4、二つの歌
「こんな夜に、ご両親は心配しない?」
「えっ!」
何時もの様に、歌を聞きに来ている少女に、六花は話しかけた、歌うのは止め、でもギターを奏でながら、後ろで慌てふためいているのを、背中で感じながら、また歌を歌う。
「いっ、いつから気付いてました?」
膝を抱えうずくまる様に、体を縮めながら言った由希の言葉に、六花は、うーん、いつからかなぁ、などそんな言葉を並べて、はぐらかす、どう見てもからかっているようにしか見えない。
「ははっ、ごめん、最初から知っていたんだ・・・多分、四日位前からだよね。」
由希はさらに頭を抱え、顔を真っ赤なさせた、隠れているのが分かっていた、恥ずかしすぎる。
あたふたと、体を左右に動かしながら、どうするべきか考える、このまま帰るか、それとも、こそこそと聞いていた事を謝るべきか、頭の中がぐるぐる回って、良い名案が出て来ない、そのせいか、体も妙な動きをする。
後ろが騒がしいのに気付いた六花は、苦笑いをしながら、歌うのも、ギターを弾くのも止め、首だけを動かし、少女を見た。
「ありがとう。」
「えっ。」
何を言われているのか分からず、由希も六花の方を見た、目が合った瞬間、少しだけ、本の一瞬時間が止まった様な気がした。
綺麗な横顔、とても優しそうな目をしていた。
あんなにゴチャゴチャだった頭が、今は穏やかだ、「今自分はどんな顔をしているのだろう、きっと不細工な顔をしているに違いない」そんな事を心の片隅で考えられるのだから。
「どういたしまして。」
この返事で合っているのかは分からないけど、ありがとう、と言われれば、きっとどういたしまして、で合っているだろう・・・きっと。
六花は首を元に戻し、ギターを奏でる。
「夜遅くに出歩くのは感心しないなぁ。」
まるで大人が子供を嗜める様な口調で言う、由希の機嫌が少し悪くなった、いったい幾つだと思っているのだろう、確かによく中学生とかに間違われる事もあるし、童顔だけど、もう十九歳を過ぎた大人だと言うのに、こんな扱いをされたら、機嫌も悪くなるし、口調も少し荒くなる。
「十九歳なので大丈夫です。」
「そう言っている内は、子供だよ。」
その言葉にさらに腹を立てた由希は、立ち上がり、足に付いた土を払い、キッと六花を睨み付ける。
「ご心配ありがとうごさいます、大人ですが、子供なので帰ります。」
「どういたしまして、もし暇だったらまたお出で。」
あまりにも子供扱いすぎる言葉と、態度、由希は頬を膨らませ、どんな悪態をつこうか、考えたが、浮かばなかった。
「子供が、夜遅くに出歩くのは駄目なんでしょう。」
結局出た言葉がこの程度、怒りと恥ずかしさで、顔を合わせる事無く、ドカドカと音を立てながら歩く。
「十九歳の大人なら大丈夫だろ。」
どうもこの人は、人の気持ちを逆撫でにするのが好きみたいだ、由希は答えなかった。六花は苦笑いしながら、歩いてゆく少女の背中を見守った。
「また、明日も来てくれるかなぁ。」
危ないから来ない方が良いと思いながらも、明日も来て欲しいと言う気持ちには、嘘が付けない。
「こんばんは。」
ベンチの裏側でうずくまる少女に、六花は話しかけた、だが返事は無い。
珍しく地べたには座らず、ベンチに腰をかけ、ギターの調整を行う。
何時もとは違い、歌う前に来てくれた少女、昨日の事を怒っているのか、口も聞いてくれず、微動だにしない、生きているのか心配になり、たまに突っついて見るけど、手で払われる、生きてる!と思うのと同時に、その子供じみた、ぐれた行動が、微笑ましくて、つい笑ってしまう、また子供じゃないと怒られるだろうか。
ゆっくりとギターを奏で、歌を歌う、自分の歌を聞いてくれる人がいる、それほど嬉しいことは無い。
「あの・・・。」
「んっ?」
「すみませんでした、こそこそ勝手に聞いてて・・・あと、それと・・・昨日も、すみません。」
おどおどと話す少女の言葉、どちらかと言えば、六花が由希をからかったから昨日はあんな感じになっただけで、謝る必要はないと思いながらも、六花は、笑いを堪えることは出来なかった。
「本当に君は面白いなぁ、いいんだよ別に、謝らなくて。」
「笑うこと無いじゃないですか。」
顔を真っ赤にしながら、立ち上がり六花の方を見る、笑いながらも、ギターを引く手を止めはしなかった。
「良い子だね、優しい子だ。」
さらに顔を赤くする。
そんなに歳は変わらないように思える、それなのに、ずいぶんと年上のような言葉を放つ、子ども扱いされるのが苦手な由希にとっては、六花は苦手なタイプかもしれない。
「立ってないで、座りなよ。」
そう言い六花は、自分の隣を指差した、由希は少し迷ったが、渋々と言う感じで、ベンチに座る。
