騒動のあとの心地よい語らい -1-
「アサギさん。ハーブティーです」
「ん。あぁ、ありがとう」
事務所に戻ってきたのは、すっかり日が落ちた後でした。
窓を開け、窓際の自席で書類仕事をされていたアサギさんにハーブティーをお出ししました。
書類整理は慣れていると、今回の案件のまとめを買って出てくださったアサギさんに、せめてもの感謝の気持ちです。
「少し、風が冷たくなってきましたね」
「閉めるか?」
「いいえ。もう少しこのままで」
冷たい風に触れるのは割と好きです。
もう少ししたら、こうして窓を開けて風に当たることも出来なくなりますからね。
「冷たい風に吹かれていると、温かいハーブティーが美味しく感じますよね」
「まぁな。……よし、これで終わりだ」
書類をトントンと揃え、ファイルにまとめて仕舞うアサギさん。
なんだかベテランさんのような手際で、実に頼もしい限りです。
「無事、終わりましたね」
夜の空を見上げ、今頃エリックさんとシーマさんは仲良くされているでしょうかと、思いを馳せます。
きっと、仲良くされているでしょう。ふふ。想像すると頬が緩みますね、微笑ましくて。
「やっぱ閉めるか。少し冷えるよ」
「はい」
窓を閉めようとしたら、アサギさんが代わりに閉めてくださいました。
なので、私はハーブティーを応接用のテーブルへと移動させます。
「ソファで少しお話をしませんか?」
「あぁ、構わないぞ」
アサギさんが座られるのを待って、わたしも向かいに座ります。
ほっと一息ついて、改めて今回の案件を思い起こします。
本当に、今回は驚かされてばかりでした。
いえ、前回もそうだったのですが、アサギさんの観察眼と推理力には脱帽です。
「アサギさん。いつから気付かれていたんですか、シーマさんがルーガルーだと」
あの後、幾分落ち着いたシーマさん本人から、ご自身がルーガルーという種族であること、満月には左右されないけれど夜間は狼の姿になってしまう体質であることなど、詳しく説明をいただきました。
「気付いていたというか、もしそうなら辻褄が合うなと思っただけだ。確証はなかった。まぁ、たぶんそうだろうなって確信はしてたけど」
「すごい推理力ですね。アサギさんなら、きっと『怪盗カメリオーネ』さんだって捕まえられますね!」
「……誰だよ、『怪盗カメリオーネ』……」
「若い方を中心に人気の大衆向け奇譚に出てくる架空の人物です。とても面白いお話なんですよ?」
「ミステリ小説みたいなもんか。そういうのが好きなのか?」
「文字を読むのは好きですね。そうだ、今度貸本屋さんを覗きに行きませんか?」
「そうだな。生活用品を揃えた後にでも、案内してもらおうか」
「はい」
その日までに、アサギさんにお勧めするお話をいくつか選んでおきましょう。
ふふ。楽しみが一つ増えました。
「あ、そうでした。かんざし職人さんのところへも伺わないといけませんね」
今回、アサギさんの発案でご協力をお願いしたのですが、少々危険な目に遭わせてしまいましたので、改めてお詫びとお礼を伝えに行かなければ。
と、思ったのですが。
「いや、あいつらのところにはエスカラーチェがベーグルを持っていってくれたから、もう大丈夫だろう」
「そう、なのですか?」
「あぁ。八割くらいエスカラーチェ目当てだったからな、あいつらは」
「そういえば、みなさんエスカラーチェさんにご執心でしたね」
エスカラーチェさんの女性らしいスタイルや仕草に、男性が惹かれるのは頷けます。
エスカラーチェさんは、男性に人気のある女性ですから。
と、そんなことを思っていると、アサギさんがじっとわたしの顔を見つめていました。
……なんでしょう? 何かを言いたそうなお顔に見えますが。
「自覚はないようだな」
「自覚、ですか?」
「いや、なんでもない。とりあえず、行くにしても俺が一人で行くから、お前はあの連中に近付かないように」
「へ?」
お礼に伺うのでしたら、わたしもご一緒しますけれど?
「近付かないように」
念を押されてしまいました。
わたし、何か顔に出ていたのでしょうか?
