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Valkyrie Panzer‐守りたい笑顔‐  作者: 雪代 真希奈
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第2章『才能、自信、恐れ』

「はい、じゃあみんな、新しい友達を紹介するから注目して。マコ、入ってきていいよ。」

 先ほど、後で呼ぶから廊下で少し待っていてほしいと言っていた珀亜さんのそんな声が、教室に木霊している。

 …珀亜さん、そもそもの話ですけど、学園の先生なのにいつもの呼び方でいいんですか?…いいのか。そもそも呼んでるのは珀亜さんだし、親戚で通してるらしいし。

 そんなことを思いながら、俺は教室のドアをくぐる。教壇の前に立ち、黒板に名前を書いた後、俺は教室にいる生徒たちに向き直った。

「…ええと、今日からヴァルホルに編入しました、鶴城 誠です。よろしくお願いします。」

 俺が挨拶をすると、ぱちぱちとまばらな拍手が聞こえてくる。

「何度も話したけど、マコはあたしの親戚だ。みんな、あたしの弟分をよろしくね。マコ、何かわからないことがあれば、みんなに聞きなよ。…あ、一応言っとくけど、あたしのクラスでいじめや嫌がらせは許さないからね。…まあ、他のクラスの子が何かやらかすならともかく、そんなことあたしのクラスでやる子はいないって信じてるけど、言わずにはいられないから言っておくよ。肝に命じておくように。いいね?」

 そう言って、からからと笑う珀亜さん。

 …一体、この教室の何人が珀亜さんの本気で怒った姿を見たことがあるのだろうか、と、俺は考えてしまう。この人、本気で怒ると本当に怖いからなぁ…。専ら俺にちょっかい出す人間に対して怒ってたから、俺は今のところ怒られたことはないんだけど。 

「…さて、とりあえず質問コーナーとかしたいとは思うけど、それは休み時間のお楽しみにしてもらって…。マコ、目は悪くなかったよね?一応、窓際のあそこに席を取っといたんだけど、あそこで大丈夫?」

 そう言って、珀亜さんが窓際の空いている席を指すと、その右斜め前にいるリゼットがにこりとしながらこちらに手を振ってくる。…と思えば、同時に空いている席の後ろの席にいる重樹が俺に対して親指を立ててくる。…そういえば、学園では寝てばかりって言ってたっけ。なるほど、影になって一石二鳥ってことか。

 そして、リゼットの後ろ…その席の隣にいたクリスとも目が合う。 

「-------------!!」

 ぼふっ、と顔を真っ赤にして、クリスが机に伏せる…しかし、勢い余ったのだろう。ゴンッ!と派手な音を立てて、机におでこを思い切りぶつけてしまうクリス。

「あぅっ…。」 

 おでこを押さえて蹲ってしまうクリス。だ、大丈夫か…?

「あー…クリスちゃん、大丈夫?誰かと変わってもらうこともできるけど…。なんか朝、重樹君に机を持って来てもらおうと思って呼んだ時に聞いたところによれば、もう何人かとは顔見知りって話だったし、それならある程度知り合いが固まってるとこがいいかなって思っただけなんだけど…。」

 珀亜さんが言うと、クリスははっとしたように飛び起きて言う。

「あ…い、いえ、大丈夫です…!お気になさらじゅっ…!」

 …今度は慌てすぎて舌を噛んだらしい。

「そ、そう…ならいいけど…無理だけはしちゃだめだよ?とりあえずマコ、あの席に座っちゃって。」

「あ…はい、わかりました。」

 一先ず、俺がその空いた席につくと、見透かしていたかのごとくチャイムが鳴る。

「さて。ホームルームはこんなもんで終わりだね。じゃあ、さっそく授業に行くよ。」

「え…珀亜さん…じゃなくて、白鷺先生が授業をするんですか?」  

 疑問に思ったことを、俺は素直に質問してみる。

「そうだよー。まあ、昔とった杵柄ってやつさ。」

 …そういや確かにこの人、ヴァルホルの大学部で社会科の教員免許も取ったって言ってた。…自衛隊に入ったんだから、それもあってないようなものだと思っていたけど。そう考えると、いろんなことしとくと損はないものなのかな。

「さて…みんな、教科書出して。マコはまだ教科書は持ってないはずだから…とりあえずクリスちゃんから見せてもらって。」

「あ、はい。」

「ふにゃ…!?」

 俺とクリスの声が、見事なハモりを見せる。

「…あ…ええと…いい、かな?」

「は…ははははい…。」

 クリスはぷるぷるしながら、机をこちらの机にくっつけて、その勢いなのか、俺に教科書を突きだして言う。

「ど…ど…どうぞ!!」

「…ええと、それじゃクリスが見られないよ…?」

「はぅっ…。」

 そう言って、今度は机と机の真ん中に置くクリス。

 …滅茶苦茶恥ずかしいんだが…しかし、これほどいろいろと起こっていれば、爆笑でも失笑でも、何かそういった笑いでも起きそうなものだが、やはり、周りからはほとんど何もアクションは起こらない。重樹が言っていたのは、このことだったのだろうか。

「はい、終わったかい?じゃあ授業始めるよ。とりあえず、マコのために今日は軽く復習から入ることにしようか。さっそくだけど、そうだね…アナちゃん、国連が定めている、ヴァルキリーとオーディンに関する国際法について、覚えてるところまででいいから言ってみてくれる?」

 珀亜さんが言うと。


「-------わかりました。」 


「------。」

 すっと立ち上がった女子生徒を見て、俺は声を失う。

 クリスよりも少し色が白みがかっている長い金髪と、白雪のような肌、紫色の瞳。そして、制服に隠れている体のライン…本来なら、そんなところを見てしまうのは駄目なことなのだろうが、そのプロポーションはおそらくクリスに勝るとも劣らないだろう。

 そして------彼女を見ているだけで、まるでその瞳に引き込まれるような感覚。美しい、綺麗だ、と思うだけでなく、何か心に突き刺さってくるような感覚。例えるなら、クリスが美しさの中に見え隠れしていた類稀な可愛らしさで俺を圧倒したなら、彼女はその美しさの中に、気高く強いとでも形容するべき雰囲気を醸し出している。 

「…一、国連安全保障理事会は、ヴァルキリー及びオーディンの資質を持つもの、及びその家族に対し、国家、テロ、民間その他に対する恒久的保護の義務を負うこととする。ただし、該当者の生活や財産、人権その他を脅かすものになってはならない。

 二、国家及びその内部のすべての組織は、ヴァルキリー及びオーディンの保護を迅速に行うため、国連安全保障理事会への情報の開示、及び国連安全保障理事会の査察を受け入れるものとする。

 三、国際連合は、ヴァルキリー及びオーディンの保護、及び教育に関する組織を置くことを、各国に通達することができる。その統括本部をヴァルホル国際平和学園とし、日本、伊豆諸島・小笠原諸島の列島地域にこれを置くこととする。また、国連安全保障理事会常任理事国、及び非常任理事国経験国においては、ヴァルホル国際平和学園の付属となる教育機関を有することとする。

 四、ヴァルキリー及びオーディンは、能力の覚醒した時点において、ヴァルホル国際平和学園において教育を受ける義務を負うこととする。ただし、義務教育終了に至るまでの教育課程においては、ヴァルホル国際平和学園の付属校に通学することは各人の意志に基づくものとする。また、勤労者や年齢といった諸々の理由によりヴァルホル国際平和学園における教育が困難な者については、その人数を把握した後、国連安全保障理事会による保護申請、及び基礎教養セミナーへの参加を希望することができる。

 五、各国における陸、海、空軍においてヴァルキリー及びオーディンを戦力とすることは、特別の事情がない限り、これを認めない。ヴァルキリー及びオーディンをやむを得ず戦力とする場合、国防のための予備戦力とするにふさわしいと国連安全保障理事会が判断した組織に限り、これを認める。ただし、戦力として徴発する際は、国連安全保障理事会の立ち会いの上、ヴァルホル国際平和学園における正規の教育を得たもので、かつ本人の同意を得ることのできたものに限り、これを認める…。以上です。」

 彼女が、柔らかく静かでありながらよく通る声で言い終わると、周りから「おぉ…。」という感嘆の声が上がる。

「お、さすがアナちゃん。覚えてる限りとは言ったけど、まさか条文全部を暗記しているとはね。」

「いえ、この学舎で学ぶヴァルキリーとして、そして最上位ヴァルキリーとして、当然のことです。」

 女の子が、再び席に着く。

「…おい、誠。あいつのこと、知ってるか?」

 …後ろから、重樹が俺の背中をシャーペンでつんつんしている。

「え…いや、知ってるも知らないも、初対面なんだけど…。」

 俺が小声で答えると、重樹は「まあ、そりゃそうか。」と言って続ける。

「あいつはアナスタシア・ニコライエヴナ・シャシコワって言ってな。俺も最初は知らなかったんだが、ロシアの古くからある大財閥一家の一人娘…要はモノホンのお嬢様らしい。うちのクラスの学級委員でもある。あの見た目の上に文武両道、おまけに最上位ヴァルキリーっていうまさに完璧超人…なんだが、発想が多少古風っつーかなんつーか…それに、何だかんだで強さがすべて、みたいなとこがあるらしくてな…まあ、こいつは噂でしかねぇんだが、あいつに告白した男共はことごとく投げ飛ばされてやられたらしい。その時の台詞が『わたくしより弱い殿方には興味などありません』だそうだ。それでついた渾名が『氷の王女』だとさ。」