「名前は何て言うの?」
「由希です、下川由希。」
「歳は?」
「昨日言いませんでした、十九歳です。」
「本当に?」
からかう様に言う六花の言葉に、腹を立てた由希は、頭の中でどうしてやろうか考えるが、何も浮かばない、今まで喧嘩もした事が無いし、言い争った事も無い、なのでこういう時、何て言うのが効果的なのかが分からない、平穏で穏やかな暮らしをしていたのが、今では妬ましい、もっと喧嘩をしておくんだった、と後悔しても遅い。
最終的に辿り着いたのが、そっぽを向く程度だ。
その子供じみた態度に、六花はまた笑う。
「ごめん、僕は三島六花、六花でいいから、歳は君の一個上の、二十歳。」
「嘘。」
六花はまた笑う、予想通りの反応だからだ。
由希が思っていた歳よりかなり若い、六花は由希とは違って、老けて見えるらしい、それは態度のせいかも知れないけど。
「本当にこんな時間に大丈夫なの。」
「大丈夫です、こっそり出て来てますから。」
その言葉に本当に大丈夫なのか、理解は出来なかったけど、本人が大丈夫だと言っているのだから、大丈夫なのだろう。
「何か辛い事でもあった?」
「えっ?」
由希は驚いたように目を大きく見開いた、確かに辛い事と言われれば、直に頭に浮かぶことがある、でも何故、六花が知っているのか。
「初めてここに来た時、泣いてたでしょ。」
確かに泣いていた。六花の歌を聞いていると、堪えていた物が、堪えきれずに、泣いた事があったが、それは最初の一回きり。
「べ、別に時に無いけど。」
「何でも聞くよ。」
由希は困った様な顔をしたけれど、何も言わなかった、確かに六花といると楽に話せるのかも知れないが、見ず知らずの、赤の他人とも言える人に言える話ではない、それにもともと口下手で話すことが苦手な由希にとって、この話は他人に簡単に話せる話ではない、ここまで六花と話せるのも、他の人と比べれば、不思議なほど打ち解けている。
困った由希の横顔を見て、ゆっくりと話し始める。六花自身も、過去の話はしたくない、思い出しただけでも心が荒む、でも・・・それでも、話しても良いのかもと思える。
昔誰かが言っていた、相手に心を開いて欲しかったら、まずは自分の心を開いて、全てを出し切るべきだと、正しいのかも知れない。
「昔、心から本当に愛していた、女性が居たんだ。」
幸せと悲しみが入れ混じった過去を、ゆっくりと解いて行く、今なら冷静に、過去を思い出せる。
地面を見つめながら話す六花の横がを見つめながら、由希は何も言わずただ、話を聞いた。
「まだ高校生で、運命だ何て盛り上がってさ、一緒に居たくても、駄目だって、両親に反対された位で、駆け落ちなんてして、いざ一緒になって見ると、思っていた以上に生活は苦しくて、辛くて、それでも、どんなに貧しくても、一緒に居る方が幸せ、貧しさ以上に幸せだと思ってたよ。」
相手もそう思っていると思っていた、そう言った顔が切ない、何て言葉を掛ければいいのか分からず、由希は黙る事しか出来なかった。
「子供だったんだなぁ、恋は盲目、そんな言葉が似合う恋だった。駆け落ちじゃなくて、どんなに反対されても、食い付いて食い付いて、親に認めさせればよかったんだよな、相手の事を本当に思っているなら・・・今頃になって気付いたよ、自分の事しか考えてなかった。」
見つめてくる目が辛い、どんなに頭を巡らせても、掛けられる言葉なんて無い、自分は馬鹿で、幼いから。
由希が話せる話は、一つだけ、六花はここまで心を開いてくれた、辛い過去も話してくれた。
「私馬鹿だから、今ニートなの。就職なんて簡単に出来ると思ってた、でも駄目だった。」
涙声になっているのが、自分でも分かる、言葉が目茶苦茶なのも分かってる、でも六花は真剣に聞いてくれているから。
「あんまりニートとかフリーターとかが不利だって言わないで欲しいよねぇ、分かってるんだから、ちゃんと、分かってるけど駄目なんだもん、どんなに頑張っても何処も駄目で、どうしたらいいのか分からなくて・・・・。」
慰めようとしてくれているのか、六花は静かにギターを奏でた。
「気持ちだけ先走って、空回りして、段々周りに壁が出来てきて、時間が経てば経つほど、壁は高くなっていって、身動きが取れなくなって・・・周りの目が恐い、もう誰にも会いたくないの、一歩踏み出す勇気も今の私にはないの、そんな弱い自分が嫌い。」
涙を堪えていると、頭に暖かい体温を感じた、六花が優しく微笑みながら、頭を撫でてくれていた。
一人なら耐えられる、でも優しくされると耐えられない。
由希は泣いた、普段なら恥ずかしくて出せないほどの大きな声で、それでも六花は笑っていた。
「頑張ったね。」と言いながら。