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騒動のあとの心地よい語らい -2-

「お詫び、というとおこがましいのですが、もしよければ仮装祭りをご一緒しませんか?」

「仮装祭り?」

「はい」


 仮装祭りはこの『世界』に統合が始まった当初から続く伝統あるお祭りです。

 姿や習慣の異なる様々な人種が共に住まうこの街で、互いを尊重し、理解を深め、仲良く暮らしていきましょうという願いをこめて自分とは異なる人種の格好をして街中を練り歩くのです。

 出店もたくさん出る、とても大きくて盛り上がるお祭りなんです。


「一緒に仮装して出店を回りましょう。なんだってご馳走しちゃいますよ」

「ハロウィンみたいなものか」

「はろうぃん、ですか?」


 アサギさんのいた世界には、オバケに仮装をするお祭りがあったのだとか。

 こちらの仮装祭りとは少し異なりますが、趣は似ているかもしれませんね。


「カボチャをオバケの形にくりぬいて飾ったりするんだ」

「それはとっても可愛らしいですね、是非やってみたいです」


 作り方を教わる約束をして、代わりにわたしがアサギさんの仮装の衣装を用意することになりました。

 うふふ。またまた楽しみが一つ増えました。


 すごいです。

 アサギさんといると、どんどん楽しみが増えていきます。


「ところで、アサギさんはどんな仮装がしたいですか?」

「無難なモノでいいよ」

「人気がある仮装となると……キャットウーマン、とかでしょうか?」

「俺が女装することのどこが無難だ」

「あ、すみません。今のはあくまで一般論で」


 うっかりしていました。

 アサギさんならキャットウーマンの仮装をしても似合うだろうなと思ってしまい、つい口を突いて出てしまいました。

 そうです、アサギさんは男性なので男性向きの仮装にしなければ………………本当にそうでしょうか?


「女装はしないからな?」


 また釘を刺されてしまいました。

 何も言っていないのに。……なぜなのでしょう?

 顏には出ていないと思うのですが。

 頬を触って確認しますが、特に変化はありません。

 ……不思議です、アサギさん。


「ちなみに、ツヅリはどんな仮装をするんだ?」

「わたしは普通です」


 毎年決まった仮装をしています。


「おイモさんです」

「イモの仮装!?」

「はい。紫の布を巻いて、頭にオレンジ色っぽい黄色の布を巻きつけて」

「……安納芋か」


 なんでしょうか、その名前は?

 アサギさんのいた世界の美味しいおイモの名前でしょうか? 気になります。


「今年はちょっと違うものにしてみないか?」

「違うもの、ですか?」

「あぁ。そうだな……、縁もあったことだし、ルーガルーとか」

「シーマさんとお揃いですか。それは楽しいかもしれませんね」


 でしたら、シーマさんにお願いして、仮装のモデルになっていただけないかご相談してみましょう。


 そんなことを考えていると、視界の端っこでアサギさんの拳がぐっと握られました。

 顔を見れば、さっと視線を逸らされ、口元を隠すように大きな手が添えられ、顔ごとそっぽを向かれてしまいました。

 ……なんでしょう? なんだかすごくよそよそしいです。


「あの、アサギさん。今、拳が『ぐっ』って……」

「そうだ! 明日の朝飯なんだが!」


 急に朝ご飯のお話が始まりました。

 そういえば、今朝アサギさんと約束したのでした。

 明日から、わたしが食べたくない時を除いて一緒に食事をすると。


 明日も一緒に朝ご飯が食べられるんですね。嬉しいです。


「何か要望はあるか?」

「わたしは特に。アサギさんのお勧めがいいです」

「そうか、なら炊き込みご飯でいいか?」

「たきこみごはん、ですか?」


 それは一体どういったお料理なのでしょうか?


「炊き込みご飯ってのは、いろんな具材を米と一緒に炊く料理なんだが、入れる具材を変えることで味は千差万別なんだ」

「それはすごいですね」


 キノコを入れればキノコご飯に。

 栗を入れれば栗ご飯に。

 お豆さんを入れれば豆ご飯に。

 そして、お魚を入れて炊き込むと美味しい出汁が出て得も言われぬ味わいになるのだそうです。


 とっても美味しそうです。

 どんな具材でも、きっと美味しいに違いありません。


「わたし、炊き込みご飯が食べてみたいです」


 わたしの期待は、これ以上にないほど膨れ上がっています。

 今から楽しみで、出来ることなら今すぐにでも眠ってしまいたいくらいです。


「それで、前にエスカラーチェからもらったイモが残っていてだな……」


 え?

 それって、もしかして……


「イモご飯にしようかと思うんだが――」


 飛びついていました。

 さながら、投げられたボールに飛びかかっていったシーマさんのように。


 気が付いた時、わたしは立ち上がって駆け出し、アサギさんの頭にぎゅっと腕を回していました。


 素敵です。

 素敵過ぎます。

 おイモの炊き込みご飯だなんて、そんなの、絶対美味しいに決まっているじゃないですか!


「どうしましょう、アサギさん。これ以上ないほど膨れ上がっていたと思っていた期待が、何倍にも膨れ上がってしまいました!」

「…………」


 アサギさんは何も言わず、必死にわたしの二の腕を叩いていました。

 ……あっ、顔が埋まって呼吸が出来ていないようでした。


「すみません、わたしってば、つい!」


 慌てて腕を離し、アサギさんの顔を解放します。

 アサギさんは真っ赤な顔をして、肩を大きく上下させていました。


 よほど息苦しかったのでしょう。

 申し訳ないことをしてしまいました。


「とにかく、作るのは明日の朝だから、今日は落ち着いて、寝ろ」

「はい。早く寝て、明日に備えたいと思います!」


 アサギさんに就寝の挨拶をして、わたしは事務所を出ました。

 階段を上がる足取りが軽いです。

 あぁ、なんて素敵なんでしょう。

 おイモの炊き込みご飯。想像しただけで胸が躍ります。


 ただ不安なのは、最初の炊き込みご飯がおイモだと、二番目以降に食べる炊き込みご飯が色褪せてしまわないでしょうか?

 けれど、その存在を知って我慢するなんて出来ません。

 明日、いただきましょう。たとえ、二番目以降を犠牲にすることになったとしても。



 そしてもう一つ不安なことが。


 果たして、こんなにもうきうきと浮かれているわたしは、今夜きちんと眠れるのでしょうか。







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