 …なんだそれ。

「…あ…そういえばお前、まだどのチームのオーディンになるか聞いてない感じか?」

「え、ああ…一応もう聞いてるよ。確か、『アルファ』って。」

 昨日はなんとなく話の流れで話してしまっていたが、チームなるものに関してはまだよくわかっていない俺である。職員室でどこのチームに入れられるかについて話はされたが、それでもあまりわかっていないのが実情だった。

 それを聞いて、重樹は「やっぱりな…。それを聞いて安心したよ。」と言った後、すぐに顔色を改める。

「とりあえず…昨日も言ったが、今パンツァーの学舎のチーム…まあ、要は何か行事やら何やらをする時の、クラスや学年の垣根を越えた班みたいなもんって考えてくれりゃいい。一応ヴァルホルの授業には、力の使い方を勉強する意味で模擬戦なんかもやったりするし、そこでもこのチーム対抗でやるんだが…そのチームでオーディンがいないところが二つあるって言っただろ?そのひとつはお前が入れられるっていうチームであるパンツァーα…このクラスで言えば、クリスやリゼットのいるチームだな。そんで、もう一つはあいつのチーム…パンツァーΩだ。この二つは昨日も言った通り、ちょっくら特殊なチームでな…普通ならチームはくじ引きで決まるはずなんだが、αとΩはなんつーか…とりあえず、くじ引きで決まったもんじゃねぇんだよ。」

 え…。

 何も言わなくとも、俺の表情だけを読み取ったんだろう。重樹が「いいか、よく聞けよ。」と言って続ける。

「実はαとΩはな、個々の才能だけを考えれば間違いなく今のパンツァーの学舎…いや、今現在のヴァルホルにおいて最強の二チームだ。だがな…なんでそんな連中にオーディンがつかなかったか…聞いたところによれば、その理由のひとつがな…昨日も言ったけどよ、αは才能だけはあるが、いろんな意味でかなり不安要素があるってことで、学園がそういうヴァルキリーを押し込めたチームだから、Ωはアナスタシアのことを死ぬほど崇拝してる連中…しかもよりにもよってこっちもことごとく高い才能を持ってる、文字通り今のパンツァーの学舎における最強を集めたような精鋭揃いの連中が、あいつのことを勝手に担ぎ上げた上に、学園に無理を通させて作らせたチームだからって話だ。まあ、今の形になってからずっとオーディンが決まらなかったαはそこまで危なっかしいことはねぇだろうが…問題はΩだ。詳しくは知らねぇが、聞いたところによりゃ、Ωの存在を学園に認めさせた連中の勢い足るや、受け入れられなきゃ学園ごとぶっ潰すと言わんばかりだったらしい。それからな、過去にΩに突っ込まれたオーディンは、今じゃみんなパンツァーの学舎から離れて、オーシャンの学舎に転科してる。…どうしてかって言えばな、あのチームの連中、使えそうなオーディンを片端から引きずり込むのはいいが、いざあいつのチームに突っ込まれたとして、使えねぇ、あるいはついてこれねぇとわかるや否や途端にチームから弾き出すらしい。元々数が少ないオーディンだ、チームが決まった後にそんなことになりゃ、チームが余ってるとこに行くしかなくなっちまうってわけだな。それに、本人たちがαに行きたがらなかったり、学園がαに行かせたがらなかったらしいってのもある。そもそも勧誘されたからって言ってΩに入るようなオーディンのほとんどは、アナスタシアや他のメンバーとお近づきになりたいとか、自分のステータスを上げるためとしか思ってねぇような考えの連中ばかりみてーだからな。Ωにとっちゃそんな輩は欲しくねぇし、そんな輩にとってみれば、次の受け皿であるはずのαは、少なくとも後者の連中は眼中にすらねぇんだろ。ちなみに前者…かわいいやら美人やらのヴァルキリーとお近づきになりたいだけの連中も、最終的には自分のステータスの維持に躍起になって、Ωとは逆の意味で際物揃いのαには絶対に来たがらねぇ。学園もそれをわかってるから、わざわざ面倒なことはしたくねぇんだろ。まあ、俺は今のところ声はかけられてねぇし、もし誘われたとしたって、今のチームが気に入ってることもあって、動くつもりはねえ。…だが今のうちに言っとく、あいつらに捕まったら最後、次に痛い目を見るのはお前かもしれねぇ、気をつけろ。」 

 そう話す重樹の顔は本当に真剣そのもので、明らかにふざけ顔ではない。

 …だが。

「…まあ、でもクラスメイトなわけだし、やっぱり仲良くはしたいと思うけどね。」

 俺がそう言うと、重樹は首を捻りながら言う。

「…まあ、そりゃあなぁ…俺も昨日は『気に入られたとしたら選り取りみどりだ』とか言って煽っちまったし、実際俺もそこまでアナスタシア本人やΩの連中と話したことはねぇから、さっき言った噂が本当かどうかもわからねぇし、関り合いになるなとは言わねぇけどよ…とりあえず気をつけとくに越したことはねぇってことは伝えておいたからな。じゃあ、俺はぼちぼち寝るとするわ。」

 そう言って、重樹は机にバタンと倒れ込んだ。

 「…あ、ちょっと重樹------」

 俺が重樹に声をかけた時。

 「マーコー?いつまで後ろ向いてんのかなぁ?」

 …あ。

 そうだった、今は授業中。そして目の前には珀亜さんが。

 「す…すみません…。」

 …授業後、珀亜さんに教材運びを手伝わされたのは、言うまでもない。

 あぁ…編入した次の日に、生まれてはじめて珀亜さんに叱られてしまった…反省。

 

 ------そして、俺はこの時、まだ気づかなかった。

 隣に座るクリスが、俺が『αに入るらしい』と言ったとき、それを聞いてふるふると肩を震わせていたのだということを。



 午前の授業が終わり、休み時間。

「ふぅ…。」

 俺は少し伸びをして、凝り固まった体を解きほぐす。

 珀亜さんに手伝いをさせられた一時間目の休み時間以外、俺はどこに住んでいたやら、前の学校はどんなところだったやら、何でこんな中途半端な時に編入してきたのかやら、編入生が毎回のように受ける質問攻めという名の洗礼を受けていた。昼休みまでそれが続かなくてよかったと思いながら、あれからずっと後ろで寝ていた重樹の肩を揺する。

「…重樹、もうお昼だよ。」

「…あぁ、悪い…。さすがに腹減ったな…。学食行くか…っと。」

 そう言って立ち上がろうとした重樹だったが、ふと教室のドアの方を見て止まる。

「どうしたの?」

「あー、悪い誠…先客があった。」

「先客?」

 重樹に吊られるように、俺も重樹の向いている方を見る。すると。


「…ルンデカッツさん、三都さんはまだ教室にいるでしょうか?」

「あー、高鶴ちゃん!うん、まだいるみたいだよー。ほら、あそこ。行ってあげたら?」


 休み時間に俺に「好きな食べ物は?」と話しかけてきた女子生徒…確か、アニヤ・ルンデカッツ、と言ったはずだ。大柄でかなり恰幅のいいところや、俺にそんな質問をぶつけてきたところを見ると、食べることに対して本気で至高の喜びを見出だしているのであろう彼女に、おかっぱのような髪型をした、眼鏡をかけた小柄な女の子が話しかけているのが見える。

「あー、ついでだから紹介するか。誠、とりあえずこっち来い。」

 そう言って、俺は重樹に引っ張られるように、二人の前へと連れてこられる。

「あれ?重樹くんだけじゃなくて誠くんも。どうしたのー?」

 のんびりした声で言うアニヤに、俺の代わりに重樹が言う。

「あぁ、ついでだから、俺のチームのことも少しずつこいつに紹介してやろうと思ってな。誠、さっきは言わなかったんだが、アニヤとこいつ、高鶴 初瀬(たかつる はつせ)は、俺のいるチーム、パンツァーβのヴァルキリーでな。ちなみにアニヤはヤークトパンター、初瀬は一式(チヘ)だ。初瀬は違うクラスだし、会うのは初めてだよな。こいつが誠だ。メールで話したろ?」

「なるほど、あなたがですか。」

 高鶴さんは、俺の方を向いて背筋を正す。

「高鶴 初瀬です。よろしくお願いします。」

「あ、鶴城 誠です。ええと、高鶴さん、でいいのかな。別のクラス、って言ってたけど…。」

 俺が言うと、高鶴さんは少しむっとした顔で言う。

「…今、後輩?って思ったでしょう?」

「え…。」

 …少し思ってしまった、と言う前に、高鶴さんが続ける。

「いえ、皆まで言わなくていいです。ちんちくりんな子供体型だということは自分が一番よくわかってますから。」

「あ…えーと…うん、ごめん。」

 …実際、見た目で判断しようとしてしまったのは事実なので、俺は素直に謝る。

「だから、大丈夫です。それほど気にしてないですから。それより三都さん、また制服を着崩してますね。もう…。」

「いいだろ、きっちりしてるのは性に合わねぇんだよ。」

「いいえ、編入生が来たからには、在校生はしっかりしなくてはいけませんから。」

 目の前で、ネクタイを直そうとする高鶴さんと、それをブロックする重樹。

「…あ、そういえば重樹、先客があるって…。」

 俺がそう言うと、重樹と高鶴さんは二人ではっとする。

「おお、そうだった…悪いな誠、昼飯は今度また一緒に食おうぜ。じゃ行くか、初瀬。」

「煙に撒かれたような気もしますが…はい、行きましょう。では鶴城君、ルンデカッツさん、また。」

 そして、重樹と高鶴さんはそそくさと歩き去っていく。

「…ねえねえ、誠くん。」

 アニヤが俺を見て、ニヤニヤしながら言う。

「あのね…あの二人、なんであんなに仲がいいかわかる?」

「…そう言われると、付き合ってる、の一択しかないような気がするんだけど…。親戚とも思えないし、それに重樹も、大切な人がいる、みたいなことは言ってたし。」

 俺がそう言うと、アニヤは目を丸くして俺に向き直った。

「…あれー?重樹くん、誠くんにそんなこと言ったんだ。そっかー…あの重樹くんがねぇ…。」

 そうだと思うと、今度は腕を組んでうんうんと頷くアニヤ。

「ええと…俺、なんかまずいこと聞いちゃったのかな…。」

「まさかー。…まあ、重樹くんってああいう見た目と性格でしょ?だからあんまり自分のこと話したがらないんだけど、誠くんには話したんだ、って思ったらね。だから誠くん、重樹くんと仲良くしてあげてね。…あ、でも独り占めはだめだよ。高鶴ちゃんに怒られちゃうだろうし。」

