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エゴと嫉妬 -3-

「えっと、根本的になんですが……」


 無駄話をしていても埒が明かない。

 ここで俺は、少し踏み込んだ質問を投げかけてみる。


「多くの者を愛したいという考えを改める気はありますか?」


 ハルス司祭が気に入らないのは、ザックハリー司祭が誰彼構わず、女性に色目を使うところなのだろう。

 確かに、褒めて談笑していい関係を築くことは悪くはない。だが、度が過ぎれば不愉快にもなる。配偶者の立場ならきっとそうだ。

 浮気でなくとも、節度は守るべきなのだ。そうでなければ、ハルス司祭がずっと我慢を強いられることになる。


「そもそも、僕は多くの者を愛したいだなんて思っていないよ」

「博愛主義、なのですよね?」

「それはそうだが、女性として愛しているのはハルスただ一人だ」


 とてもそうは見えないんだが。


「僕はただ、多くの者を幸せにしたい。それだけなんだ。それは、男女問わずにね」


 ツヅリの服を褒めたり、二人きりで会おうと誘ったりすることでツヅリが幸せになれるとでも?


「その考えを改める気はないのですかと聞いているのですが?」

「それはないね」


 あっさりと、考える素振りも見せずにそう言った。

 ……こいつは、人の気持ちが分からないのか?



 一番近くにいるのに、その興味がよそにばかり向いて自分に向かないことが、どれほど苦痛で、孤独で、耐えがたいことか、分からないのか?

 当然そこにあるべきだと思っていたものが、どう足掻こうと手に入らないと知った時、人間がどれほど絶望するのか、考えたことがあるか?


 存在を無視され、必要とされない人間が、自分の価値を、存在意義を守るのにどれだけの努力と労力を必要とするのか……その代償として、どれだけの深い傷を心に負うことになるのか、お前は……お前はっ!



「アサギさん!」


 肩を揺すられ、ハッと我に返る。


 ……俺、今………………なにしてた?


「……大丈夫ですか?」

「あ、……あぁ。大丈夫、だ」


 無糖のハーブティーを一口含み、鼻から大きく息を吸う。

 今は、仕事中だ。


 俺らしくいろ、俺。


「失礼」

「いや」


 謝罪を述べると、軽く受け流される。

 ゆったりとソファに座り、腕を広げて余裕の笑みを浮かべている。


 膝がこちらを向き、胸が開いている。

 こちらを取るに足らない相手と判断し、自身が上位にいることを知っている者の態度だ。


 ……みっともない。

 完全に、俺の負けだな。


 下手な対抗心は持たず、今やるべきことを片付けてしまおう。

 これ以上、無様を晒すのは御免だ。


「ザックハリー司祭は、自分の考えを変えるつもりはないと。……つまり、ハルス司祭が変わるべきだと思われているんですね?」

「それも違うな」


 またアゴに手を添え、そして、自信に満ちあふれた表情で言う。


「ハルスも変わることは出来ないだろう。なぜなら、僕たちは元神だった存在だからね」


 淀みのない声で、確信を持って放たれた言葉。

 ザックハリー司祭は、自分たちを之人神だと言い切った。


「ハルス司祭は、お二人とも之人神ではなかったとおっしゃっていましたよ?」

「勘違いじゃないのかな?」


 勘違い?


「僕の体にははっきりと刻み込まれているんだよ。多くの者たちが僕に敬愛と信仰とあふれんばかりの好意を寄せてくれていた記憶が」


 かつていた世界で、自分は信仰の対象であった。

 そんな記憶が体に刻み込まれていると、ザックハリー司祭は言う。


 どういうことだ?

 どちらかが記憶違いをしているのか?

 それとも……


 どちらの言うことも正しいとするなら、ザックハリー司祭がもともと神で、ハルス司祭はそれに仕える神官や、神の声を聞く巫女のような存在だった……とか?

 いや、それを「隣に寄り添っていた」と表現するだろうか?

 この二人は同等の立場だったと考えるのが正解な気がするんだが……


「ザックハリー司祭だけが神様で、ハルス司祭は違ったと?」

「それはないね。僕とハルスはいつでも対等だった。もっとも、僕ほどの信者はいなかったけれど……それでも、彼女は世界に必要な存在だった。僕と同様にね」


 世界に必要な存在で、信者がいる……ね。

 ザックハリー司祭は、自分が神であったと確信しているようだ。


「それに、僕が神で彼女がそうでないなら、共にいられるはずがないじゃないか。身分違いの者が同じ場所に立つのは歪だし、常識的ではない」


 じゃあ帰っていいっすかね?

