幸せを決めるのは -2-
朝食を終え、事務所の掃除や庶務を片付けた後、わたしたちは教会へとやって来ました。
初めて訪れてから一ヶ月近くが経っています。
なんだか、あっという間でした。
最近では雪が降ることもほぼなくなり、道路はとても歩きやすくなっています。
「転ぶなよ」
「転んだのはアサギさんじゃないですか」
まるで人をドジっ子のように。
アサギさんですからね、雪の日に側溝にハマって転んだのは。
そんな他愛もない話で笑いながら、教会へたどり着くと、見覚えのあるシスターさんに出迎えていただきました。
面会を申し出ると、すんなりと中へと通していただけました。なんでも、ザックハリー司祭とハルス司祭から、わたしたちが来たらいつでも通すようにと仰せつかっていたのだそうです。
とても感謝してくださっていると、教えていただきました。
「ようこそ、アサギ君、ツヅリちゃん」
「諸君らには、再び会って礼を述べたいと思っていたのだ。会えて嬉しいぞ」
以前通された会議室で、両司祭に迎えていただきました。
お二人とも、表情が柔らかくなっていて、なんだか肌つやもよさそうに思えました。
「その後、いかがですか?」
「とても良好だよ。以前よりも彼女を愛おしく思えるようになった」
「わ、私も、だ……ザックハリーほど、はっきりと口にすることは、少々面映ゆいのだが……」
頬を染め、照れた様子でザックハリー司祭を見つめるハルス司祭はとても美しく、以前にも増して美人に見えました。
「恋の力でしょうか。以前よりも綺麗になられましたね、ハルス司祭」
「そ、そうだろうか? それなら……よいの、だが」
素直に思ったことを述べると、ハルス司祭は嬉しそうにはにかんで、ちらりとザックハリー司祭に視線を向けました。
可愛いと思ってほしいのですね、ザックハリー司祭に。
ふふ。きっとその思いは届いていますよ。
「ツヅリちゃんの言う通りだ。君は世界で一番美しいよ、ハルス」
「なっ、ばっ……褒め過ぎだ」
「客観的事実さ。あまりに美し過ぎて、ここでキスしたいくらいだ」
「なっ、なにをバカなことを!? ……人前では、ダメだと言っているだろう」
ぽかりと、ザックハリー司祭の二の腕を叩くハルス司祭。
同じ場所で、大きな剣を振り回していた方とは思えません。
お二人の仲は、離婚をしたことでとても良好になったように思えました。
「あれから、ケンカなどはされていますか?」
アサギさんが、仲睦まじい二人を笑顔で見つめて言います。
「それが一度もないんだ。不思議なものだね。籍を抜いただけでこんなにも変わるなんて。おかげで、今ではすっかりラブラブだよ」
「そうですか。では、早急に籍を入れてしまいましょう」
「どうして不仲になるようなことを勧めるんですか、アサギさん!?」
籍を離すことでラブラブになられたのですから、今のままでいいじゃないですか。ラブラブはいいことですよ。
「……砂糖の甘みが増してやがる」
「それは、アレだ……な、内助の功というヤツだな……ふふふっ」
「……塩まで甘いとは……っ!」
甘いお二人に当てられて、アサギさんが苦い顔をされています。
甘さも限度を超すと、苦くなるようですね。……ふふ。
「ツヅリちゃん」
アサギさんの横顔を観察していると、向かいの席からザックハリー司祭に声をかけられました。
「僕から一つアドバイスをあげよう」
目を向ければ、慈しむような笑みがこちらを向いていました。
「僕たちは、確かに離婚をした。けれど、今とても幸せなんだ。周りには、それを認めないという者もいるけれど――」
結婚もしていない男女が人前でべたべたするのはおかしいとか、そこまで仲がいいのになぜ離婚したのかとか、別れたのなら未練がましくそばにいないで縁を断ち切るべきだとか、様々なことを言われたそうです。
それでも、両司祭はそんな外野の声には耳を貸さず、自分たちが信じる幸せの形を大切にしていこうと決めたそうです。
「自分が幸せかどうかを決めるのは他人じゃない。自分自身だよ」
離婚というのは、傍目から見れば不幸な出来事なのでしょう。
それでも、ザックハリー司祭とハルス司祭は今、とても幸せそうに見えます。
幸せかどうかを決めるのは、自分自身。
なんだか、その言葉がぐぅっと、胸に圧しかかってくるような気がしました。
……わたしには、まだ少し難しいです。
「恋は生ものだからね」
そんなことを言いながら、ザックハリー司祭は自身の唇に指先を押しつけました。
「尻込みしていると腐らせてしまうかもしれない。もし、迷うことがあれば、いつだって僕が相談に乗るからね」
「ね」と言いながら、ザックハリー司祭はこちらへ投げキッスを飛ばしてきました。
その瞬間、隣からアサギさんの腕が伸びてきて投げキッスをキャッチ、すかさずハルス司祭へ向けてリリース、ダイレクトでハルス司祭がその投げキッスをパクリと食べてしまいました。
……なんですか、その連携は?
「ご馳走様でした」
「お粗末様でした」
「お粗末とは酷いなぁ、アサギ君」
投げキッスを掴んだ手をハンドタオルでごしごし拭いて、アサギさんは冷たい視線をザックハリー司祭へと向けています。
対するザックハリー司祭はにこにこと人好きのする笑顔を浮かべて、アサギさんをからかうように見つめています。
なんだか、仲がよさそうです、このお二人は。気が合うのかもしれませんね。
「覚悟は、もう出来たみたいだね」
「……まぁな」
ザックハリー司祭が満足げに頷きます。……が、なんの覚悟でしょうか?
「それじゃあ、何か困ったことがあればいつでも呼ぶといいよ。飛んでいくから」
「何か困ったことがあればご協力願います、ハルス司祭。主に、ザックハリー司祭関連で」
「うむ。任せるがよい」
「もぅ、本当に酷いなぁ、アサギ君は」
それから、しばらく世間話をして、わたしたちは教会を後にしました。
両司祭は終始穏やかに笑っていました。
本当に、離婚することがお二人の幸せに繋がったのですね。
……わたしの幸せを決めるのは、わたし自身。
わがままが許されるのであれば、叶えたい願いがあります。
でも……一緒になるよりも、離れていた方がいい場合もある。
両司祭のように、相反する性質を持っている二人の場合は……
之人神と人間のように、かけ離れた存在の場合は…………どう、なのでしょう。
わたしは……
わたしが楽しいことよりも、アサギさんが穏やかで安泰な生活を送ってくださることの方が大切だと思います。尊いと、思います。
だから……
わたしが、わたし自身がわたしの幸せを決めるのであれば……
離れ離れになったとしても、アサギさんが――
「ツヅリ」
名を呼ばれ、はっと我に返ると、いつの間にか事務所のビルの前に着いていました。
わたし、ずっと考え事をしながら歩いていたようです。
「すみません、ぼーっとしてました」と、謝ろうかとアサギさんを見れば、アサギさんは真剣な瞳でわたしを見ていて――
「お願いというか、提案があるんだが」
真面目な声でそう言って、こほんと、一度咳払いをしました。
提案?
なんでしょうか……
ゆっくりと動く唇が、次にどんな言葉を発するのか、わたしはじっと見つめて待ち構えます。
というか、こんなにまっすぐに見つめられると、ドキドキします。
「ツヅリの両親に会いに行こう」
――それは、さすがに想定外過ぎました。




