幕間1勇者パーティの話
「はは、やっぱりあいつはいらなかったな。この俺のパーティに足手まといが存在していたことがおかしかったんだ!」
醜悪な笑みを浮かべながら叫ぶのは、黄金の髪が美しい男。光り輝く銀色の鎧に、髪や瞳と同じ色合いをした、柄から鍔、鞘までまばゆい黄金色の剣を提げている。
勇者レオニードは、仲間の女性三人を左右と後ろに侍らせながら今日も豪遊していた。
魔王との戦いの最前線にある街の一つにレオニードたちは逗留していた。この街の領主直々に防衛依頼を受けたレオニードは、魔王軍の侵攻が確認されるまで怠惰な生活ばかりだった。
ここまでの道中ではイレイナ抜きの美女三人を侍らせ、はばかることなく快楽に耽った。そのせいでタガが外れたのか、レオニードはローテーブルをはさんだ反対のソファに座る領主を前に、左右に座る治癒師アーリシアと魔法使いティルメニアの胸を揉みしだいた。
わずかに洩れる熱を帯びた息遣い。そして肩に感じる柔らかな双丘。しなだれかかるヒストリカが耳元で漏らした吐息に、レオニードはだらしのない笑みを浮かべる。
「……そのぉ」
「ああ?」
最高潮だった雰囲気をぶち壊しにする声に、レオニードが声に殺意を乗せて威圧する。瞬間、小太りの領主はその顔を土気色に染め、ガタガタと震え始めた。
「んだよ?」
「いえ、あの、斥候から魔王軍と思しき集団が確認されたと……」
「はっ。ようやくお出ましかよ!いいぜ、俺は勇者サマだからなぁ!給料ぶんの仕事はしてやるぜ」
だからわかってんだろうなぁ――そう告げられる勇者の視線を前に、領主は蛇ににらまれた蛙のように体を小さくして、わずかに頷いてみせる。
舌なめずりをする勇者は仲間の女性二人の肩から腕を離し、剣の柄に手を当てながら意気揚々と部屋を出て行った。
燃え尽きたようにうなだれる領主の男がノックの音を聞いたのは、それから約二時間後のことだった。
「……スラシャか」
部屋に入って来た女性は、美しい緑髪の女性だった。ウェーブのかかった長い髪は豊満な胸にかかり、そのふくらみを強調する。腰や臀部の肉つきに反して容姿はやや幼いベビーフェイス。つややかな桃色の唇やわずかに垂れた目もとはひどく異性の庇護欲を誘う。淡い緑の瞳は、領主の男と同じ色で。けれどそこには、絶望に光を失った領主の目とは違う、覚悟の輝きがあった。
「お父様。勇者様はすでにお出になられたのですか?」
「ああ、ああ!愛しい我が娘スラシャ。どうか逃げておくれ。あの男の毒牙にかかるくらいであれば私は……ッ」
強く歯を噛みしめ、太ももに爪を立てる領主。そんな父を見ながら、スラシャと呼ばれた女性は小さく首を横に振る。
「いけませんわ、お父様。勇者様は人類の希望。求められた対価は払わねばなりません」
「だが、彼は報酬の大金に加え、お前の酌を求めているのだ!あの好色が何を考えているかなど明らかだ!お前も分かるだろう?あの獲物を見定めた暗い輝きを帯びた目を。私は父として、あの男の前にお前を晒すわけにはいかないのだ」
始まりは、街の付近で魔王軍の斥候と思しき魔族が目撃されたことから始まる。魔物が進化して人間に似た姿を取るようになったのが魔族。その戦闘能力は恐ろしいもので、並みの戦士では太刀打ちできない。そんな魔族が斥候としてやって来るということは、街を攻めて来る魔王軍には確実に魔族が複数存在する。魔族たちの中でも一角の強者である魔王の幹部が率いている軍である可能性もあった。
だからこそ領主はその軍団の討伐を勇者に依頼した。その場で、彼は美しい娘を勇者に見られてしまった。
好色勇者と名高い、現勇者に。
その時の勇者が見せた、上から下まで視姦するような目。娘の胸元や太腿を見て舌なめずりをした勇者のことを、彼は忘れてはいなかった。
「……お父様、勇者様を『あの男』などとお呼びになるのはおやめください。どこに耳があるかわかりませんわ」
