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他人の自我を吸って生きている。

作者: 白江桔梗

 深く、深く、息を吸う。

「本日の……昨日未明……犯人は……との事です」

 寝起き覚ましにつけたテレビからは聞き慣れた音声がする。どこかで誰かが起こした事件、珍しい動物の行動、値上がりした乳製品のニュース。どれもがありきたりで、どれもが浮世離れしているような、そんな感覚。アタシには関係ないと吐き捨てて、パンをひとかじりする。

 毎日のルーティンではあるが、そんなものが聞きたくて空虚な電子の箱に光を灯す訳では無い。ドライヤーが壊れて、訪れた電化製品のネオン街では、やれ薄型が、やれ軽量化がなんて叫んでいたが、どうせ空っぽなんだから、それらしい見た目の方がまだマシだ。

 実の所、スマホでも別に良いのだが、やはり細部まで見るなら、画面の大きいテレビの方が精度が上がる。言葉、イントネーション、手の動き、目線、表情筋の動き、服のチョイス、物へのこだわり。それらをよく見て、息を吸う。気になる箇所があれば録画し、再生、巻き戻し、再生、巻き戻し……それをひたすら繰り返す。ドラッグ、コピー、ペースト。表計算ソフトのマスのように、脳のセルが全て()()で埋まるまで、何度も、何度も繰り返す。

 気が遠くなる作業、普通の人間であれば、気が触れてもおかしくない。だが、幸か不幸かアタシは自意識なんてない。そんなものは最初から持ち合わせていない。植物が、動物が、この世の生物が生きるために呼吸を繰り返すように、アタシもただそれだけの理由で息を吸う。

 石橋が砕けて渡れなくなるほど確認した後、スマホに設定したアラームが鳴り響く。アタシが設定した覚えのないものだ。でも、これもいつもの事。どうせ、()()が設定したのだろう。念の為、メールをもう一度確認する。

『すみません、今日はどうしても外せない用事がありまして……昼13時のレポーター、()()()()()()頂けませんか?』

 このメールを貰った記憶と共に、送った記憶もある。自我なんて持ち合わせていれば記憶が混濁し、あっという間に狂うだろう。こんなことをするのは私以外知らないし、私だけで充分だ。大方大丈夫だろうが、軽く喉を鳴らし、チューニングをする。

「あっ、あっ。本日の……昨日未明……犯人は……との事です」

 ここまで仕上がれば、完璧だ。あとはゆっくりと身体的特徴をコピーするだけ……

「ああ、くそ。朝に弁当なんて面倒なもん作るタイプかよ、料金上乗せだな」

 重い腰をあげる。利き足が違うため、若干の違和感を覚えるが、そう思うのは一瞬だ。キッチンに向かい、包丁を握る。

「貴女は私になれるけど、私は貴女になることができない。だから、貴女は()()()()()生きることができるのね。でも、それってとても悲しいことじゃない?」

 耳元から、あるいは胸の内から私の声がする。

「んなこと知るかよ、バァーーカ」

 今日もアタシは、他人の自我を吸って生きている。

後日作品の裏話等を『活動報告』に記載しますので、興味がある方はお越しください。

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