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美形貴族の中からダーツで夫を選んだ悪女です ~私と夫の一年戦争~  作者: 山田露子 ☆ヴェール小説4巻発売中!


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甘くない結婚式


:::⁑:::⁑:::⁑:::⁑:::⁑:::


 ――夏。いまだ膠着状態。


 私はしばらくのあいだウィリアムとの接触を断っていた。


 そうしていても、チクタク、チクタク……時計の針は進んでいく。二人の結婚式は日取りがすでに決まっていて、それは現状、取り止めになってはいないのだ。


 心がすれ違ったままでも、婚約状態は継続されている。


:::⁑:::⁑:::⁑:::⁑:::⁑:::




 祖父が吐血したらしい。


 クリスティはそれを、モズレー子爵家のメイドから聞かされた。


 基本的に、クリスティが祖父と会うのは、月に二度。場所は下町で。これはずっと続いている習慣だ。


 ところがクリスティ的に、この頻度では用が足りなくなってきた。祖父の具合が悪いようだと悟った彼女は、もっと頻繁に会いたいと考えた。そこで祖父に、モズレー子爵家のほうに時折遊びに行っていいかと尋ねてみたのだが、断られてしまった。


「そうやって君に心配されるとね、『おや、もしかして私は悪い病気なのかな?』と暗示にかけられそうなんだ。クリスティ――私と会う時間を増やせるのなら、それを使って、もっと君自身の世界を広げるべきだと思う。君がまだ出会えていない、優れたものは沢山ある。素晴らしい絵画や、心躍る音楽、新しい友人――そういった出会いのチャンスを逃すべきじゃない。老いぼれのアドバイスは聞いたほうがいいと思うよ。……お願いだ。私の体調を気遣うのは、どうかやめてくれ。私がつらくなってしまうから」


 クリスティは祖父の希望を聞き入れ、『月に二度、下町で会う』という習慣を継続することにした。それでも彼の様子は気になったものだから、こっそりとモズレー子爵家のメイドと外で会うようにして、定期的に情報をもらっていたのだ。


「旦那様が、主治医と話されているのを聞きました。――いくつかの症状が合致するので、おそらく『ソーン病』ではないかと」


「治るのよね?」


「不治の病です。ですが……西側の隣国には特効薬があるのだとか」


「なんとしても手に入れるわ」


「ですが隣国とは国交が途絶えていますし、王室が管理している薬のようなので、どうあっても入手不可能とのことでございました」


 メイドはハンカチで目頭を押さえた。モズレー子爵家に長く勤める彼女も弱り切っているようだ。大柄な彼女が、頑健そうな体を縮こませている様子は、なんとも憐れを誘った。


「……旦那様は口には出しませんけれども、クリスティお嬢様の結婚式を楽しみにしているようです。それが支えになっているのではないかと」


 クリスティは言葉もなかった。


 祖父が吐血したというのがショックすぎて、何も考えられない。


 ――ただ一つはっきりしているのは、クリスティは絶対に結婚しなければならないということ。


 結婚話が潰れたなんてことになったら、祖父をとんでもなくがっかりさせてしまう。それで病勢が亢進こうしんするようなことは避けなければならない。



***



 相手方、ウィンタース家の希望により、結婚式は内々に行われることになった。


 ささやかな式だろうがなんだろうが、クリスティはちっとも構わなかった。祖父が出席してくれて、祝ってくれるのだから、それだけで幸せな気持ちになれる。


 神父の前で誓約をして、指輪を交換し、誓いのキスをすることに。


 ――向かい合った彼は少し躊躇ってから、クリスティの額にキスを落とした。


 クリスティは見守ってくれている祖父のほうを眺めたあとで、何か悪戯を思い付いたような顔で、ウィリアムのほうに手を伸ばした。彼のタイに指を引っかけ、自身のほうに引き寄せる。彼は下方に引っ張られて、背を丸める形となった。


 背伸びをして、彼の唇にキスをする。


 ウィリアムが動揺したのが分かった。クリスティは彼からあっさりと離れると、小悪魔的な仕草で彼を見上げ、美しく口角を持ち上げた。


「――キスはこうやるのよ、お馬鹿さん」


 彼のなんともいえない困り顔。眉根を微かに顰め、何か言いたげに瞳を揺らし、照れたように頬に朱が差している。


 これが本日のハイライト。あとは粛々と。……ただ粛々と。


 クリスティは結婚証明書にサラサラとサインをし、『これで私たちは夫婦なんだわ』と考えていた。けれど――どうしてだろう。これが正しいことだと思えない。


 『何かが足りていない』というよりも、『逆に、何か足りているものが一つでもあるのだろうか?』というような状態だった。


 傍らに佇む彼は、恋するような瞳で花嫁を見つめてこないし、甘い台詞を告げてもこない。――クリスティはクリスティで、彼のことをこれっぽっちも信じることができずにいた。


 サインを終え、ペンを置いたあとも、びっくりするほど感情が揺れなかった。




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