「あはは…うん、気をつける。」

 俺がそう言ったとき。

「おーい、アニヤー?ボク達先に行っちゃうよー?」

 何人かの女の子たちが、こちらに向かって手を振っている。その中にいる活発そうな一人が、アニヤに向かって声を張り上げていた。

「あ、ごめんニキータちゃん、今行くー!…あ、ごめんね誠くん。あの子たちも重樹くんや高鶴ちゃんと同じパンツァーβのヴァルキリーなの。それで今日は、チームのみんなとご飯食べる約束してるから。じゃ、また後でねー。」

 そう言って、アニヤは重樹達が向かった方…おそらく学食へと歩いて行く。

 …さて、一人になってしまったな。

「…教室で食べるか。」

 教室を見たところ、おそらく購買あたりで買って来たのであろうビニール袋を机に乗せていたり、弁当を持参してるような姿もちらほらと見受けられる。俺も前の学園では早起きして弁当を作って持っていっていたのだが、昨日今日のこともあって、さすがに今日は何もない。さて、昨日重樹に場所を教えてもらったし、購買にでも行くか、と足を向けた時。

「あ…あ…あ…あの…。」

 声がした方向を振り返ると、クリスがもじもじしながら、こちらを上目遣いで見上げていた。

「あ…ええと、どうしたの?」

 俺がそう言うと、クリスは意を決したように、大きな声で言った。

「…よ…よろしければ、お昼、ご一緒してもいいでしょうか!?」

 クリスはそこまで言うと、急にはっとして、わたわたと両手を振り回しながら言う。

「あ…ああああの…変な意味とかは全然なくて…。お、同じクラスのお友達ですし、もっと仲良くなれたらいいな、って…それに、昨日のこともまだちゃんと謝っていないですし…。あ…り、リゼットちゃん、リゼットちゃんも一緒です!二人より三人の方が、ご飯、おいしいと思って…リゼットちゃんもそう言ってくれて…ですから…その…。」

「あ…うん、それなら、お邪魔しようかな…。とりあえず、購買行ってくるよ。」

 一人で食べるのもなんとなく気まずいと思っていたところだったので、俺はそう言って購買に向かおうとする。

「だ、大丈夫です、わたし、お弁当作ってきてありますから!」

「え…?」

 クリスはそう言って、俺の手を取る。

 …やわらかくて、すべすべした手。

 俺がそんなことを思っていると、いつの間にか俺たちは先ほど座っていたところ…リゼットとクリスと俺の机が集まっているところに立っていた。

「…ふふ、クリスちゃん、大胆ですね。」

 リゼットが、俺とクリスが繋いでいる手を見て、にこりと頬を緩める。

「ふぇ…はうっ…!ご、ごめんなさい…。」

 おそらく無意識だったのだろう。クリスはぱっと俺の手を離し、涙目でぷるぷると震え出す。

「あ…あの、気にしないで。俺は大丈夫だから…ね?それより、さっき言ってたのって…。」

「はっ…そ、そうでした!」

 クリスはそう言って、鞄からタッパーを二つ取り出して、一回り大きい方を俺の方に渡してくる。

「…ど…どうぞ!あ…サンドイッチ、お嫌いでしょうか…。」

「あ…ううん、好きだけど…でも、どうして…?わざわざ俺の分まで…大変だったんじゃない?」

「い…いえ、手間はそれほどかかっていないですから…あれから、お部屋で目を覚ましてから、お見舞いに来てくれていたリゼットちゃんと白鷺先生から昨日のことを聞いたんです…。昨日、わたしがお風呂の場所を間違えて、ヴァルキリーとしての力を使ってしまって、その場で倒れて、医療ブロックに運ばれたこと…それで、鶴城さんに何かお詫びできないかな、って…。わたしのせいで、いろんなご迷惑をおかけしてしまって、わたし、こんなことしかできないので…そ…それとも、こちらのほうがご迷惑…でしたか…?」

「あぁ…いや、そんなことはないよ!俺も何がなんだかよくわからなかったところはあるけど…でも、悪気はなかったんだってことはわかるから…。だから…大丈夫。そんなに気にしないで。…あ、じゃあとりあえずこれ…いただいても、いいかな?」

「は…はい…どうぞ。」

 クリスの了解を得て、俺はタッパーを開ける。

「おぉ…。」

 タッパーに入っているサンドイッチは、卵、ツナマヨネーズ、ハムやチーズといったように数種類に分かれている上、ひとつひとつがしっかりと作り込まれている。見ただけでおいしそうだ。

「びっくりしましたか?クリスちゃん、お料理上手なんですよ。」

 隣からリゼットが笑みを崩さずに言うと、クリスはぽふっ、と顔を赤らめる。

「あぅ…リゼットちゃん、そんなに持ち上げないで…。今日のはお部屋の冷蔵庫にたまたまあったもので作ったものばかりだから…。」

「いや、本当においしそうだよ。俺も実家にいるときは自分で弁当は作ってたから、よくわかるんだ。…そうだ、明日は俺が弁当作ってくるよ。今日のお礼。リゼットの分も。…それに、重樹も誘ってみようかな…。」

「え…いいんですか…?」

「…私もですか?」

 クリスだけでなく、リゼットも驚いた顔で俺を見る。

「うん。誘ってくれた時、ご飯はたくさんで食べた方がおいしい、って言ってたでしょ?俺もその通りだと思うから。それに…みんなともっと仲良くなりたいし。」

 それは、俺の本心だった。

 αに入ることが決まって、重樹からクリスとリゼットがチームメイトであることを聞いたとき、俺のことを受け入れてくれるのか、そんな不安がまったくなかったと言えば嘘になる。しかし、今、少なくともここにいる二人は、一生懸命に俺に歩み寄ろうとしてくれている。

 …ならば、少しずつかもしれないけれど、俺も二人に歩み寄ろう。ヴァルキリーとオーディンとして、そして、それよりも何よりも大切な友達として。

 クリスとリゼットは目を見合わせると、こちらへ向いて言う。

「ええと…はい。ありがとうございます。」

「私も、楽しみにしていますね。」

 …よし、そうと決まれば、明日は早起きしなければ。

 俺はそう考えつつ、クリスとリゼットの食べてみたいものや苦手なものなどを聞いてみたりしながら、お昼休みを過ごしていった。

 …余談だが、クリスの作ってくれたというサンドイッチは、塩と砂糖が間違って入っていたりすることなどはなく、本当にびっくりするくらいにおいしかったと言っておきたい。



 お昼休みの後。

 珀亜さんから校内放送で、実技をやるから運動場に集まるようにという指示を受けた俺たちは、ジャージに着替えて運動場にいた。

「へぇ、前の学校のジャージってそんな感じのやつだったのか。」

 後ろにいる重樹が俺に言ってくる。学園指定の体操着は一応あるのだが、以前通っていた学校の体操着を持っている生徒はそれを使っても構わないと指示を受けているため、俺は前の学校の体操着をそのまま使うことにしたのだ。

「うん。…でも重樹、これ、パンツァーの学舎の生徒全員だよね?実技っていつもこうなの?」

 気になったことを、俺は重樹に問う。

 珀亜さんの放送は、パンツァーの学舎の生徒全員に向けてのものだった。このものすごく広い運動場は、パンツァーの学舎の生徒だけでなく、エールやオーシャン、大学部の生徒を含めても、まだ余裕があるのではないかと思うくらい広いので、全員を集めたところでなんの問題もないんだろうが…一体何をするんだろう。

「まあな。まあ、これからやるのは主にチームでの実技だ。まあ、やりゃわかるだろ。」

 そう重樹が答えてきた時。

「はい、集まったね?じゃあ、午後は実技の時間になるからね。じゃあまずはいつも通り、二人組になって準備運動してね。終わったらとりあえず列に戻って待ってるように。」

 メガホンマイクを手に俺たちの目の前に立った珀亜さんが、俺たちを見回して言う。

「よし、誠、やるか。」

「うん、ありがとう。」

 重樹と一緒にストレッチをしていると、クリスとリゼットが、珀亜さんが立っているところにあるベンチへとちょこんと座っているのが見えた。

「…あれ…?」

 俺の疑問に気づいたのだろう。重樹が俺に言ってくる。

「あぁ、あの二人はなにもしないのか、ってな。あの二人はいつも見学だ。まあ、クリスについては昨日あんなことがあったってことで、お前もよく知ってるだろ。毎回毎回自分の『グングニル』をぶっ放した音で気絶するからとか、変なところで昨日みたいに模擬弾じゃなく実弾をぶっ放させたくねぇって理由だけだから、参加させようと思えば参加しろって言えるはずなんだが、そこは白鷺先生が無理する必要はねぇって言ってくれてるらしい。まあ、この実技の授業は力の使い方を学ぶ一環としてのものでしかねぇからな。授業を全部エスケープしたりしなけりゃ、単位を落とすことはねぇし。」

