最高のギフト -1-
さらに一週間が過ぎた。
「ツヅリ、心の整理はついたか?」
「は、はい」
いつもよりも心持ちオシャレをして、ツヅリが緊張に顔を強張らせている。
本日、これから、俺たちはツヅリの両親と会食をする。
俺は当然初めての面会で、ツヅリにとっては久しぶりの再会だ。
ツヅリも相当緊張しているようだが……こっちは心臓が口から出そうな心境だ。
この国の宰相、そして外務大臣という地位にいる二人であり、元の世界では「神」と呼ばれていた之人神であり……
惚れた女の両親だ。
どれに緊張しているのか、自分でも分からなくなっている。
だが、ツヅリが緊張している以上、俺が弱った顔を見せるわけにはいかない。
腹を決めて、俺から言い出したことだ。
俺がしっかりしなければ。
「エスカラーチェからもらったぬいぐるみは気に入ったか?」
「はい」
エスカラーチェに俺の覚悟を宣言した後、俺はエスカラーチェにある物の製作を依頼していた。
ツヅリがあまりに緊張していたので、少しでも緊張が解れるようにと、……そして、もう一つの思惑に役立ってくれそうな、よく出来たぬいぐるみを作ってもらったのだ。
それを見てツヅリは驚き、戸惑い、ぎゅっと抱きしめて、喜んでくれた。
発案者の俺と、製作者のエスカラーチェが揃って胸を撫で下ろした瞬間だった。
「こんなのいらない」と言われたら、計画がご破算になるところだったからな。
「あのですね、寝る時はいつも枕元に置いておくんですが、朝起きると必ず腕の中に潜り込んできているんですよ」
くすくすと笑って、甘えん坊なぬいぐるみたちの話をするツヅリ。
いや、それはお前がぬいぐるみに甘えてるんじゃないのか?
寝ている時に、無意識で抱きしめているのだろう。
「おイモのベーグルを美味しそうに食べていましたよ」
ぬいぐるみにまで自分の好物を与えるツヅリ。
こいつの部屋には人形やぬいぐるみはなかったからな。置物はあったが、人形遊びをするような類いのものはなかった。
意外と、いい気晴らしになったのかもしれない。
ツヅリの顔に笑みが戻ったのを確認して、俺はひとつ息をつく。
「じゃ、行くか」
「はい」
短くも力強い返事をくれる。
顔を見合わせ、二人揃って歩き出す。
さぁ、盛大にこんがらがった縁を解きに行くとしますか。
エスカラーチェが方々に手を尽くしてくれて、俺たちはツヅリの両親――この国の宰相と外務大臣二人と、揃って面会できることになった。
あいつが味方になってくれてよかった。
俺一人では、会うまでに二年~三年くらいかかったかもしれない。
ホント、「あなたなどにツヅリは渡しません」って展開にならなくてよかった。
「あ……このお店」
会食の会場が見えてくると、ツヅリが看板を見上げて呟いた。
「昔、お父様やお母様と来たことがあります」
先方から指定された店は、ツヅリも来たことがある、親子の思い出の店だったようだ。
こんな高そうな店に子供を連れてきていたのか……さすがというか、なんというか。
俺たちの前に現れたのは、「庶民お断り!」というオーラを全面に放っているかのごとく格式高そうな料亭だった。
高級な懐石を提供してくれる日本の料亭のような、威風堂々としていながらも厳かで落ち着いた佇まい。
目上の者の奢りでなければ、敷居をまたいだ瞬間に背筋が縮み上がりそうな高級感にあふれる店だ。
こんな店、一生縁がないと思っていたんだが……どこで結ばれるか分かったもんじゃないな、縁なんてもんは。
「ようこそおいでくださいました」
玄関へ近付くと、イグアナのような顔をした男が出迎えてくれた。
爬虫類の顔と太く伸びる尻尾が目立つが、着ている物は板前の白い衣装で、料理の腕は一流なのだろうなと思わせるだけの説得力のある風貌だった。
まさか、日本料理が出てくるわけではないのだろうが……
「お連れ様は、すでに奥の間でお待ちでございます」
