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幸せを決めるのは -1-

 あれから三週間。

 ……『あれ』というのは、いわゆるひとつの……『あれ』です。

 アサギさんが、わたしの部屋を訪れて、その……まぁ、いろいろと、あったようななかったような、あの日から三週間。

 わたしの日常は相変わらず穏やかで、ほんの少しだけ甘酸っぱく変化していました。


 なんというほどのこともないような、些細な変化なのですが。

 たとえば、新聞屋さんでアサギさんがいつものごとく奥様方に囲まれて、ディナーのお誘いなどを受けていると、なんといいますか、こう、お腹の真ん中の方がぐぅっと重苦しく感じて……会話の邪魔をしてしまったり、してしまうのです。


 人の楽しみを邪魔するようなことをしてはいけないと分かってはいるのですが……どういうわけか、気が付くと体が勝手に動いているのです。自分でも驚きます。


 きっと、不快な思いをさせているだろうと、奥様方はご立腹だろうと、そう思っていたのですが……なぜか、最近わたしがそのような行動を取るとみなさんが微笑ましげに「によによ」と笑ってこちらを見てくるのです。

 奥様方をはじめ、新聞屋さんのみなさんも。


 アサギさんが「えぇい、によによ笑うな!」と注意してくださるのですが、効果はあまりありません。

 みなさんのあの笑顔が、とても穏やかで、温かくて、だからこそちょっとだけ……恥ずかしくていたたまれません。


 ここ最近は、新聞を買うや否や、わたしたちは店を後にするようになっていました。


「ツヅリ。今日のスープは何がいい? またサツマイモにするか?」


 帰る道すがら、アサギさんは朝ご飯のリクエストを聞いてきます。

 いつもこうして、わたしに合わせてくださるアサギさん。

 それは、なんともくすぐったくて、気恥ずかしくて、すごく嬉しいのですが。


「いえ。今日はアサギさんのお勧めでお願いします」

「お勧め?」

「はい。アサギさんが『これが食べたいな~』というものがいいです」


 アサギさんの作ってくださるおイモの料理はどれも美味しいのですが、今日はぐっと我慢です。

 だって、わたしも……アサギさんが好きな料理を好きになりたいですから。

 もっとたくさん、アサギさんの好きな味を知りたいです。


「アサギさんが好きな朝ご飯をいただきたいです。焼き鮭のお味噌汁とか」

「混ざってる混ざってる」


 苦笑を漏らしつつ、アサギさんはご自身の口元を覆い隠しました。

 これ、照れている時のクセなんですよ。

 口元が緩むのを隠そうとしているんです。……ふふ、アサギさんをたくさん見ていて気が付いたんです。

 アサギさんは無自覚なんでしょうけどね。


「じゃあ、サツマイモの味噌汁にするか」

「それは、アサギさんが好きな朝ご飯ではなく、わたしが好きな朝ご飯じゃないですか」


 膨れてみせましたが、アサギさんは笑いを堪えるような、なんとも楽しげな顔でわたしの頭を指さします。


「そんな嬉しそうに怒られても説得力ねぇよ」

「ヘ、ヘアテールは、今は関係ないんです!」


 勝手に揺れるヘアテールを両手で押さえ、精一杯怖い顔でアサギさんを睨みますが、アサギさんはみるみる笑顔になっていってしまいます。

 もぅ、怒られている時はちゃんとしょんぼりしてください! もう!



 そんな楽しい毎日が続き、わたしはこれからも変わらずこんな日が続けばいいなと思っていました。

 それと同時に、この楽しい毎日に終わりが訪れることを恐れていました。



 かつては信頼し合い、愛し合っていたザックハリー司祭とハルス司祭。

 お二人は順調に愛を育み、結婚をして――離婚されました。

 共にいてはいけないと。

 生まれ持った性質のせいで、反発してしまうからと。



 互いが思い合っていれば、障害などないのだと思っていました。

 愛し合った二人がすれ違うのは、どちらかの、もしくは双方の愛情が薄らいでしまったからだと。


 けれど、どんなに思い合おうともどうしようにもないことが、……ある。


 わたしの両親も、かつては誰もが羨むくらいに相思相愛で、穏やかな新婚生活を送っていたと聞きました。

 それが、今では言葉も交わさず、同じ空間にいることすらなくなりました。



 わたしも――



 今がとても楽しくて、嬉しくて、幸せで、満たされて、目の前にいてくれる人を大切だと思えます。

 とてもとても大切だと、確信しています。


 それでも、いつの日か……


 離れ離れにならなければいけない日が来るのではないか。

 そう思うと、怖くなるんです。

 そんなことないと、否定できない理由が、わたしにはありますから。



 ……わたしは、之人神これひとがみですから。



 きっと、そばにいれば、わたしはアサギさんを不幸にしてしまいます。

 みなさん、おっしゃっていましたしね。

「之人神とは関わるな」って。


 大切だからこそ、望んではいけません。

 アサギさんは優しい方ですから、きっとご自分を殺してでもわたしに合わせてしまわれるでしょう。

 お味噌汁におイモを入れてくださるように。

 いつもいつも、歩く速度をわたしに合わせてくださるように。


 超常の力が引き起こすとんでもないトラブルに見舞われようと、なんでもない風に笑ってくださるでしょう。


 その優しさに甘えているだけのわたしには、なりたくありません。

 悲しくても、寂しくても、現実を受け入れる勇気を持たなくては。


 わたしとアサギさんは、一緒にはいられな――


「ツヅリ。二人で教会へ行こう」



 DingDong、DingDong――



 頭の中で教会の鐘が高らかに鳴り響きました。

 カラフルな紙吹雪が舞う中、真っ白な衣装を身に纏っているのは、見たこともないくらいに幸せそうな笑顔をしているわたしとアサ……


「ザックハリー司祭が余計なことを仕出かして、あの二人の関係がまた拗れてないか確認をしたいんだが」

「そうですね! ちょうどわたしも気になっていたところです!」


 嘘です。

 嘘ですが、声の限りに賛同しました。


 だって。教会と聞いて、あんな妄想が瞬時に浮かんでくるだなんて……まるで……まるで……わたしが四六時中アサギさんのことを妄想しているようではありませんか!


 そんなに、言うほどでは、ない……はず、です。

 ちょこっとです。ちょこっと考えてしまうだけです。

 お揃いのエプロンを買ってしまいましょうかとか、そのようなことを……


「ツヅリ、どうした? ヘアテールがサンバカーニバルしてるけど」

「な、なんでもありません!」


 勝手に踊り出すヘアテールを押さえ、足早に事務所へ向かいました。

 もう……寒風吹き荒ぶ日の出前だというのに……顔がぽかぽかです。







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