 …なるほど、クリスのあれはいつもなのか…って、ちょっと待った。

「…え、『グングニル』って…もしかして、実際に『ルーン』を唱えて『ビフレスト』を繋いだり、『スヴェル』を纏って模擬戦をしたりするの?」

 一応、入学前に珀亜さんから話を聞いていたこと、それに午前中に復習したことで、言葉の意味は理解できている。

 オーディンがヴァルキリーに力を与えるには、『ビフレスト』と呼ばれるバイパスを自身のグレイプニル遺伝子とヴァルキリーとの間に繋ぐ必要があり、ビフレストを繋がれたヴァルキリーは、一時的に自分の力以上の力を使えるようになる。扱えるようになる力の強さには個人差があるものの、場合によってはランクが数段上のヴァルキリーに匹敵する力を一時的に得ることもあるらしい。また、オーディンがヴァルキリーに力を与えたり、ヴァルキリーが兵器としての力…『スヴェル』と呼ばれている戦闘服を纏い、『グングニル』と呼ばれる兵器に搭載された兵装の力を行使するためには、『ルーン』と呼ばれる言葉を詠唱する必要がある…理屈としてわかってはいることだが、もしかして、いきなりビフレストを繋いでみろということなのだろうか。

「マーコ、大丈夫だよ。とりあえず今日はあんたにいきなり完璧にビフレストを繋いでみろなんて言うつもりはないから。失敗したって誰も笑う人間はいないさ。」

 俺たちの話を聞いていたのだろう。いつの間にか俺たちの近くに来ていた珀亜さんが、俺ににこにこしながら言ってくる。

「…というか俺、多分ルーンなんてそんな簡単に思いつきませんよ?」

 そんなことを言う俺に、爆笑しながら背中をばんばん叩いて言う珀亜さん。…相変わらずけっこう痛い。

「大丈夫。やり方は午前中に座学でやったし、ただ『接続』って唱えるだけでも大丈夫だから。まあ、いろいろ凝りたいと思えば凝れるけど。いいじゃない、日本人として生まれたわけだし、横文字も使い放題だよ?」

「…ずっと思ってたんですけど、それ、いろいろ矛盾してません?」

 俺はまた、思ったことを包み隠さず珀亜さんに聞いてみる。

 ルーンは、基本的に出身国の言葉を使わなくてはならないというルールがある。それも当然で、オーディンはともかくヴァルキリーは、宿す力が出身国の兵器、あるいは出身国に関連する兵器の力というのが基本にあるからだ。しかし、実は、なぜか例外的に日本人だけは日本語以外の言葉も使える。なぜなのだろう。

「んー、そこはあたしもよくわかんないけどね。まあ、日本は第二次大戦中に言語統制がされてた時なんかでも、零戦をゼロセンって読んでた国だし、そもそも大昔から他の国の文字や言葉を自分の国の言葉として使いまくってきたわけだし、その辺もあって緩いんじゃない?」

 …それが本当だとしたら、だいぶガバガバなんですね、ルーンって。

 そんなことを考えていると、珀亜さんは思い出したように言う。

「ああ、そうそう。クリスちゃんのことは今さっき重樹君から聞いたみたいだからいいとしても、同じクラスってことで、リゼットちゃんのことも知っといてあげて。実はリゼットちゃんには、クリスちゃん以上に無理をさせちゃならない理由があるんだよ。マコ、午前中にやった授業で、『性能補正』についてやったと思うんだけど、覚えてる?」

「…え、あ、はい。確か、『ヴァルキリーの持つ兵器の特性が、ヴァルキリーの体や能力に影響を及ぼすことのある現象』って…まさかリゼットって、何かマイナスの性能補正を?」

 俺は覚えている限りのことを、珀亜さんに言う。

 ヴァルキリーの才能というのは、ニーベルングの環に記されたランクで九つに別れる。そして、ニーベルングの環の数字が小さい数字になればなるほどランクは上がっていき、力を使うときのグングニルの攻撃力やスヴェルの防御力なども上がっていくので、基本的に一対一では格上のヴァルキリーに勝つことはできないわけなのだが、実は、ビフレストによってランクを引き上げること以外に、兵器そのものの性能によってその常識が覆ることがあったりする。この兵器としての性能が強く浮き出てくる部分を『性能補正』と呼び、要するに、兵器の素体性能が高く、ニーベルングの環の数字が小さいヴァルキリーは能力が高い、というロジックが基本的には成り立つことになる。

 しかし、性能補正は、そんなプラスの側面だけでなく、マイナスの側面も持ち合わせている。例えば、ニーベルングの環によるランクが高くとも、元々の兵器の装甲が脆弱なために、物によってではあるが格下のヴァルキリーの一撃を受けても装甲が破壊されてしまったり、豆鉄砲のような砲しか持っていないために装甲を撃ち抜くことができなかったり…というものだ。とはいえ、能力上のケースはニーベルングの環による決定が優先され、ランク相応の攻撃力や防御力、機動性などはある程度維持されるし、そもそも学園の規則としてみだりにルーンを唱えることは禁止されているので、それほど問題にはなりにくい。問題はここからで、性能補正は場合によっては、ヴァルキリーの能力だけでなく、体自体にも影響を及ぼすことがあるという点だ。

 俺が考えていることに気づいたのだろう。珀亜さんに代わって、重樹が俺の言葉を拾って続ける。

「その通りなんだよ。リゼットは第二位ヴァルキリー(ヴァルトラウテ)…才能は申し分ないんだが、問題はあいつの中身だ。…あいつの力である戦車、ARL-44は、駆動系に相当な不安があるっていう特性があってな、それがマイナスの性能補正として、あいつの体に喘息って形で現れちまってる、ってことだ。学園に通うことは問題ないらしいが、過度な運動をさせたり無茶をさせたりしたら…正直どうなるかわからねぇらしい。」

 …なるほど。知らないで無茶をさせてしまうこともないとは言えないだろうから、今のうちに聞いておいてよかった。

「はい、みんな準備運動は終わったかい?じゃあこのままチームに別れて。そこからはいつも通り、各チーム毎に弾除けの衝立と目標を立てて練習。あたしは今日はαのところにいるから、リーダーは何かあったらあたしに教えること。じゃあマコ、こっちおいで。」

 俺がそう思っていると、珀亜さんがそう言う。…重樹との話は途中になってしまったが、仕方ない。俺が重樹と別れ、珀亜さんについていくと、ベンチのところ、クリスやリゼットのところに集合している一団が目に入った。

「マコ、この子たちがあんたのチーム…『パンツァーα』のヴァルキリーの子たちだ。クリスちゃんとリゼットちゃんは同じクラスだからいいとして、全員同じ学年だ。みんな、仲良くしてやってね。」

 珀亜さんがそう言うと、一番左にいた赤い髪を肩に近いところで二本に結んでいる女の子が、笑顔を見せながら俺に手を差し出してくる。

「ヴァルホルにようこそ。あたしはシャーリー・スプリングフィールド。このチームのリーダーをやってるわ。アメリカ生まれのアメリカ育ちで、ランクは第三位ヴァルキリー(ゲルヒルデ)、ヴァルキリーとしての力はM4A3E8…シャーマン・イージーエイト、って言った方がいいかしら。とにかく、よろしくね。」

「俺は鶴城 誠。よろしく。」

 そう言って、今シャーリーと名乗った女の子に俺が手を差し出した時。

「お前がこのチームのオーディンか!ふふん、私の真の力がようやく火を噴く時が来たか!」

 シャーリーの隣、金色の巻き髪をツインテールのようにしている小柄な女の子が胸を張って俺の方を向く。

「誠と言ったな。先に名乗りを上げさせた手前、私も名乗らねばなるまい!私はヴィクトリカ・C・C・テューダー。第三位ヴァルキリーで、チャーチルMk.Ⅶの力を宿している。ミドルネームは私のお祖父様とお父様…チャーチル、そしてクロムウェルだ。そして名字のテューダー…そう、私は我が故郷イギリスにおいて一世を風靡した------」

「はいはい、あんたの家が昔からの名家なのは重々承知してるから。いつぞやのイギリス王室と同姓でしかないあんたの家を一緒にしないの。まったく…。」

 シャーリーが頭を抱えながら、ヴィクトリカと名乗った女の子の頭を押さえながら言うと、ヴィクトリカは「にゃ!?こら、離せ!不敬であろう!?はーなーせー!」と言ってじたばたし始める。

「…はぁ、相変わらずあんたたちはうるさいね。」

 涼しい声が届いたと思うと、少し離れてベンチに座っていた、茶色の長めの髪を肩に近いところでサイドテールに結んで左肩から垂らしている背の高い女の子が、俺にちらっと向き直って言う。

「…あたしはエレーナ。フルネームはエレーナ・シロフスカヤ・チャーチナ。ロシア出身でランクは第三位、T-34タンク・イストリビーチェリのヴァルキリー…あんたにもわかりやすく言うなら、T-34/57、って言うべきだろうけどね。…ほらヒメ、あんたもいつまでも隠れてるんじゃないの。」

