2、由希の歌
「人生は甘くない」
そう言えば昔、先生がそんな事を言っていた。小学校だったか中学校だったかはもう、覚えていないけど、その時の私は、絶対嘘、そんな事を思っていた、だって今までそんなに努力をしなくても、やってこれた、だからこれからも、こんな感じで生きていく、そう思っていた、でも、先生は正しい。
人生甘くは無い、今更ながらその言葉が心に突き刺さる、今までは学校という守られた世界だからやって来れた、でも一歩外に踏み出してみると、そこは余りにも辛過ぎる、今までの経験なんてまったく通用しない。
世間は、自分か思うより遙か上を行くぐらい、物事はうまく運べない。
ついに一年と三ヶ月が過ぎてしまった。
高校を卒業して、一年と三ヶ月、今まで私は何をやっていたのだろう、思い出すだけでため息が出る、卒業して「就職なんて簡単に出来る」と粋がって、一つ目の会社を受けてみるも見事に落ち、「この会社は、面接官が最悪だったから、逆に落ちてよかった。」何て思い、次を受けるも、書類選考で落ち、その後も似たり寄ったり。
全てが駄目、落ちた会社は二十七社、いったい履歴書を何枚書いたんだろうと、数えようと思っても、数える気の失せる枚数。
さすがに凹む。
そして今日、二十八社という記録を打ち立てた、こんなに落ちてる奴いるのだろうか、と思うとまた凹む。
段々面接を受けるのも嫌になって来た、あの目、あの態度、面接官の目が皆一緒、「くだらない時間を取らせるな」とでも言いたげだ。
この長い年月、何もせず、こんなにも落ちているのを知ると、ハズレくじとでも思ってしまうのだろう、だから、面接の内から相手にしない。
「これは駄目だな、落ちた。」そう確信できる、面接を受けただけで、落ちたのが分かるのも悲しい。
そして「二度とこの店には来ない。」と心の中で悪態付いて、家へ帰る。
ニートに近づいてきてる、と思いながらも、どうすればいいのか、分からない、アルバイトをしようと思ったが、一度アルバイトをすれば、ズルズルと就職活動をしなさそうで、それもまた恐い。
こんな生活をしていると、人に会うのが恐くなってくる、ちょっとした言葉で直に傷ついてしまう。
そんなある時、一通のメールが届いた。
内容は、同窓会のお知らせ、絶対に行きたくない、この状況を知られるのは、恥ずかしすぎる、でも心の何処かで、行きたいという気持ちもあった、高校時代は本当に楽しかった、同級生達にも会いたい、こんな状況じゃなかったら、絶対に行ってるのに、でもこの状況を作ったのは自分自身だと思うと、遣る瀬無い気持ちになる。
メールが来て数分後、高校時代の友人から電話が掛かって来た。
「もしもし由希、メール来た?」
「夏海、来たよ、どうするの行くの?」
「せっかくだから、行かない?一人で行くのは少し寂しいから、もし由希行くなら、私も行こうかなぁって。」
行きたくない気持ちもあったが、もしかしたら、気分転換になって、何か変わるかも、そう思ったら、いつも間にか、行きたいという気持ちの方が大きくなっていた。
「そうだね、夏海が行くなら、私も行く。」
「本当、じゃぁ一緒に行こう、参加するって言うのは私から言っとくから、じゃねぇ、また連絡する。」
「うんありがとう、じゃぁまたね。」
電話を切ったと瞬間、不思議な気分になった、心の半分は、楽しみでワクワクするのと、もう半分は、不安でしょうがない、でも久しぶりに、予定が出来た。
お酒を飲んでテンションが高いのに、心に重石が吊るされているみたいに、重い。
上を見ながら歩く、久しぶりに星を見た気がする、すれ違う人達は、ほろ酔い気味で、楽しそうに仲間と、「もう一軒行くか?」何て話している、そんな人達を避ける様に、歩きながら、数ヶ月前の事を後悔している、何故あの時OKをしてしまったのか、傷つくことは予想できたのに・・・。
高校時代の仲間は、皆自立して、立派に生きている、社員として働いている人もいれば、アルバイトという人もいたが、皆目を輝かせていた、その中で一人、どうしようもなく、自分が情けなくなった。
仕事の話になって、「何をしているの?」と聞かれ、「就職活動中。」というと、笑って「頑張ってね。」という。
誰も責めはしないし、普通に接しくれる、でもそれが、何故かとても辛かった、心の中でどう思われているのかが気になる。
同窓会自体はとても楽しかったけど、「辛い。」という言葉しか出てこない。
「何でここに居るんだろう。」
死にたいと思ったことはあったけど、それ以上に生きたいと思っていた、それは今でも変わらないけど、この惨めな気持ちを、どうすればいいのか分からない。
「ーーーーー。」
「何?」
何かが聞こえた、耳を澄ますと、聞こえる歌声、誰かが歌っている、何処から聞こえてくるのか、辺りを見渡し、音の出所を探すが、分からない、不思議と空から聞こえて来る様な気がする。
「綺麗な歌。」
歌を聴きながら前へ進む、さっきまでの足取りは、少しだけ軽くなり、心が歌で一杯に満たされい行く、歌詞は聞き取れないけど、それでも綺麗な歌だというのが分かる。
「まただ。」
その日から毎日のように歌が、空から降ってくる、あの日の夜の時は、酔っ払っていたから、空から聞こえたように聞こえたのだと思っていたが、やっぱり、歌は空から聞こえる、あの日からずっと。
「誰が歌っているんだろう?」
ずっと考えていたことだが、声からして男性だという事は分かる、何度か声を頼りに、探そうかと思ったが、どうしても一歩踏み出せなかった。
だが今日は違う、一度会って見たい、その気持ちが上回った。
歌が始まったと同時に、玄関を開けて走り出す、声を追っかけて走ると、段々と音が大きくなっていく、歌い終わる前に探し出したい、いつもは大体、二・三曲は歌っているが、短い時だと、三分位の時もある。
まだ、終わらないようにと、祈りながら、走り続けた。そして着いた場所は、駅前の公園。
そこには、ベンチに座り、ギターを奏でながら、歌を歌っている青年がいた。
一人暗闇の中で歌う青年、一瞬目を奪われたが、慌てて隠れた、相手に気づかれないように、そっと近づく。
ベンチの後ろ側にしゃがみ込み、ただ青年の歌を聞いた、空から聞こえた歌も、神秘的で綺麗と思っていたが、生で聞く歌声はもっと、綺麗で、心に染みる、暫くの間そこで黙っていた。
そして青年が歌い終わり、帰ったのを確認して、由希も家へ帰った。
それから、毎日のように、由希は青年の歌を聞きに来ている。