 俺は正真正銘、普通の一般人なんで。神様の夫婦喧嘩に口を挟むとか無理なんで。


「どうにも話が食い違っていますね」

「僕とハルスの間で、かい?」

「はい。ただ、我々の捉え方が間違っているだけで、双方とも間違ったことは言っていないという可能性もあります」


 二者から得た食い違う証言が、実はどちらも間違っていなかったということはままある。

 性別や立場、身分や考え方の違いで物の見方はがらりと変わってしまうからだ。

 とある大学の実験で、男性の服を着たベリーショートの女性が俯き口元を押さえて嗚咽を漏らす映像を被験者に見せた時、音声ありで映像を見た被験者は「女性が泣いている」と答え、音声なしで映像だけを見せた被験者は「男性が笑っている」と答えた――なんて例もある。


 おそらく、ザックハリー司祭もハルス司祭も嘘を吐いてはいないのだろう。

 俺たちに嘘を吐くメリットが、この二人にはないから。


 だが、だからこそ困惑する。


 物の見方……

 俺は、それを変えなければいけない。

 見方なのか、考え方なのかは、まだ分からないけれど。


「もう少し時間をいただけますか?」


 一度持ち帰り、情報を集めたい。

 エスカラーチェに頼んで、この二人の過去を洗い出してもらおう。

 分かる範囲で構わない。

 彼らがこの『世界』でどのように過ごしてきたのか。そこから、彼らの思考を読み取れないか。

 すれ違いの原因が、本当に過去にあるのか。

 もう一度考え直したい。


「普段の生活を見せてもらいに、また訪れるかもしれません」

「あぁ、いいよ。待っている。アサギ君が忙しいようなら、ツヅリちゃん一人で来てもいいからね」

「絶対に二人で来ます」


 こいつのこの性格が不仲の一因であることは間違いないんだがな。

 ただ、もしザックハリー司祭が之人神だったとしたら、現在の生き方を否定しろという要求は無理かもしれない。なんか、ものすごくわがままな存在らしいしな。


「さぁ、ツヅリ、そろそろお暇しよう……」


 と、ツヅリの方へ振り返ると、ツヅリが俯いて固まっていた。

 ……まただ。

 最近、ツヅリが見せるようになった、儚げな表情。


 なんかだ、今にも消えてなくなりそうな、不安を煽られるような雰囲気。


「……どうした、ツヅリ?」

「…………」

「ツヅリ」

「……へ? あ、はい。すみません。ボーッとしていました」


 慌てて笑顔を作るツヅリ。

 けれど、ヘアテールは不安げにふるふると、小刻みに揺れていた。

 これは、嘘を吐いている時の反応だ。


 ツヅリは、無理をしている。


 知りたい。

 お前が何を不安に思い、何を必死に隠そうとしているのか。

 俺に出来ることがあるなら、言ってくれればいいと、何度も言いかけてしまう。

 けれど、ツヅリが大丈夫だと言っている以上、俺がそこへ踏み込むわけには――


「何か悩みがあるなら、僕が相談に乗るよ、ツヅリちゃん」


 躊躇いもなく、ザックハリー司祭が踏み込んでくる。

 俺が、壊さないように丁寧に扱っていた境界線を、無遠慮に踏み越えてくる。


「女の子がそんな暗い顔をしていちゃダメだよ。君のような可愛らしい女の子は、いつだって笑顔でいなきゃ」


 自分の価値観を押しつけてくる。


「僕なら、君の悩みを受け止めてあげられる。君を理解してあげられるよ」


 相手の歩調など気にもしないで――


「僕は、君の味方だ」


 ――自分が絶対に正しいだなんて思い上がって!


「……あの、では」

「ツヅリ」


 座るツヅリの手を握り、強引に立ち上がらせる。

 こちらを見ているツヅリの視線を感じながら、ザックハリー司祭を睨みつける。


「……帰るぞ」

「え……は、はい」


 しっかりと手をつないで足早に出口へ向かう。

 ここにいてはダメだ。

 こんな甘ったるい部屋の中にいたら、ツヅリは……


「アサギ君」


 ドアのノブに手をかけた時、ザックハリー司祭が俺の名を呼んだ。

 ドアノブを握ったまま視線だけを向ければ、ザックハリー司祭は相変わらず余裕な態度で、物静かな笑みで一言、こう呟いた。



「それは、エゴだよ」



 奥歯が軋む。

 感情のままに「お前が言うな」と言ってやりたかった。

 だが、言葉が出てこなかった。


「…………」


 結局、俺は何も言わずツヅリを連れて部屋を出た。







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― 新着の感想 ―
[一言] ちょっとこの司祭ナイフで「サクー」ってやってもいいですかね?
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