 エレーナと名乗った女の子の傍ら、黒髪をツーサイドアップにした小柄な女の子が、こちらをじっと覗いている。

「…姫菱 飛鳥(ひめびし あすか)。日本から来たの。力は三式中戦車(チヌ)で、第二位ヴァルキリー。」

 こちらを覗きながら言う飛鳥に、俺はそちらに向き直って言う。

「よろしく。…ええと、何だろ、怖がらせちゃったかな。」

「…怖いこと、しない?」

「しないしない。」

「…ん。よかった。」

 そう言って、少しだけ笑顔を見せる飛鳥。

 …しかし、さっき重樹から聞いてはいたけれど、最上位ヴァルキリーであるクリスといい、本当に才能の高いヴァルキリーしかいないチームだ。

「はい、自己紹介が終わったところで。とりあえず、マコはあたしが富士の演習場に連れてったこともあるし、ヴァルキリーの力自体は見たことはあるよね。」

 珀亜さんが、俺に聞いてくる。

「はい。…もしかして、いきなり模擬戦とかですか…?というか、珀…じゃなくて、白鷺先生が相手って…。」

 そうだとしたら不安でしかないと思ったのも束の間、珀亜さんは笑いながら俺に言う。

「なあに、いつものことさ。普通なら毎回模擬戦をやるローテーションが決まってるんだけどね、今回はあんたが来るってことで、それに合わせて日程調整をしたってこと。あんたにはまだ、一対多数の模擬戦は見せたことはなかったしね。とりあえず、今からあたしが、αのみんな…クリスちゃんとリゼットちゃん以外の他の子たち四人とちょっと手合わせをするからね。マコはそこでよく見てな。あぁ、安心しな。ヴァルホルの模擬戦で使うのは空砲やゴム弾だしね。みんなの体やスヴェルを傷つけることはないよ。」

 …それを聞いて多少安心した。珀亜さんは最上位ヴァルキリー。もしも実弾を使うとなれば、格下のヴァルキリーである彼女たちは、下手をすれば大怪我をしてしまうはずだ。スヴェルの破損は時間をかければ自己修復されるはずだが、命はそう簡単にはいかない以上、さすがに学園の中で命を取り合うことはしないということなのだろう。

「よし、とりあえず衝立を立てるよ。ゴム弾とはいえ、変なところに飛んでいってよそ見してる他の子達に当たったらまずいからね。」

 珀亜さんがそう言って、手に持ったスイッチのようなものを一思いに押し込む。すると、ガコォン!という音と共に、運動場の一角を囲うように、分厚い透明な壁が現れた。衝立…というよりも隔壁に近い気がする強化ガラスの壁が数メートルの高さまで達した時、珀亜さんが声を張り上げる。

「…さーて、準備はいいかい?あたしも久しぶりだ、思いっきりいくからね!


『------Final Goolkeeper of Defence!!』」


 ------陸上自衛隊のスローガンであり、珀亜さんのルーンでもあるその言葉を、珀亜さんが勢いよく紡いだ時。

 珀亜さんの体を覆ったのは、俺も何度も見たことがある陸上自衛隊の佐官正装に、珀亜さんが独自にアレンジを加えたもの。その上から、体の各所を迷彩色の装甲が覆い、右腕の装甲には重厚な砲身が、左腕の装甲には無骨な機関銃が現れる。

 ------これが、珀亜さんのヴァルキリーとしての力。10式戦車のスヴェルとグングニル。

「…みんな、いいわね。」

「当然だ!」

「…ん。頑張る。」

「…はいはい。」

 珀亜さんの声に呼応するように四人がそれぞれそう言ったとき。


 ---------ドォォォォォォォン!!

 

 運動場の向こうから轟いた、お腹の中を震わせる轟音。それと共に、遠くに見える運動場のフェンスの一角に大穴が空いた。

「なっ…!?」

 みんなが驚いたように、音がした方を見る。

「えっ…?」

 俺は正直、みんなの表情が何を物語っているかはわからない。だが、珀亜さんの頭の抱えようを見るに、とりあえずイレギュラーなことが起こっていることだけは、なんとなく想像がついた。

「…あぁ、本当に毎回毎回、何度言っても聞かないんだから…。」

「え…どういうことですか?」

 俺が聞くと、珀亜さんは頭を抱えながら答えてくれる。

「…まあ、午前中、座学で多少やったと思うし、あたしもマコには何度か言ってるからわかるとは思うけど、ヴァルキリーもオーディンも、許可なくスヴェルを纏うことや、グングニルに実弾を装填すること、ビフレストを繋ぐことはできないこと、知ってるよね?ただね…こういう実技の時…こういうときは、誰かしら規則を破りたがる子がいるんだよ…まったくもう、ヴァルキリーである以上、強さが全てとか思うのはわからないでもないし、実弾を使った方が演習に凄みが増すのはわかるけど、規則を破らせるためにヴァルホルに呼んであげてる訳じゃないんだけどねぇ…。とりあえず、あたしはおっ始めてる子達をやめさせないといけないから、戻ってくるまでは適当に何かしてて。あぁ、もちろん、実弾を撃つこと以外のことに限るけど。じゃ、また後でね。」

 そう言って、珀亜さんは去っていく。

「…どうせ、またΩの連中だろうね。」

 エレーナが、呆れ返った顔で言う。

「え…どういうこと?」

 何もわからない俺がそう問うと、代わりにシャーリーが答えてくれる。

「…いつものことよ。あのチームの何人か、実技になるといつも、指示を無視して実弾で撃ち合いを始めるの。そうすれば、白鷺先生は何があっても飛んでいかざるを得ないでしょ?…そして、それがあいつらの狙いなのよ。戦闘狂かつ発砲狂(トリガーハッピー)な連中なわけだから、強い相手としか戦いたくない…。つまり白鷺先生は、あいつらのストレス解消のために毎回走り回らなくちゃならなくなってるわけ。」

 …なんだそれ。

「ふん、本当に迷惑な連中だ。そのおかげで、他のチームは知らぬが、私たちαはほとんどまともに手合わせすらさせてもらえぬ!」

 今度はヴィクトリカが、吐き捨てるような口調で言う。

「…白鷺先生が連中のところに行ったなら、今日はもう何もできないでしょ。ここにいても時間の無駄だから、あたしは帰るよ。じゃあね。」 

 エレーナが踵を返すのを見て、シャーリーが声を上げた。

「あ、もうエレーナ、待ちなさいよ!あんた、また授業バックレるつもりなの!?」

「出席日数は足りてる。必要以上に授業に出ることもないって言ってるだけだよ。」

「何言ってんの、授業が学生の本分でしょうが!」 

 …ええと。

「…あ、そうだ。」

 俺はなんとなく思いついたことを、声に出していた。

「…あのさ、俺、まだ社島にも来たばかりだし、チームとか何だとか、正直、いまいちわかっていないんだ。ヴァルキリーのみんなのことも…。だから、この時間…せっかくだから、みんなのこと、教えてほしいんだ。俺も、聞かれたことで答えられることがあれば教えるし。…ほら、それなら授業の中でもできることだし、暇潰しにもなるし…どうかな?」

「…お話…エレ、お話しよ。エレがいたら、きっと楽しい。」

 飛鳥が、片方の手でエレーナのジャージの袖を掴みながら、もう片方の手で俺のジャージの袖をちょいちょいと引っ張って言う。

「…ヒメ、あたしは帰るって言ってるでしょ?毎回毎回------」


「一緒にお話しよ------早く。」

 

 ------え。ちょっと待って。

 俺の目に間違いがなければ、今飛鳥の懐になんか光るものが見えたんだけど。明らかになんかあの金属特有の鈍い光沢を放ってたんだけど。

「…はいはい、わかった。この時間だけだからね。」

「…ん。エレも一緒。よかった。」

 頭を抱えたエレーナの言葉を聞いて、飛鳥はにこりと笑顔を見せる。…何だったんだ、今の。

「…まあ、そうね。そういうことなら、あたしも異存ないかな。」

「私も、話をすることは歓迎だ。新たな仲間をよく知ることも、今は必要なことであろうな。」

 …よし、決まりかな。

 俺たちは、とりあえずクリスとリゼットのいるベンチへと移動する。

「……。」

 クリスは目をきつく閉じて、両手で耳を塞いで肩を震わせていて、リゼットがその肩を支えている。

「…やっぱりね。クリス、いい加減に目を開けなさい。白鷺先生が飛んでってくれたから。じきにあのドンパチも収まるわよ。」

 シャーリーが少し強めの口調で、クリスに言う。

「…ふぇ…シャーリーちゃん…。」

 泣きそうな目をしているクリスは、未だ肩を震わせている。

 …重樹が言っていたこと、そして俺が目の前で目の当たりにしたこと。クリスは自分の砲弾の音でも気絶してしまうのだ。他人の砲弾の音を聞くだけだとしても、相当の恐怖に違いない。

 俺はジャージの長袖を脱いで、クリスの肩にかけて、目線を合わせて言う。

「…クリス、大丈夫?気分とか悪い?医療ブロック、行く?」

「い…いえ…大丈夫…大丈夫です…。医療ブロックのベッドは、怪我をしたり体を悪くした人たちのものですから…。わたしみたいに、ただ砲弾の音が怖いだけの子は、行っちゃいけないところですから…。」

 そう言って強がるクリスではあるが、明らかに無理をしていることを、俺は直感的に察する。しかし、クリスの言い分もわかる。どちらにせよ俺には、その言葉を信用する以外にできることはない。

「そっか…でも、無理だけはしないでね。あ、そうそう…みんなと話して、この後の時間、みんなのことをいろいろ聞かせてほしいってお願いしたんだ。…よかったら、クリスとリゼットにも、お昼に話したこと以外に、いろんな話を聞いてみたい。どうかな?」