父をたしなめるスラシャも、勇者が好色である点については否定しなかった。あちこちの美女が勇者の毒牙にかかっていることは、スラシャの耳にも入ってきた。だが、スラシャとて貴族の娘。民を守るためであれば勇者にその身を捧げなければならない。たとえ、震えて膝から力が抜けて崩れ落ちそうな恐怖に侵されていたとしても。
「……お父様。私は大丈夫です。どうか民のことを一番にお考え下さい」
そう告げるスラシャを強く抱きしめ、領主は決意する。この心優しい娘を、勇者に差し出すなどありえないと。
覚悟を胸に宿した父は、娘を守るために必死に思考を働かせる。
その時、強く激しいノックの音が響き、部屋に騎士の一人が飛び込んでくる。彼は古くから領主に仕える壮年の騎士であり、スラシャを父のように見守る男だった。
スラシャを勇者から守らねばならないという使命感を領主と共にする騎士は、肩で息をしながら部屋に入り、領主に焦りを宿した視線を向ける。
「ッ、なにごとだ!?」
「勇者様が魔王軍を退け、帰還なさいました!」
「馬鹿な!?まだ半日と経っていないぞ!?」
叫ぶ領主の腕の中で、スラシャは絶望に視界が暗くなった気がした。勇者が、帰って来る。魔王軍をわずか数時間で退ける怪物を前に、抵抗する等愚策――
「スラシャ様!今すぐ出奔なさいませ!私どもがあなたをお守りいたします」
「駄目よ。逃げるなんてそんなこと……」
震えながらも告げるスラシャは、胸もとの衣服を握りながら告げる。自分は逃げてはいけない。民のため、この身を勇者に差し出すのだとそう心に言い聞かせながら。
けれど土壇場になって、恐怖はますます増していく。こんなことのために身を守っていたのではないと、そう思う彼女の頬を、一筋の涙が伝う。
それを見た領主の頭で、何かが切れる音がした。
「いいや、スラシャ。お前は逃げろ。ひとまずは王都に向かえ。そこから隣国に向かい、叔父にかくまってもらえ。あいつなら信用できる。いいか、勇者様はお前に酌を求めたが、それは本来の契約にない。お前は急用で外へ出た。それだけだ」
力強い父の眼差しに、スラシャの心が傾く。小さくうなずく彼女を見て、領主は娘を逃がすために声を張り上げる。
生き生きと動き出した騎士たちを見ながら、領主は娘を強く掻き抱く。どうか無事であってくれ、と。
「まったく、魔族だって聞いていたからなんだと思えば、ただのインプかよ。腰抜け領主だな」
雑魚を蹴散らした勇者レオニードは、道を塞ぐ枝を手で押しのけながら息を吐く。同行していた騎士は馬に乗って一足早く帰還しており、特に気遣う必要もなかった。だからこそ吐いた毒に、同行するパーティメンバーの三人は強く同意する。
「本当ですね。まさかこの程度の敵を相手に勇者様のお手を煩わせたとは」
「ほんと、話にならないわ」
「ああ、まったくだな」
口々に告げる仲間たちを満足そうに見つめ、勇者はティルメニアにしなだれかかる。
「まあいいさ。この俺にかかればもとより敵なんていないんだからな。それよりこの昂ったこの熱を冷ますほうが重要だ」
「あら、新しいお気に入りを見つけたんじゃなかったかしら」
「ああ。スラシャか。あいつもいいが、ここにはいないじゃねぇか」
ねっとりとした笑みを浮かべながら、レオニードは新たな獲物を思う。覚悟が決まったような素振りを見せながらも、それが心の弱さを隠す仮面であることを彼は見抜いていた。
強いようで心の弱いスラシャ。彼女をどう楽しむかとレオニードは勇者とは思えない下卑た思考を働かせる。
ふと、その思考の中に一人の女性の姿がよぎる。
勇者である自分の誘いに気づきもしなかった天然女。幼馴染だから仕方なく仲間にしていたあの女は今どこで何をしているかと、そんなことを考える。
気づけば夜の帳が落ちていて、暗くなった森で勇者は笑う。
あいつはきっと今頃、雨風もしのげないような粗末な陋屋で震えているだろう、と。
一方そのころ、イレイナは燃え尽きた家の跡地にて野営用のテントを立てて眠っていた。
それは、あるいはネストにとっては新居で暮らすよりも天国に思えたというが、それはまた別の話――




