最高のギフト -2-
「ツヅリを連れてきたこと、感謝する。そなた、名は?」
「サトウ・アサギです」
ボナウスレスに問われ、名を告げる。
アメリカのように苗字と名を入れ替える必要はないと、ツヅリが言っていた。
「アサギさんは、アサギさんのままでいいんですよ」と。
書類などではファミリーネームが後ろに来ることが多いが、名乗る時は自分に馴染んだものを使用すればいいのだとか。それで相手に伝わるかどうかは、また別の話なんだが。
「……そうか。覚えておこう」
俺の顔を見つめ、興味なさげに言う。
絶対覚える気ないな、この人。
「あなたは、ツヅリとはどのようなご関係で?」
今度はカーディリアが俺に問いかけてくる。
「ツヅリさんの会社に雇われている従業員です」
端的に事実のみを伝える。
余計な情報は、今は必要ない。
視界の端で、ツヅリのヘアテールがしょんぼりと元気をなくしたのが見えたが……今は、放置するしかない。
へこむなよ、こんなことで。……顔がニヤけるだろうが。
「そう。ツヅリがお世話になっているのね。ありがとう」
にこりと微笑み、涼やかな声でさらに問いを重ねる。
「あなた、お名前は?」
「……サトウ・アサギです」
「そう。覚えておきますね」
これが、この夫婦の問題点。
今回は、今までの夫婦のように何度も時間を取らせることが出来ないと踏んで、ツヅリとエスカラーチェに全面協力をお願いしていた。
あるだけの情報を一つ残らず寄越してもらったのだ。
対外的なことから、家族間の秘密、趣味嗜好や口癖に至るまで、とにかく今ある情報はすべて聞き出した。
そして、俺がたどり着いた問題点がこれだ。
この夫婦は、互いを一切見ていない。
二人で同じ場所にいようとも、どちらも中心は自分だと思っている。
いや、違うな。
『自分と、それ以外』
そんな物の見方をしているのだ。
だから、ボナウスレスに問われ答えた俺の名を、カーディリアは一切聞いていないし、興味も示さない。
自分が尋ねた問いへの返答にしか耳を貸さないのだ。
それはボナウスレスも同様で、カーディリアが自分と同じ質問を繰り返そうと、それを不快にも思わないし口も挟まない。そもそも、気にもしていないのだ。
だからこそ、ツヅリはどちらも選ばないという選択しか出来なくなっている。
相手の立場に立てば、いや、わざわざ立たなくとも少し考えれば、相手が何を思って行動しているかなんて察することが出来るはずだ。
さっきのことにしたって、涙を流したツヅリを慰めようと行動を起こしたことは明白で、その裏には『お前の行動を邪魔してやる』なんて思惑など介在しない。
にもかかわらず、この夫婦はツヅリが「相手を選ぶ」という行為に過剰に反応を示してしまう。
ツヅリの話を聞いた時、「相手に負けた」ことに立腹して癇癪を起こしたのだと思った。
先にママとしゃべった。
先に好きと言われた。
ヤツがいいプレゼントを贈るならこっちはもっと上等なものを――と。
しかし、事はそんな単純なことではなかった。
彼らは、『自分が与えるはずであったモノが与えられなくなった』ことに激怒し、憤るのだ。
ツヅリがボナウスレスのハンカチを使えば、カーディリアは『ツヅリの涙を拭うこと』が出来なくなる。
ツヅリがカーディリアの胸に飛び込めば、ボナウスレスは『ツヅリを支え励ますこと』が出来なくなる。
相手が何をしたのか、そんなことは関係ない。
この二人の元神は、自分が施すはずだった恩恵を台無しにされることにこそ怒りを覚えるのだ。
神であった時の感情そのままに。
彼らはもう神ではない。
だが、紛れもなく神であった存在なのだ。
神の怒りに触れれば、脆弱たる人間など一瞬で命を刈り取られることだろう。
だからこそ、「之人神には関わるな」という考えがこの『世界』での常識になってしまう。
手放してもなお衰えない神の威厳。神威。
彼らは等しく、人間を超越した存在なのだ。
だが……
だから、どうした。
おっかねぇからって、尻尾を巻いてやるつもりはない。
こっちには、譲れないものがあるんだ。
どんなに楽しそうにしていても、どんなに笑って過ごしていても、ふとした瞬間に現れるツヅリの憂い顔。
それを見過ごせるほど、俺は人間が出来ちゃいないんだ。
愛された記憶がないから、愛し方をよく知らない。
悪いな。何もかもが手探りなもんで随分と不器用で滑稽に見えるかもしれんが大目に見てくれ。
なにせ俺は、初心者なんでな。
「まずは、お話を伺わせてください」
目上の者が動いてくれなければ、こっちは座布団に座ることすら出来ない。