「あ…はい、大丈夫です。」

「私も、異存はないですよ。お昼に聞いたこと以外のことも、いろいろ教えてくださいね。」

 クリスだけでなく、リゼットもそう答えてくれる。

「…ありがとう。じゃあ------」

 俺はそう言って、みんなに質問をしたり、みんなから質問されたりを繰り返す。

 詳しい出身地のこと。

 小さい頃のこと。

 珀亜さんのこと。

「そうそう、誠は何人家族なの?あたしには妹がいて、これがもう本当にかわいいのよ。パトリシアって言うんだけどね。今はお父さんとお母さんと一緒に暮らしてるけど、通ってる幼稚園はアメリカにあるヴァルホルの付属幼稚園なの。あの子もヴァルキリーだから、『はやくお姉ちゃんと同じ学校に行きたい~』って、毎日夜になると電話を寄越すのよね。あたしとかなり年齢が違うから、あの子が入学する時にはもうあたしは卒業してるはずだけど、ついつい『早くおいで、待ってるわよ』って答えちゃうのよね…。」

 頬をぽりぽり掻きながら言うシャーリー。

「へぇ、シャーリーには妹さんがいるんだね。俺は父さん、母さんと、田舎にいるおじいちゃんとおばあちゃんの五人なんだけど、一人っ子だから、ちょっと羨ましいな。まあ、珀亜さん…白鷺先生が親戚だから、お姉さんみたいなところはあったけど。あ、他のみんなはどう?兄弟姉妹、いる?」

 俺が聞くと、真っ先に答えたのは意外にもエレーナだった。

「…あたしは一人っ子だね。」

 それに呼応するように、ヴィクトリカが声を上げる。

「私には三人の兄上と二人の姉上がいる。兄上や姉上はヴァルキリーやオーディンとしての力は持たざる者だが、私が力を得たことを知ったとき、兄上たちも姉上たちも、我が事のように喜んでくれた。そして、こうも言ってくれたのだ。『貴族の力は弱きもののために。お前のヴァルキリーとしての力は、そのためにあるのだ』とな。

 私は本当に嬉しかった。だから、私はここに来ることは躊躇などなかったぞ。むしろ、武者震いをしたほどだ。」

「…ヴィクトリカは、お兄さんやお姉さんが大好きなんだね。」

「うむ!」

 俺の言葉に、ヴィクトリカは胸を張って答えた。

「私はエレーナさんと同じ、一人っ子ですね。」

「…私も一人っ子。エレとリゼとマコトも一人っ子…一人っ子同盟?」

 続けて、リゼットと飛鳥が言う。

「一人っ子同盟…どんな同盟なのかはともかく、なんか面白そうだね。」

「…ん。」

 こくん、と頷く飛鳥。

「あ、そういえば、飛鳥、エレーナとすごく仲がいいみたいだよね。それって、やっぱりチームメイトだから?」

 俺が聞くと、飛鳥は少しだけもじもじした後、エレーナの影に隠れ直して言う。

「…私、エレのこと、大好き。αのみんなも大好き。…お話、聞いてくれるから。」

 正直、あまり要領を得ているとは言えないが、シャーリーが補足するように続ける。

「…あんたも見たでしょ?飛鳥は自分の言うことを聞かない人間には強硬策に出ることがあるのよ。…それで一度、二人が前にいたチームで誤射(フレンドリーファイア)沙汰になったことがあってね。その時、どうやらエレーナは後ろにいた自分が撃った弾が流れ弾として当たったことにして、二人でαに飛ばされてきたらしいのよ。それ以来懐かれちゃったみたいね。」

「え…どうしてそんな…。」

 俺は少し驚いて、飛鳥とエレーナの方を見る。すると、エレーナはばつの悪そうな顔をして、ふいっと横を向いて言う。

「…別に、大したことじゃないよ。」

 エレーナの言葉が終わるか終わらないかで、また飛鳥が口を開いた。

「…パパとママのこと、馬鹿にされたの。私、パパとママのことが大好き、って言っただけなのに。」

 …その言葉を、またシャーリーが補足する。

「…飛鳥はその時、『両親のことが好きで、両親には好き勝手に育てられた、だからわがままになったんだろう』みたいなことを言われたらしいの。確かに、この子の多少わがままなところは前からだし、前のチームでも、その気質によってよく思われていなかったであろうことは事実みたいだけど…だけど…その話を聞いて、その子たちが飛鳥の地雷を踏みつけちゃったことはわかった。αに来た後も、確かにわがままを聞いてもらえないと思った時には、さっきみたいに脅しをかけることはあっても、この子が本当に人を傷つけようとすることはなかったから。」

 …そうか。

「飛鳥。」

 俺は飛鳥の前に膝をついて、頭を優しく撫でてあげる。

「…よかったら、もっとお父さんやお母さんの話、聞かせてほしいな。あ、もちろん、飛鳥がよかったら、だけど。」

 そう言うと、飛鳥はエレーナの後ろに隠れながら、小さい声で呟いた。

「…馬鹿にしない?パパやママのこと。」

「そんなことしないよ。俺だって、家族が誰かに馬鹿にされたら、絶対に怒ると思うから。それに…俺、みんなと早く仲良くなりたいんだ。もちろん飛鳥ともね。そのためには、嫌われるようなことはしたくないし、しちゃいけない。そう思うんだ。」

 …きっと、飛鳥は両親に本当に愛されて育ったのだろう。だからこそ、誰かに対してこうしてほしい、自分はああしたい、と自分の言葉を伝えることができる。

 確かに、それが明後日の方向に行きすぎれば、それはただのわがままになってしまうだろうけれど…それでも俺は、誰かと話したい、誰かに一緒にいてほしい、そんな純粋な気持ちを、ただのわがままで終わらせる気はなかった。

「…ん。マコト、ありがと。αのみんな、みんな優しくて好き。その好きの中に、マコトも入れちゃう。」

 飛鳥が、はにかんだような笑顔を見せて、俺に嬉々として、優しくて温かかったという両親の話をし始めてくれる。

 …よかった。

「…すごいね、あんた。ヒメをこうも簡単に手懐けるなんて。」

「うむ…私も少し驚いたぞ。」

 エレーナとヴィクトリカが、感心したように言う。

「いや、特に特別なことはしてないんだけど…それに、俺からすれば、エレーナの方がすごいと思う。」

「…あたしが?」

 飛鳥の話に頷きながらそう言うと、エレーナが首を傾げる。

「そうだよ。だって、さっき聞いたことだって、誰にでもできるようなことじゃないよ。その時のエレーナの気持ちはどういうものなのかはわからないけど…でも、飛鳥を庇ったってことは、何か思うことがあったんでしょ?」

「…別に。チームメイト同士でごちゃごちゃ喧嘩してるのを見るのが面倒だっただけだよ。」

 エレーナがまた俺たちに背を向けて言うと、今度はリゼットが、エレーナに向き直って言った。

「エレーナさん、たとえそうだったとしても、飛鳥ちゃんがあなたによって救われたのは事実ですよ。鶴城君はそれに気づいたからこそ、あなたにそんなお話をしたんだと思います。ね、鶴城君。」

「うん、リゼットの言う通り。そうでなければ、エレーナが…そしてここにいるみんなが、飛鳥にそれほど慕われることなんてないじゃないか。」

「…まあ、本当にそう思われてるなら、悪い気はしないけど。」

 …その言葉を聞いて、俺はまた、よかった、と思う。社交性の高いシャーリーやヴィクトリカ、リゼットなどと比べると、エレーナは最初のイメージとしてはかなり近寄りがたい雰囲気だった。だが、今の言葉を聞いて、少し不器用なだけなのだと理解できた気がする。

「…あ、クリスはどう?兄弟とか姉妹、いる?」

 今まで楽しそうに話していた飛鳥の話が一通り終わったところで、話を変えようと俺が聞くと、クリスは少しびくっ、として、先ほどのように肩を震わせ始める。

「あ…もしかして、言いにくい話だった…?そうだったらごめん…。」

「あ…あの…違うんです!そうじゃ…なくて…。」

 はっとして首をぶんぶんと横に振るクリス。

「…わたしには、妹がいます。ヴァルホルにも、一緒に通ってます。…わたしなんかがお姉さんをしちゃだめなくらい…勿体ないくらいの妹です。」

「クリス、そんなに自分のところを謙遜しないの。何だかんだ言ったって、あんたは最上位ヴァルキリーよ?妹ちゃんは第五位ヴァルキリー(シュヴェルトヴァイテ)…。それに勉強もできる、料理だってできる…ちゃんと持つもの持ってる…というか、変なところで慌てるところがなければ完璧じゃない、あんた。」

「そうだぞ、クリスティナ。お前の力は、もっともっと胸を張るべきものだ。」

 シャーリーとヴィクトリカの言葉に、クリスはまた、今度はふるふると首を振る。

「…わたしなんて、そんな子じゃないんです。あの子は…妹は、自分の力を怖がってばかり、逃げてばかりのわたしとは違う…自分の力に向き合って、使えるようになるための努力だってして…だから、わたしはあの子といてはいけない…邪魔をしてはいけないんです。」

 小さく声をすぼませ、俯くクリス。

「…まあ、このヴァルホルにおいては、何だかんだ言っても戦う力の使い方に慣れることは必須だからね。あんたの言った『自分は逃げてばかり』っていうのは、実際にそうだと思うよ。」

