3、六花の歌
「確かに愛していた。」
あの時なら、何の迷いも無く言えたのに、今は言えないどころか、本当に愛していたのか、好きだったのかさえ、もう、思い出せない。
ふと過去を思い出す。今思い出しても青臭い話だ、何度も何度も、自分の心に質問しても、返って来る言葉は無い。
「きっと君はあの時の事を、過ちだと思っているんだろうなぁ。」
そう思うと胸が苦しくなる、自分でもそう思っているところが、また過去を暗くさせる。
誰もいない暗闇の中で一人歌う、君が好きだった歌を。
駅前の公園、この時間になると、もう人影は無い、家に帰るのも辛く、だからと言ってほかに帰る場所も無い、ベンチに座らず、地面に腰を下ろし、ベンチによしかかりながら、唯一この手に残った、ギターを奏でながら、歌を歌う、君の事を思い出してしまうけど、これしか僕にはない。
たった一年、僕達の愛はその時間しか、持たなかった、好きで好きで、君も好きでいてくれて、永遠なんて信じていなかったけど、あの時だけは、この気持ちだけは、永遠だと思っていた。
恋は盲目、その言葉が合うような恋愛だった、二人だけで幸せに生きて行けると思っていのだから。
どんなに貧しくても、苦しくても、君さえ居てくれれば、僕は幸せだった、だって君は僕の全てだったのだから、君もそう思っていると思っていたよ、いつも心が通じ合っていると思っていたから、でも君は違った、君の心は耐えられなかった。
あの時の事が、昨日の事のように思い出せる、思い出したくないと、どんなに言い聞かせても、頭は何度も繰り返す。
ドアを開けたら、いつもなら、明るい部屋に君の笑顔、そして温かい料理が並んでいた。他愛無い事を話して、笑って、幸せだった。
短い期間だった、その姿は消えて、部屋は暗く荷物も一つも残されては居なかった、そして君も居ない、置手紙すらなかった。
探し回って、探し回って、失った重みに押し潰されそうになりながらも、君を探した、もしかしたら、何かあったんじゃないかと・・・・。
だから君を見つけた時、裏切られた気分だった、笑っている君を見て。
君には帰る場所があっても、全てを捨てた僕には帰る場所なんて無い。
憎いと思っていた気持ちも、今では少し冷めたのか、どうでもいいと、淡々と思い出す、なのに思い出した後の、全身が重くなる感じが嫌だった。
歌を歌う、いろんな歌を、全てが君との思い出に繋がってしまう、いつか忘れられる時が来るのだろうか、思い出さなくなるまで、僕の時間は止まったままだ・・・。
暗闇の向こう側に人影が見えた。
その人影は、辺りを少しウロウロすると、ゆっくりと姿を消した。
こんな時間に人が居るのは珍しいが、絶対に居ない訳ではない、たまに酔っ払いが、歌を聞いてくれる事もあったが、あの人影は、若いように見えた。
気にせずに歌を歌う。
後ろから何かガサゴソと、音が聞こえる、不審者かと思い後ろを振り向いてみると、そこには人の背中があった、見た感じが歳の若い女性のようだ、さっきウロウロしていた、人影に似ている。
暗いといっても、ここには電柱があり、多少の光はあるが、こんな時間に女の子が一人でうろつくのは危ない、声を掛け注意しようと思ったが、一瞬見えた顔が微笑んでいた。
自分とは反対側に座り、ベンチの陰に隠れる少女、気付かれないとでも思っているのだろうか、バレバレだ。
でももし、わざわざこんな時間に、自分の歌を聞きに来ているんだとしたら、それはとても嬉しい。
自分の歌で、人が微笑む・・・・。
それから毎日少女は、歌を聞きに来ていた。