粗末にしようとしたからか、あるいは自分が作った料理が食べられないものになったからか、イレイナはベルコットに強烈な殺気を飛ばす。けれどベルコットはひるまない。心に決意と正義の炎を燃やし、ビシ、とイレイナを指さしながら宣言する。

「良いですか!食材で遊ばない!もったいないことをしない!あなたがこの私を師匠と呼ぶ限り、この二つは絶対に守ってもらいますよ!」

「……それは私のセリフよ」

 ベルコットの勢いに飲まれていたイレイナがつぶやく頃には、既に二人は食事に戻っていて。

 そのつぶやきを聞き届けるものは誰もいなかった。

 断末魔の叫び声のようなものを上げる緑の謎物体に祈りを捧げ、ベルコットは空中で回収したスープに口をつけて、ほう、と熱い吐息を漏らした。


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