 黙っていたエレーナが、クリスに向かって冷たい声で言う。

「え、エレーナさん…!そんな言い方はないです、クリスちゃんだって…!」

 リゼットが少し強い口調で言うと、エレーナは横を向いて、ばつが悪そうに言う。

「…悪かったね。あたしの悪い癖だ。どうしても嫌な言い方しかできやしない。」

「あ…あの、エレーナちゃん…気にしないで…。エレーナちゃんの言う通り、わたしが全部悪いですから…。わたし、ヴァルキリーなのに…怖がっちゃ…いけないのに…。」


「------その通り…クリスティナ、それがあなたの強さでもあり、弱さでもある…。」


 萎んでいくクリスの声を掻き消すように、凛とした声がこちらに向かって飛んできたのを聞いて、俺は後ろへと向き直る。

「…アナスタシア…ちゃん…。」

 クリスが、目の前に立つ女の子の名------確か、アナスタシア・ニコライエヴナ・シャシコワ、と言ったはずだーーーーーーーを呼ぶ。

「ちょっと、アナスタシア…どうせまたあんたのチームの連中が暴れてるんでしょうが。なんでこんなところに来てんの?」

 シャーリーのその言葉に、シャシコワさんが答える。

「ええ。いつも通り、ヴァネッサが騒いでいるだけです。」

 その時、とてつもない地響きのような轟音が、俺たちの体を震わせる。

「ひっ…!!」

 再び、クリスが両手で耳をふさぎ、目尻に涙を浮かべながらふるふると肩を震わせる。

「ま…またなのか…!?」

 俺がその轟音に驚いている中、ヴィクトリカがこちらに来て、苦い顔をして言う。

「ヴァネッサ・ゴルトライヒ…やはりあやつか。まったく、忌々しいものだ。自身の強さのみに固執し、私たち生徒だけでなくMrs.シラサギの貴重な時間まで奪うなど…。」

「…ヴィクトリカ、その人…ヴァネッサ…さん?っていうのは?」

 その俺の問いには、ヴィクトリカではなくシャシコワさんが答える。

「来たばかりのあなたが知らなくても仕方はありません。ヴァネッサ・ゴルトライヒはわたくしのチームメイト、戦闘狂で知られる三年生…だからこそ、わたくしがここに来ているのです。わたくしのチームメイトの非礼、お詫びします。」

「ふん、ならばお前自身があやつに手綱をかけてやらねばならぬのではないか?如何に可愛がっている犬でも、いつまでも主たるお前の言うことも聞かぬようなものなら、いつお前に牙を剥くかも知れぬぞ?」

「ご忠告感謝します、ヴィクトリカ。でも問題ありません。如何にヴァネッサが強力なヴァルキリーであるとはいえ、最上位ヴァルキリーであり、我が祖国ロシアの前身たるソビエト連邦の誇る戦車、IS-7の力を宿すわたくしが、その程度でしかない力に後れをとることはありません。ただし、白鷺先生と違って、わたくしは加減を知りません。島すべてを戦場と化してまで完膚なきまでに叩きのめしてよろしいとのことならば別ですが。」

 …ヴィクトリカとシャシコワさんの掛け合いに、俺はまた、まったくついていけていない。

 そもそも、IS-7ってどんな戦車だ?兵器の名前は知っているものとそうでないもののギャップがありすぎる。αのみんなの宿す戦車も知らないものが結構あったし、後で調べておくか…。

 シャシコワさんがまた口を開いた。視線の先には、まだ耳をふさいで震えているクリスがいる。

「…クリスティナ、やはりまだ、あなたはヴァルキリーとしての力は恐ろしいと思うのですね。

 わたくしと同じ最上位ヴァルキリーのあなたが、己の力の本質を怖れる…それは確かなあなたの弱さ。力を持つものが、最も考えるべきではないもの…。」

「……!!」

 クリスが、目を大きく見開く。

「アナスタシアさん…もうやめて…クリスちゃんにそんなことを言わないで!!」

 リゼットが、もうこれ以上耐えられないと言うように叫ぶ。しかし、リゼットの言葉が届いているのかいないのか、シャシコワさんは目を閉じて、後ろを振り返って言った。

「------力を持つものには、覚悟が必要なのです。それを振るうための覚悟が。

 その力で以て敵を倒し、完膚なきまでに屈服させなければ、敵はまた力を盛り返してくるかもしれない。その時になれば、死んでしまうのはこちらかもしれない…ならば、その前にその種を摘み取ることも、時には必要なこと…。己を守るためにすら敵を倒すことができないとなれば…死ぬ以外に選択肢はなくなります。あなたはそれでいいのね、クリスティナ。」

 クリスが、震える声で言う。

「…わたし…わたしは…それでも…誰かを傷つけるのは嫌…誰かが傷つくのは嫌です…。だって、今は戦争なんてしていない…戦わなきゃならない敵なんていないんだもの…。」

「ならば------もしもあなたが死ななかったとして、あなたが戦わなくては誰かが死ぬ…そんな時にでも、あなたは戦うことはしない、そう言うのね。」

「あ…ぅ…。」

 …シャシコワさんの問い詰めによって、自分自身の言っていることの矛盾に少しずつ気がついて来ているのだということに、俺もなんとなく気がついていた。

 …クリスは、ヴァルキリーの力によって誰かが傷つくのが嫌だ、と言っているにも関わらず、誰かが傷つこうとしているその場では、その人のために立ち上がろうとはしない…おそらく、シャシコワさんにそういう捉え方をされてしまったと思っているのだろう。

 

 そうしている間に、授業終了のチャイムが鳴る。

 ------その音はまるで、これ以上お互いに話すことなどないだろう、そう言っているようにも聞こえるものだったーーー



 俺が社島に来て、二週間ほどが過ぎたある日の放課後。

「…よし、これで終わりかな?」

 ホームルームで珀亜さんに呼ばれて、「マコ、生徒会宛の荷物運ぶから手伝って!山ほどあって大変でさ…。」と言われた俺は、何度も職員室と生徒会室をいったり来たりした後、台車に乗せた最後のダンボールを高等部生徒会室に運び込んだ。

「いやー、遅い時間にごめんねマコ…今日はさすがに人数が必要だったから、助かったよ…。生徒会にも男手はいるけど、今日はみんな別の仕事で社島中に出払っちゃうらしいって報告されてたこと、すっかり忘れててね…。」

 頭を掻きながら言う珀亜さん。…正直、生徒会の顧問もしているとは畏れ入る。

「いえ、気にしないでください。今後も何かあったらお手伝いしますよ。」

 俺がそう言うと、珀亜さんはきらーんと目を光らせて、俺に詰め寄った。

「ほほーぅ、ほんとだなぁ?フィアナちゃん、聞いたね?うちの弟分、どんどん使ってあげて。」

「ふふっ…はい、期待していいみたいですしね。」

 珀亜さんの言葉に、机の上のパソコンに向かっている、肩より少し下くらいに揃えたブラウンの髪の女子生徒がこちらを向いて言った。

「あぁ、紹介していなかったね。この子、高等部の生徒会長をしてるフィアナちゃん。」

 珀亜さんの言葉に、彼女は一度手を止めてこちらに向き直る。 

「鶴城さん、だったわね。改めて、高等部生徒会長、フィアナ・M(ミア)・ロンメルです。よろしくね。」

「はい、よろしくお願いします、ロンメル先輩。」

「ふふ、そんなに堅苦しくなくていいわ。名前で読んでくれて大丈夫よ。」

「あ…すいません、じゃあ…フィアナさん、で。」

「うん、よろしい。」

 フィアナさんはそう言って、にこりと笑う。

 聞くところによると、ヴァルホルの生徒会は、学園生徒会という大きな括りの中に、大学部生徒会と高等部生徒会というふたつの組織を以て成り立っているのだそうだ。…これだけ大きな組織なのだから、そりゃ当然か。

「あ…そうね、鶴城さん、この際だから、手伝ってもらったこともあるし、生徒会のお仕事、もう少し詳しく見てみない?」

「え…いいんですか?」

 フィアナさんの問いに、俺は少しびっくりして聞き返す。島に来たばかり、しかも役員でもない俺が、ここまでたくさん生徒会の仕事を見てしまっていいのだろうか…。

「ええ。大丈夫よ。せっかく知った仲になったわけだし、むしろ、これからは今日のように手が足りなくて手伝ってもらうことも多くなるかもしれないし、そのときに役に立つと思って。」

 その言葉に、俺はなるほどと思う。

 …確かに俺にとって、手を貸してほしいと言ってもらえることは本当に嬉しい。それはヴァルキリーとオーディンの関係だけではない。普段の学園生活の中でも同じことだ。そう言ってもらえるなら、俺は喜んでやろう。

「…はい。フィアナさん、生徒会の仕事…俺にも教えてください。」

 俺は、そう口に出していた。

「決まりだね。じゃあフィアナちゃん、後は任せちゃって大丈夫?」

「はい、問題ありません。ありがとうございました、白鷺先生。」

 ひらひらと手を振りながら、生徒会室から出ていく珀亜さんを見送ってから、フィアナさんがこちらを向く。

「さて…じゃあ、とりあえず学舎の見回りに行きましょうか。エールとオーシャンの学舎に関しては、特段の理由がなければ、いつもそちらから来ている役員が担当しているわ。そんなわけで、私たちはパンツァーの学舎を見て回ることにしましょう。」

「はい、よろしくお願いします。」

 そう言って、俺とフィアナさんは、揃って生徒会室を出た。窓が閉まっているか、危険なものはないか、何か困っている生徒はいないか、そういったことを細かく見て回るのだということで、二人でしっかりと見て回る。

「…ん?」

 昇降口に、二人ほどの人影が見える。両方とも女子生徒のようだ。

「鶴城さん、どうかした?」

 俺の視線に釣られてフィアナさんがそちらを向くと、彼女たちはぱっと散らばって走り去っていく。

「…まさか。」

 フィアナさんが、何かに気がついたように、先ほど女子生徒たちが立っていたところに歩いていく。

「………。」

 フィアナさんが無言で見つめる先、その下駄箱についていた名前。

 

『Christina Eins Loreley』


「…クリスの、下駄箱?」

 俺はそう呟いていた。

 それを言い終わるかどうかの時、フィアナさんが慎重にその蓋を開ける。

「…っ。」

 開け放たれたその中を見て、俺は絶句せざるを得なかった。

 その場にあった茶色の革靴…名札の通りならクリスが朝履いてきたのであろうそれが、原型を留めないくらいにぼろぼろになっている。その鋭利な切り口を見るに、おそらくはさみやカッターナイフのようなもので切り裂かれ、切り取られ、こんな無惨な姿になってしまったのだということは、容易に想像がついた。

