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鋼鉄に守られた繊細な心 -1-

 窓から事務所内を覗き込んでいた顔は、四角く無表情でメタリックな輝きを放っている。まるで、ロボットのようだ。

 これが、本当に先ほどの声の主なのだろうか。


「あ、あの……何か、ご用でしょうか?」

「はい……あの、ご相談に…………離婚の」


 口らしきものは見当たらないが、その声は確実の目の前の、窓の外の巨大なロボットの顔から聞こえてきた。

 か細くて儚げな、今にも泣き出しそうな女性の声。


 コックピットに、ものすごく人見知りなお嬢さんが乗っているのだと思いたい。


「ゴーレム族の方、ですね」

「……はい。アイアンゴーレム族です」


 ロボットじゃなかった。ゴーレムだった。

 ゴーレムと言えば、ファンタジー小説なんかに出てくる岩や鉄で出来た巨人で、魔力によって動いている人造人間、そんな存在だったはずだ。


 ゴーレムまで結婚するのか、この『世界』は。


「申し訳ありません。事務所がご覧の通り少々手狭ですので、別に場を設けさせていただいてもよろしいですか?」

「はい……すみません、大きくて」

「いいえ。アイアンゴーレム族さんにすれば小柄な方だと思いますよ」


 まだ育つのか、こいつは?

 背を丸めて二階の窓から覗き込んでいる様を見るに、4~5メートルはあるんじゃないだろうか。


「アサギさん。ビルの裏手に裏庭があるんです。そちらに面談の場を設けましょう」

「裏庭か……まぁ、しょうがないよな」

「はい。一応屋根も付けられますし、日焼けの心配もありません」


 だから安心してくださいねと、アイアンゴーレムに微笑みかけるツヅリ。

 この巨大な鉄の塊が日焼けを気にしているとは思えないけどな。そもそも焼けるのか、こいつは?


「では、裏へ回ってください。アサギさん、わたしたちも行きましょう」


 ツヅリに続いて部屋を出る。

 と、階段を降りたところでツヅリがそっと身を寄せてきた。

 なんだ、と身を固くすると、耳元でツヅリが囁いた。


「お買い物、また今度になってしまってすみません」


 相談者のいる前では言えないこと、か。


「気にしなくていい。……こっちも、早く実績が欲しいし、な」

「はい。では、今回の相談者さんの涙も止めてあげましょうね」


 立ち止まった分を取り戻すようにぱたぱたと駆け出すツヅリの背中を見送り、「アイアンゴーレムが涙を流すのか?」という疑問を抱いたが、どうでもいいことだと頭を振って意識の中から追い出した。


 ツヅリを追ってビルを出ると、一階倉庫の外側に鉄の扉があった。

 見上げれば外階段のようだ。非常階段だろうか。

 非常階段は屋上まで延びていた。


「アサギさん。こっちです」


 非常階段を越えた先で、ツヅリがこちらに向かって手を振っている。

 俺は非常階段の隣を通過して裏庭へと回った。





 裏庭には、樹齢数百年規模のデカイ切り株が鎮座していた。

 よく見れば加工された跡があり、テーブルなのだろうと解釈した。


「少し低いですけれど、こちらの椅子を使ってください」


 ……椅子だった。

 少し低いと言っても1メートル弱の高さはあるんだが……まぁ、5メートル級のアイアンゴーレムにとっては低いか。

 巨大な切り株を片手で移動させて腰を下ろすアイアンゴーレム。膝が持ち上がり窮屈そうに三角座りをする。


「あの、もう少し大きな椅子をご用意しましょうか?」

「平気、です……慣れてますので」


 巨大なアイアンゴーレムが身を縮めている様は、どこか哀愁を感じさせる。

 声のせいなのか、泣き止んだ直後の子供を見ているような気分にさせられる。


「屋根とハーブティーをご用意しますので、アサギさんは話を聞いてあげていてください」

「所長を抜きで始めていいのか?」

「すぐに合流します」


 言って、ビルへと駆けていくツヅリ。

 ハーブティーいれるのか……バスタブが必要なんじゃないか、このサイズだと。


 ツヅリの背中を視線で追うと、ビルの壁に宝石のようなものを押しつけていた。その直後、ビルの壁から自動で屋根がせり出してきた。

 電動……いや、アレが魔力ってヤツか。


 なんてことを横目で確認しながら、俺はアイアンゴーレムの向かいへと座る。

 近場にあったちょうどいいサイズの切り株を引き寄せてそこへ腰を下ろした。


「えっと、では最初に……」


 と、顔を上げると、真向かいにいたアイアンゴーレムが立てていた膝を寝かせて太腿をグッと押さえた。


 ……あ、真正面はまずかったか。

 サイズが違い過ぎて忘れがちだが、女性だからな。

 三角座りしている正面に男が来るとイヤだよな。お前のパンチラになんぞ微塵も興味がないけどな。

 でも、セクハラってそういうんじゃないもんな。


 すまん。

 配慮が足りなかった。


「申し訳ない」


 すぐさま椅子をずらしてアイアンゴーレムの斜向かいへと移動する。

 隣はダメだからな。

 ……早速躓いた。難しいな、異種族。


「まず、名前を教えてもらえますか?」

「…………アレイ、です」


 ほぅ、アレイさんか。

 アイアンゴーレムのアレイさん。

 鉄アレイね。……ふざけてんのか両親?