いいからさっさと上座に座れ。
話はそれからだ。
テーブルへ視線を誘導し、二人の之人神に着席を促す。
「む。そうだな。そろそろ食事も来るだろう」
「それもそうね。そろそろお食事も来ることでしょうし」
互いの意思を確認することもなく、二人はそれぞれ立ち上がり、それぞれの歩幅で席へと戻る。
「ツヅリたちも座りなさい」
「ツヅリたちもお座りなさい」
それぞれが俺たちに席を勧める。
そんなタイミングで、板前が料理を運んでくる。まるで見計らっていたかのようなタイミングだ。
上座から順に、俺たちの前へ料理が置かれていく。
最初は小鉢に入った見たこともないような料理だった。少なからず日本料理ではない。
「ツヅリ。これ、何か分かるか?」
「さぁ。見ただけでは……。あの、すみません」
そこまで気になっていたわけではないのだが、ツヅリが板前を呼び止めて聞いてくれた。
「こちらは、何のお料理ですか?」
「そちらは、ババゲルギのトモポリオ和えでございます」
さっぱり分からなかった。
ババゲルギ? 海の物とも山の物とも知れない。
これ以上聞くのはやめよう。……余計に不安が募る。
料理が並べられると、テーブルにボトルが置かれた。酒のようだ。
「お飲みになられますか?」
「そうだな。いただこう」
「軽くいただきましょう」
俺の問いに、二人は揃って答える。
神は酒好きだとエスカラーチェが言っていたが、この二人も好きらしい。
「では、失礼します」
一言断り、ボナウスレスへボトルを向ける。持ち上げられたグラスに酒を注げば、薄黄色の液体が発砲して泡を立てる。
ビールやエールのような酒らしい。
次いで、カーディリアにも酒を注ぐ。
エスカラーチェからの情報通り、こちらからの働きかけに関しては何も言われない。
どちらが先だったとか、後回しにするのかとか、そんな難癖は付けられなかった。
「では、ツヅリも飲みなさい」
「さぁ、次はツヅリの番ですよ。グラスを」
自分たちのグラスに酒が入ると、二人は同時にボトルを持ち上げツヅリを見る。
ここでツヅリがどちらかの酌を受けると問題が勃発するのだ。
「さぁ、俺たちもいただこう」
そう言って、手にしたボトルをツヅリへ向ける。
戸惑ったようにこちらを見てくるツヅリに、笑みを浮かべて首肯してみせる。
大丈夫。俺が注ぐ分には問題は起こらない。
ちらりと両親の方を見て、ツヅリがグラスを差し出してくる。
俺が酒を注いでも、両親は怒り出したりはしなかった。
「俺がやろうとしていたのに!」「邪魔をしたわね」とは、ならない。
……よし、確認は取れた。
実際のところ、誰もその確認を取ったことがなかったのだ。
破壊を司っていた元破壊神。
命の誕生、芽吹きに加護を与えていた元豊穣の女神。
そのどちらを怒らせても、命の灯が消されてしまいかねない。
そんな恐怖が、誰にも『検証』という行為を行わせなかった。
エスカラーチェが見聞きした情報を基にある程度の仮説を立ててはいたが、それはあくまで仮説でしかなかった。
だが、たった今それは確信へと変わった。
俺が、この身をもって検証した事実を伴ってな。
……正直言えば、ついさっきまでかなりビビっていた。
けれど、これで糸口が見えた。
この夫婦の不仲を――不仲に見えてしまっている現状を打破することは可能だ。
「そなたも飲むか?」
「よろしいのですか?」
ボナウスレスに言われ、確認を取るように尋ね返す。
「あぁ。折角だ、飲むといい。ここの酒は美味いぞ」
「では、お言葉に甘えまして」
そう言ってグラスを差し出せば、ボナウスレスは何の抵抗もなく酒を注いでくれた。
カーディリアも、それについて何も言ってこない。
ただ一人、ツヅリだけが驚いたように目を丸くしていた。
おそらく、これまでツヅリが似たような状況に遭遇した場合、問題が起こっていたのだろう。
今のように、ボナウスレスの酌を受ければカーディリアが癇癪を起こしていたはずだ。
だが、何も起こらない。誰も怒らない。
それを確認し、俺は小さく拳を握る。
思っていた通りだ。これで、仕掛けられる。
とある企みを胸に、俺たちは次々と運ばれてくる料理を堪能した。
といっても、緊張と妙な高揚感で折角の料理を味わうことは出来なかったが。
食事が終わり、口直しのコーヒーが運ばれてくる。
大きな問題も起こらずに食事は済んだ。
だが、何の解決もしていない。
だから俺は、この状況をぶち壊す決定的な一言を口にする。
「単刀直入に申し上げます」
淀みなく、はっきりと、簡潔に、明瞭に、一切の迷いなく。
「ツヅリさんを、僕にください」