「…やっぱり…。」

 フィアナさんが、ぼろぼろの靴の上に乗っていたルーズリーフを確認して呟く。

 ルーズリーフを覗いた俺は、そこに書いてあった英単語の羅列を見て、再び息をつまらせる。

 

『「You're rank1 and you have fuckin' gift, but but you're afraid to use your gift. SHAME ON YOU!!!!!!(お前はランク1ですごい力を持っているのに、それを上手く使えない。恥を知れ)』


 …まさか。

 俺は、社島に来たばかりの時の様々な人たちとの会話を思い出す。


 ------あいつのドジは筋金入りだ。

 ------自分は逃げてばかりっていうのは、実際にそうだと思うよ。

 ------わたし、ヴァルキリーなのに。怖がっちゃいけないのに。


「…フィアナさん、この子…。」

 俺が言おうとした瞬間、フィアナさんは目を閉じたまま、俺に言う。

「知っているわ。私とこの子…クリスティナは、ここに来るまではお隣のおうちに住んでいたから。」

「お隣さん…ですか。」

「ええ。…あの子へのいじめの噂はとある筋から聞いていたけれど…まさか今日、ここで犯人らしい子たちと出くわすとは思わなかったわ。生憎、遠目でしかなかったから、この情報だけでは特定には至らないけれど…。」

「…それも、生徒会の仕事、ですか。」

「そう。あの子をいじめている本人たちからすれば、あの子のおうちのお隣さんの私が職権濫用をしているように見えるかもしれないけれど…あの子も一人の学園の生徒。放ってはおけないわ。風紀委員とも協力して、何らかの策を講じなくてはならないわね。」

「はい…でも、どうしてクリスが?確かに、話を聞いたり実際に見たところではクリスはかなりおっちょこちょいではあるみたいですけど、ここまでされなくちゃならない理由がわかりません…。」

 俺が聞くと、フィアナさんはこちらに向き直って言った。

「…おそらく、これを書いた子たちは、文字通り、クリスティナに嫉妬しているか、力を上手く扱えないと思われていることを馬鹿にしているだけ…それ以外にないでしょうね。あの子に宿っている力は、私たちの国、ドイツの誇る傑作戦車、ティーガーⅠ…。そして、最上位ヴァルキリーとしてのものだけでなく、あの子オンリーワンとも言われている、ルーンを唱えることなく力を発揮できる才能、そんな有名すぎる兵器の力、同性でも羨ましくなってしまうほどの見た目、たとえ模擬戦だったとしても、できる限りヴァルキリーとしての力を使いたくないという優しすぎる性格…羨望、嫉妬、恨み、妬み…そんなものを集めるには、これ以上ないほどの逸材と言ってもいいかもしれないのよ、あの子は。」

 …ティーガーⅠ。

 ナチス・ドイツが開発させた、第二次世界大戦におけるドイツ軍の主力戦車のひとつ。ミリタリー知識に乏しい俺でも名前くらいは聞いたことがある、とんでもなく有名な戦車だ。

 ヴァルキリーは、個人差はあるものの、基本的には才能が高ければ高いほど、有名な兵器の力を宿す傾向が強いことがわかっている。しかし、今聞くところによれば、それはクリスを苦しめる要因のひとつになってしまっているのだという。

 それだけでなく、今、俺はとんでもないことを聞いてしまった気がしていた。

「…え、もしかして、クリスの力の暴発って…不器用だからとかじゃなくて、ルーンを唱える必要がないから…っていうことなんですか?しかも、それはオンリーワン、って…。」

 俺の驚きの声に、フィアナさんが答えてくれる。

「その通り。一応フォローさせてもらうとね、あの子は決して不器用じゃないわ。むしろ相当器用な方のはずよ。ただ、何かの拍子に必要以上に慌ててしまったり、深すぎる考え事をしたりすることも多い子だから…。」

 …そりゃそうだろう。確かに、クリスは変なところで慌ててしまって墓穴を掘ることがあるのは、最初に会ったときから今までの間に俺もよく理解しているつもりだ。しかし、いつだったかシャーリーも今のフィアナさんと同じようなことを言っていたし、そもそも、俺の初登校の時に作ってきてくれたサンドイッチを考えると、とても不器用な人間の仕事とは思えなかった。

 フィアナさんの言葉は続く。

「あの子の力…ルーンを唱えることなく力を発揮しうる才能…それはどこを探したとしても、あの子しか持ち合わせないものでしょうね。もちろん、同じ最上位ヴァルキリーである白鷺先生でも無理なことよ。…だからこそ、変なところで慌ててしまった時、すなわち無意識下で力を使ってしまうことも多い…でも、無意識下のことなのにも関わらず、あの子はこれもまた無意識に力を抑えることはできている…例えばだけれど、実際、最上位ヴァルキリーが本気で力を使えば、ビフレストを繋いでいないとしてもその辺の壁が吹き飛ぶ程度では済まないの。でも、クリスティナは力の暴発をその程度に抑えられている。それでも、周りからは制御が追いついていない、過敏すぎるとでもいうように見えるのでしょうね。」 

 …何という皮肉だ。

 自分がそれほどまでに強大な力を宿し、無意識下でもその力を発現させられるばかりに、周りからは制御がまったく効いていないように見えてしまうなんて。

「…とにかく、見回りで出くわすことができたのは大きいわ。明日にでも生徒会と風紀委員を集めて、対策を考えなくてはならないわね。鶴城さん、申し訳ないのだけれど、明日も生徒会室に来てくれるかしら。これを確認した人間としてね。」

「もちろんです。クリスはクラスメイトで、αの大切な仲間です。そんな彼女がひどい目に遭っているなら、放っておくことはできませんから。」

 そう言って、俺とフィアナさんが生徒会室に戻ろうとした時。


「------あなた、姉さんの下駄箱の前で何をしているの?」 

 

 凛とした女の子の声が、目の前から聞こえてきた。

 目の前に、長い金色の髪をサイドテールに結んだ一人の女の子が立っている。その冷ややかなサファイアの瞳から発せられる視線が、俺をしっかりと捉えてきた。

 そして、この女の子が言った言葉。

 …姉さん?

 俺が考えている間に、フィアナさんがぽつりと溢す。


「…アンネマリー。」

 

 アンネマリー。この子の名前だろうか。

 女の子が、こちらへと近づいてくる。

 俺たちの前に彼女が到達するかしないかくらいで、彼女の左手が上がる。

 

 瞬間------

 俺の頬に、その左手によって繰り出された張り手が、ばしんっ、という軽い音と共に打ちつけられていた。 

 

「え…。」

 何が起こっているのか、まったくわけがわからない。初対面の女の子に横っ面をひっ叩かれることを、俺はしてしまったのだろうか。

 女の子の口が開く。


「フィア姉さん、ようやくクリス姉さんをいじめてた人を捕まえたのね。はやくその人を渡して。姉さんをいじめた罰…思い知るといいわ。」


 …え。

 どういうことだ。

 話がまったくわからない。

「…ちょ、ちょっと待って!君は何か誤解してるよ。いや、多分だけど…ええと、俺、無意識のうちに本当に何かやっちゃったのか…?」

 俺が赤くなっている頬を押さえながら困った顔でそう言うと、金色の髪の女の子は冷ややかな視線をさらに冷たく尖らせながら、俺を睨み付けてくる。

「とぼけるの?あなたがこの場にいて、下駄箱の中の姉さんの靴がぼろぼろになってて、そしてフィア姉さんがここにいる…あなたが姉さんの靴をぼろぼろにして、その手に持っている落書きを書いて、それをフィア姉さんに見つかったことなんて、火を見るより明らかよ。下手な芝居はやめてよね。」

「なっ…。」

 …ちょっと待ってくれ。いくらなんでも話が飛躍しすぎだろう。なんでフィアナさんと俺がここにいるだけで、文字通りその場に居合わせただけに過ぎない俺が妙な冤罪をかけられなきゃならないんだ?

「アンネマリー、待ちなさい。」

 フィアナさんが、俺と女の子の間に立って言うと、アンネマリーと呼ばれた女の子はよくわからないような顔をしてこちらを見る。

「姉さん、悪者を庇うつもりなの?」

「違うわ。でもね、これを書いたのも、クリスティナの靴をこんな風にしてしまったのも、彼じゃない。彼は今まで生徒会室にいて、私のお手伝いをしてくれていたのよ。ここでこれを見つけたのも、二人で見回りをしていた偶然の産物。それに、彼は私と一緒に、この一連の行動を起こしたであろう子達を見ているの。いいえ、彼が見つけてくれたと言うべきね。…それとも、今のあなたにとっては、私の言葉も信用できないかしら。」

 フィアナさんがそう言うと、アンネマリーは苦虫を噛み潰したような顔をして、俺を見る。

「…そう。フィア姉さんと一緒にいたことで救われたわね、あなた。」

 そう言って、すたすたと去っていくアンネマリー。

 …何だったんだ、今の。

「…ごめんなさいね、鶴城さん。嫌な思いをさせてしまって。」

 フィアナさんが、俺に頭を下げてくる。

「いえ、そんなことは…それより、あの子…。」

 話の中で俺が気づいたことを言うより前に、フィアナさんが言った。


「あの子はアンネマリー・Z(ツヴァイ)・ローレライーーーーーークリスティナの実の妹よ。」

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すごい設定……! もっともっと面白くなりそう!?すごっ……
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