 

「いい、名前ですね」

「――っ!? ……あ、ありがとう、ござい、ます……」


 太腿に置かれた手がぎゅっと握られ、もじもじと指を絡め始める。

 褒められることに慣れていないようだ。

 まぁ、『鉄アレイ』を褒めるヤツがそうそういるとも思えないしな。慣れてなくて当然か。


 だとすると……、気を付けないとな。

 こういう女性は、親身になって寄り添ってくれる男に心がなびきがちだ。

 亭主との間に溝を感じて寂しさに心が摩耗している状況では、話を聞いてくれるというだけでそれを『優しさ』だと勘違いしてしまうことがある。

 結婚相談の時にもあったのだが……「あなたの方が優しくて素敵です」なんて言われてしまうのは避けなければいけない。

 相談員が原因で破局なんて、笑い話にもならないからな。


「ん、んんっ」


 咳払いをして、スイッチを切り替える。

 親身になって寄り添うような敬語口調をやめ、少し距離をあけるような冷たい物言いを意識して使うようにする。

 俺はあくまで相談員だ。お前の心の傷を癒してやれるパートナーではない。そう態度で示す。……だたし、突き放すような態度は取らずに。


「アレイさん」

「は、……はい」

「離婚したいと思った理由を、聞かせてくれるか?」

「はい……あの…………えっと……」


 アレイさんは俯いて、膝に置いた手をぐっと握りしめる。


「ゆっくりでいい。まとまっていなくても、拙くてもいい。自分の目で見たことと、感じたこと。自分の気持ちを話してほしい」

「…………はい」


 こんなに消極的で人見知りなアレイさんが離婚を決意し、相談所に駆け込んできたのだ。

 きっと、相応の理由があるのだろう。

 急かさず、じっくりと、彼女が溜め込んでいるものを吐き出してもらおう。


「……主人、に……嫌、われ……て………………っ!」


 掠れ、消えかけ、それでもなんとか音になった言葉は、心臓が引き千切れる音のように思えた。


「憎……まれて、いて…………死のうと、思ったのに……こんな、体だから……それも、出来なくて…………っ」


 鉄の体を曲げて、胸を拳で押さえつけ、嗚咽を漏らす。

 涙こそ流れていないが、彼女は紛れもなく泣いていた。


 それほど深く愛しているのだろう、夫のことを。


 それからしばらく、アレイさんは泣き続けてとても話せる状態ではなかった。

 俺はそんな彼女を見つめて、じっと待った。次の言葉がもたらされるのを。


「アレイさん。ハーブティーです。よければどうぞ」


 台車の上にタライのような陶器の器が置かれ、その中に琥珀色のハーブティーが並々と入っている。


「アサギさんも」

「あぁ、ありがと」


 サイドテーブルのようなものを引っ張り出してきて、そこに二人分のハーブティーを置いて、ツヅリが俺の隣へと腰を下ろした。

 すすり泣くアレイさんを見上げて、にっこりと微笑みかける。


「気分が落ち着きますよ」

「…………いただきます」


 鼻を鳴らし、たらいサイズのカップを手に取るアレイさん。

 巨大なカップも、アレイさんが持つとおちょこのように見える。

 しゃべっても開閉しない口らしき場所へカップを当てると、アレイさんは一気にカップを傾けた。


 温度などまるで気にする様子もなく、一気に飲み干したアレイさん。その喉元から胸へとかけて琥珀色が広がっていく。


 おいおい、いいのか、アレ?

 体に染み込んでるけど?

 錆びたりシミになったりしないか?


「……おいしい」


 一応飲食は出来るようだ。

 くそ。いちいち無駄にドキドキする。


「落ち着いたところで、もう少し詳しく聞かせてもらってもいいか? どうして嫌われていると?」

「それは……」


 両手でたらいサイズの小さなカップを弄び、アレイさんは俯く。


 不意に、二の腕を突かれた。

 見ると、ツヅリが口元に手を添えてこちらを見ていた。耳を貸せということらしい。


「アサギさん、あの……口調が、少し」


 俺の口調がキツイと、そう言いたいらしい。

 だが、俺はツヅリに首を振ってみせる。


「これでいいんだ」

「ですが…………分かりました。アサギさんを信じます」


 反論しようとしたツヅリを見つめ続けると、途中でツヅリが折れた。

 考えがあってのことだ。理由は、後日説明する。


「それで、アレイさん。なぜ、自分が嫌われていると?」

「最近、帰りが遅くて……まるで、避けられているようで……」

「以前はそんなことなかったと?」

「……はい。帰りが遅くなったのは、ここ二ヶ月くらいのことです。それから……」

「それから?」

「……帰ってきても、その……口を、利いてくれないんです」


 無視、か。


「ご主人は、どのような職業の方なのですか?」


 俺に続いてツヅリが質問をする。


「主人は……職人、でして……」

「では、元からあまり多弁な方ではないのではないですか?」

「はい……少々、気難しいところも、ありますし……」


 もともと口数が多いわけではない。

 では、無視ってのも何か理由があるのかもしれないな。

 帰りが遅いのも、仕事関連かもしれない。


「他に、嫌われていると感じることは? なんでもいい。くだらないことでも、些細なことでも。自身が不安に思っていることを全部聞かせてほしい」

「……私が、こんな体、だから……嫌われても当然で……」

「それは違う」


 言い終わる前に否定する。

 それはあんたの主観、もっと言えば思い込みだ。そうじゃなくて、もっと客観的な答えが欲しいのだ。


「具体的なことはないのか? 悪口を言われたとか、作った料理を台無しにされたとか」


 俺の問いを、アレイさんは首を振って否定した。


 なるほどね。

 これは、案外簡単に片が付くかもしれない。



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