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5、耳に残る歌

 

 由希は強張った顔を、手で必死に揉み解し、笑顔を作った、だがぎこちない、作り笑顔なのがバレバレだ、体も思うように動いてはくれない、心臓の高鳴りが早くなり、破裂しそうに痛い、手も震えて来て汗ばむ。


 心が「逃げ出したい。」という気持ちで一杯になろうとしている、もいい帰ってしまおうか、と足を後ろに引いた時、頭の中心に音楽が流れた。


 それはあの人の歌声、辛くて、逃げ出していた時に、助けてくれた歌。歌が弱気な心を吹き飛ばす、そしてあの時の決意を思い出させてくれる。


 泣き明かした夜、頭を撫でてくれて、優しく呟いてくれた言葉、頑張ると決めた、もう少しだけ、進むと決めたのだから、後退する事も、立ち止まる事もする訳には行かない。


 その決意を打ち砕くほど、辛い事の方が多いけど、それでも、耳に残った歌が勇気をくれる。


 「止まった物を動かすのは難しい、でも動いてる物を、止まらせず動かし続けるのは簡単。」


 由希は小さく呟き、ドアを開いた。




 「凄いなぁ、社会人みたいだ、そのスーツ姿。」


 後ろから声を掛けられた、懐かしい声、たった数日しか一緒に居なかったのに、その声を間違える事は無い、「不思議だなぁ。」心で思いながら、溢れ出しそうになる涙を必死に止めた。


 振り向くとそこには一人の青年が立っていた。


 「また泣いているの?」


 言われたくない言葉を的確に言ってくる、相変わらずな人だ、と思いながらも、由希はまだこの人以上な嫌味を言えない。


 それでも、優しく微笑む顔は、ほっとする。


 「久しぶりです、何ヶ月振りですかね。」


 「大体一年振り位かなぁ、で、どう?」


 久し振りに会うというのに、もっと掛ける言葉は無いのかと、怒ってやりたくなるが、こういう性格だと、もう諦めた。


 あの日以来六花には会っていない、恥ずかしいと言う気持ちがあったからと言うのは言い訳で、次に会うときは、一歩進んだ自分を見て欲しいと思い、会いに行くのを止めた、それからもう、空から歌が聞こえることも無くなってしまった。


 きっと六花も何かを決め、歩き出したのだろうと思うと、応援したいと思いつつも、あの歌がもう聞けないと思うと辛かった。


 「まだまだだけど、今アルバイトが決まったところ。」


 「そっか、頑張ったね。」


 そう言って優しく六花は微笑んだ。


 六花は大人で、由希は子供、この方式はまだ変えられそうに無い、子ども扱いはいまだに嫌いだが、それでも心は嬉しくてたまらない。


 昔は周りの優しさに押し潰されそうになった時もあったけど、優しいのはやっぱり好きだ。


 運命という言葉を思い浮かべてしまう、一年も会っていない人に、偶然町で声を掛けられる、しかも会いたいと思ったときに、でもそんな事を言っても、軽く「そうだね。」と交わされてしまう。


 「そっちはどう?」


 「実家に帰ったよ。」


 「えっ。」


 それは予想外の言葉だった。


 「本当に大変だったよ、親父には殴られるし、お袋は泣くし・・・それでも和解は出来たよ。」


 笑いながら六花は話した。


 その言葉に由希はホッとした、これ以上は傷ついてほしくないと思っていたのだから、実家に帰ったという言葉を聞いたときは、心臓は止まるかと思った。


 「あっあの〜、それじゃぁ・・・・その、昔の・・・。」


 聞いて良いのか分からず、それでも気になって、言葉になってないが、六花は苦笑しながらも話してくれた。


 「実はまだ会ってないんだ、そこまで勇気は無くてね。」


 「ごめんなさい。」


 目線が地面に向いてしまう、これは禁句だと言う事は分かっていたのに、それなのに聞いてしまった、それでも六花は言ってくれた。


 「気にすること無いさ、もう少しお互いに時間が必要なだけさ。」


 「・・・。」


 言葉が出てこないが、六花の顔を見たら、笑っていた。


 「今は旅をしている、日本をね。歩きながらこれからの事を考えてるんだ。」


 「そっか、互いに一歩ぐらいは進めたかな?」


 「前に進めたと感じたなら、進めたんじゃない。」


 「そうだね、きっと。」


 「じゃぁ。」そう言い笑って互いに道を歩き出した、まだまだ長い人生、考える時間ならあるはず、今を間違いなく生きることが出来たなら、未来に後悔は無い、間違いがあったとしても、正しいと感じられるはず。


 これが意外と一番大変な事だけど、立ち止まって、苦しんで見えた未来だから。きっとどこかの道でまた巡り合う事が出来るだろう、前も今回もそうだっらのだから。




 


 ふとポケットの中を探る、そこには小さな紙切れが入っていた。


 見覚えの無い紙に、不信感を抱きながらも、開いて書いてある文字を追う。


 「いつの間に。」


 六花の性格を一つ知った瞬間だった。その紙切れには、携帯の番号とアドレスが書いてあった、結構キザな性格をしていたのかも知れない。


 また何か進展があったら報告しようと、その番号とアドレスを携帯に登録する、すると紙の端に何か書いてあった。


 「はは、本当に凄い人だなぁ。」


 つい笑ってしまう、その文字は由希に勇気を与えた。


 もう空からあの歌が聞こえる事は無いのだろう、でもこの耳には確かに残っている、それだけで今は良い。





 「頑張ろう。」


 辛くて頑張れなくなった時は「頑張ったね。」まだまだ進めるときは「頑張ろう。」本当に凄い人だ、心を締め付けない言葉、明日から始まる新しい生活に、戸惑いしかないけど、きっと大丈夫だろう、確信の無い感情が溢れ出してくる。


 そして由希はまた歩き出した。



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