「礼を言うならカナにだな。厨房まで使わせてもらって」
「そうですね。また後日お礼を言いに行きましょうね」
その時は、是非おイモのベーグルをいただきましょう。今回は食べられませんでしたので。
「けど、よかったですね。シーマさんの手料理が喜んでもらえて」
「一口食べてバレるかと思ったんだが、うまく騙されてくれて、いいサプライズになったよな」
そうです。
あれはアサギさんの考えたサプライズだったのです。
なんでも、『否応なく素直にならざるを得なくなる後押し』だとか。
かんざし職人さんの訪問も、その一環とのことでした。
「かんざし職人さんといい、シーマさんの手料理といい、エリックさんにはとても効果がありましたよね」
「あいつはスネていただけだからな。あの手の男は優しく寄り添われると突っぱねるクセに、冷たく突き放されると途端に焦って現状復帰しようとしてしまうんだ。ほら、相談所の前まで親身についてきた同僚の憲兵を突っぱねてたろ?」
「そういえばそうでしたね」
「そのくせ、一眠りして目覚めた時に独りぼっちだったことで焦り始めた。自分を止めてくれる者がそばにいない状況が不安でたまらなかったんだろう。……そういう男ってのは結構いるんだよな。客観的に見ていれば、『じゃあ最初から素直になれよ』としか思えないんだが……そううまく感情を切り替えられないんだろうなぁ」
膝に肘を置き、頬杖を突いて、アサギさんは深いため息を漏らしました。
「アサギさんは、そういう時に気持ちの整理が出来る方なんですか?」
「ん?」
背筋を伸ばしてじっくりと黙考するアサギさん。
しばらく考え込んで、首を傾げました。
「分からんな。そういう状況に遭遇したことがない」
「そうなんですか」
アサギさんなら、きっと相手の方の気持ちを慮って優しく接してあげるのでしょう。
なんとなくですが、そんな気がします。
「相手に惚れ込めば惚れ込むほど、自分の感情がコントロール出来なくなるものらしいけどな、恋愛ってのは」
数多くの恋模様を客観的に見続けてきた経験則だと、アサギさんはおっしゃいました。
以前の世界では、そのようなお仕事をされていたのだと。
なるほど、だから相談者さんの気持ちにうまく寄り添えるのですね。
やっぱりすごいです、アサギさん。
「そういえば、ワーウルフさんもいつか素敵な女性と巡り会えるといいですね」
「出会えても嫌われるだろう、女性に点数を付けるようなヤツは……」
アサギさんは、どうにもワーウルフさんがお気に召さないようです。
わたしがワーウルフさんのお話をすると、少し嫌そうなお顔をされます。
「アサギさんのような女性が好みだとおっしゃっていましたね」
「眼球か脳みそのどっちかが腐ってたんだろうな」
「そんなことはないと思いますよ」
アサギさんはとても綺麗なお顔立ちですから。
女装されてもきっと似合うと思います。いえ、絶対似合います。
「……あの、アサギさん」
「却下だ」
はぅ……
まだ何も言ってませんのに。
アサギさんのエスパー疑惑は、日増しに強まっている気がします。
「もう人間は諦めて魔獣を嫁にもらえばいいんだよ、あいつは」
「あ、でもたしか、毛深い女性は好みではないとおっしゃっていたとか。新聞に書かれていましたよ」
「選り好みできる立場か、あいつは!?」
ですが、結婚はその後の人生を決定付ける大切なものですから、妥協することなく最良のお相手を見つけていただきたいと思います。
「ちなみに、アサギさんはどのような女性がお好みなんですか?」
「…………」
「…………アサギさん?」
「…………考えたことがない」
「そうなんですか」
なんだか、一瞬ものすごく鋭い視線をされたような気がしますが、きっとあれは深く考えた時のお顔なのでしょう。
「素敵な女性と出会えるといいですね」
「………………まぁな」
なんでしょう?
なんだか、睨まれているような?
あ、そういえば、同僚にこういうことを尋ねるのはあまりよろしくないと聞いたことがあります。
たしか、『セクハラ』とかいうのだとか。
「すみません。セクハラをしてしまいました」
「お前はたまに、思いがけない言葉をチョイスするな」
「へ?」
「いや、……まぁ、気にするな」
アサギさんが寛大な心で許してくださいました。
ですが、今後は気を付けなければ。




