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情報屋は嘘を吐かない -1-

 ビルの外階段を上る。

 空は青く抜けるような晴天で、秋風の中にも日の温かさを感じる、そんな天候だった。

 日本にいた時は真冬だったから、少し季節が戻ったような気分だ。


 カンカンと音を立て、錆びた階段を上りきると、屋上庭園にエスカラーチェがいた。


「おや、サトウ某さん。お一人ですか?」

「あぁ。邪魔してもいいか?」

「えぇ。私は大家さんとは違っておもてなしなど出来ませんが、それでもよろしければ」

「構わねぇよ」


 断りを入れて、庭園へと足を踏み入れる。

 相変わらず見事な庭だ。


「秋に咲く花がこんなにあるんだな」

「『あき』? ……というのですか、あなたのいた世界では、今の季節を」

「あぁ。こっちじゃそう呼ばないのか?」

「特に決まった名称はありませんね。しかし、認識をすればそれはこの『世界』の言葉となるでしょう」


 エスカラーチェが言うには、俺自身の理解度によってこの世界の言葉は変化していくのだそうだ。

 最初伝わらなかった言葉であっても、使い続けるうちに誰もが知っている言葉と摺り合わされて常用語に変化しているらしい。いつの間にか。気付かないうちに。

 神という存在に頭の中を好き勝手にいじくられた結果、なのだそうだ。


 なんとも不気味な話だ。


「ですので、あなたがおっしゃっていた『萌え萌えきゅ~ん☆』という言葉も、そのうち常用語になるでしょう」

「待ってくれ。嘘だよな? 俺はそんなこと言ってないよな?」

「おやおや、本当に記憶がなくなっているのですねぇ……」


 はふぅ……と、ため息を吐くエスカラーチェ。

 絶対嘘だ。

 そもそも、俺は日本でもそんなふざけた言葉は使っていない。


「俺の記憶が抜け落ちてるからって、嘘を吐くのも大概にしろよ」

「おや、大家さんから聞いていないのですか?」


 手にしていた剪定鋏を置き、エスカラーチェが静かに近付いてくる。


「私は、嘘を吐けないのですよ」


 そういえば、ツヅリが「エスカラーチェは嘘を吐かない」というようなことを言っていたが、それを信用するに足る証拠はどこにもない。


「見てください、私の首を」


 エスカラーチェがアゴを持ち上げる。

 すらっと細く長い首があらわになり、思わず目を逸らしてしまった。

 なんというか、妙に艶めかしくて、見ていられなかった。


「……首フェチ」

「違うわ!」


 不名誉なレッテルを貼られそうだったので、目を逸らさずエスカラーチェの首元を見る。

 普通に見る。

 何も、全然、これと言って、首筋くらい、どうということはない。……という顔で。


「『俺、そーゆーの全然興味ないから! ……ちらっちらっ……はぁはぁ』」

「余計なことを口にしないと死ぬ病気なのか、お前は!?」


 そんなこと思ってないわ。

 まったく。


「申し訳ありません。思ったことがこぼれてしまうんです。これは防ぎようがありません」

「自制すればいいだけだろうが」

「違います。これは、呪いなのです」

「呪い……?」


 物騒な言葉に、思わず息をのむ。

 そのタイミングで、再びエスカラーチェがアゴを持ち上げる。

 日焼けひとつしていない、真っ白な首筋があらわになって、そこに浮かぶ文様が目に入る。


「……これは?」

「呪いの紋です」


 エスカラーチェの首に、痣のような文様が浮かんでいた。

 呪いの紋?


「私は、ある人物に呪いをかけられ、言葉を発することが出来なくなったのです」

「いや、今もしゃべってるじゃないか」

「これは、仮面がしゃべっているのです」

「はぁ?」


 仮面が?

 それは、ギャグなのか、マジなのか……


「この仮面は、心に思ったことを音声にして相手に伝える魔導具なのです。ですので、この仮面をつけている以上、私は嘘を吐けないのです」


 心で思ったことがそのまま言葉になってしまうなら、嘘なんか吐けないだろう。

 それが、本当ならな。


「信じなくても構いません。あなたに信じてもらいたいとも思いませんし。ただ、事実を事実として知らせておきたかっただけです。あなたと大家さんの間で認識の齟齬は、なるべく少ない方がいいでしょう?」


 あくまで、ツヅリのために自分の秘密を打ち明けた。

 そういうことらしい。


「その仮面を外せば、心の声が消えるわけか」

「はい。ですが、この呪いが解けるまで、私は仮面を外すつもりはありません」

「なぜだ?」

「必要ないからですよ。私は、私のすべてを晒してここに居ます。外聞を気にして取り繕うことも、保身のために嘘で塗り固めることもしません。だからこそ、大家さんは私をここにおいてくださっているんです」


 エスカラーチェは嘘が吐けない。

 それが、ツヅリがこいつを信用した要因になっているのか。


「大家さんは、他人を大切にすることに長けておられますが、他人を信用することには慣れていませんから」

「他人を信用……してないってのか?」

「えぇ。私の知る限り、同じ屋根の下に住まわせてもいいと思われた人間など一人もいませんでした。あなたが現れるまでは」


 俺は、記憶の混在というものが起こる前から事務所の隣に部屋を与えられていた。

 それは相当イレギュラーなことだったらしい。


「なぜ俺だけ?」

「それはこちらが聞きたいところです」


 無表情な仮面が俺を見つめる。

 無表情なはずの仮面が、心なしか少しだけ不満そうに見えた。


「まぁ、大家さんが信用しても、私はあなたを信用していませんので、常に私に見張られているということをお忘れなきよう」

「俺の何を見張るってんだよ」

「大家さんに手を出すと……」


 気が付いた時、俺の喉元に剪定鋏の刃が触れていた。

 痛みはないが、ひやりとした鉄の冷たさを感じた。

 ……さっき置いたはずなのに、いつの間に?


「随分と、ツヅリを気にかけているんだな?」

「当然です。大家さんは、私の生き甲斐ですから」

「何か、恩でもあるのか?」

「…………」


 エスカラーチェは答えなかった。



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