「そうか。ありがとう」
「では、こちらへ」
低く、落ち着いた声で案内をしてくれる板前風の男。
その後ろ姿を見ていると、ツヅリがこそっと耳打ちをしてきた。
「ここは、龍族が出資した料亭なんです」
「龍族が?」
「はい。彼らバジリスク族の腕を見込んで、最高級の食事が出来る場所をということで作られたそうです。お父様にそう教えていただきました」
バジリスク族。
そうか、目の前の板前はバジリスク族なのか。
龍族が特別目にかけるほど料理の腕があるのなら、ここの食事はさぞかし美味しいのだろう。
……庶民たる俺は、ここの雰囲気のせいで味なんか分からなくなりそうだけどな。
「こちら、ヒメユリの間でございます」
バジリスク族の板前が俺たちに頭を下げ、静かに下がっていく。
いよいよ、ご対面か。
気持ちを切り替える。
いろいろな思惑はあるが、まずは離婚相談所の相談員として対面する。
ツヅリを悩ませ、家出なんて思いきった行動に出させてしまった夫婦間のこんがらがった縁を解く。
そいつがまだ強固に結びついていれば、俺の願いも叶うかもしれない。
まずはそこからだ。
ヒメユリの間の格子戸を開け、短い廊下を進み、ふすまの前で立ち止まる。
ふすまか……なら、膝を折って挨拶をするべきだろうな。
ふすまの前に膝を突いて、かかとに尻を乗せた浅い正座をすると、ツヅリが驚いたような声で囁いた。
「よくマナーをご存じでしたね。こういうお店に来られたことがあるんですか?」
「いや、故郷で似たような経験があるだけだ」
日本式にやってみたら、それが正解だったようだ。
ツヅリも、俺の後ろで同じように膝を突く。
そして、ノックはせずにゆっくりと適度な大きさの声で到着を告げる。
「お待たせをいたしました」
「うむ、入れ」
中からどっしりとした声が返ってくる。
――破壊神。
一瞬、脳裏をかすめた言葉を、頭を振ってかき消す。
俺が会うのは、夫婦仲に問題を抱えている一組の夫婦だ。
いつも通り。俺らしくやってやる。
「失礼します」
言って、ふすまを10センチほど開ける。手の位置を変えふすまを半開させ、さらにもう数センチ、体が通るくらい開ける。
畳のへりを踏まないようにしゃがんだままで入室し、ふすまの前を開けてツヅリを待つ。
ツヅリが静かにふすまを閉めて、二人揃ったところで深く頭を下げる。
「本日は、お時間をいただきありがとうございます」
「よい。頭を上げよ」
「さぁ、顔を見せてちょうだい」
野太い声と、透き通るような声が聞こえる。
許可をもらい、俺たちは頭を上げた。
室内には、真っ黒な衣服に身を包んだ大柄な男性と、萌黄色のドレスを纏った美しい女性がいた。
「元気にしていたか、ツヅリ」
「会いたかったわ、ツヅリ」
二人がツヅリに向けた笑みは、親が我が子へ向ける表情だった。
「お二人には、ご迷惑とご心配をおかけしてしまいました。謝って許していただけることではありませんが……、申し訳ありませんでした」
ツヅリが頭を下げると、大柄な男が立ち上がった。
美しい女性も立ち上がり、共にツヅリの前へと歩いてくる
邪魔にならないように、俺は横へずれて場所をあける。
「許すも何もない。こうして再び会えたのだ。我の心にあるのは、歓喜という感情のみだ」
「元気そうで安心したわ。けれど、少しやせたのではなくて? さぁ、そんな寂しそうな顔はやめて、楽しいお話をたくさん聞かせてちょうだい」
ツヅリには触れぬように、けれど心はしっかりと寄り添おうとしているのが分かる、そんな距離感で二人はツヅリを見つめる。
顔を上げたツヅリがほころぶような笑みを浮かべ、思わずといった風に涙をこぼす。
「はい」
ツヅリも、きっと会いたかったのだ。
こいつは両親を疎んではいない。むしろ尊重しているし、きっと好きなのだ。
「泣くことはないだろう」
「バカね。嬉しい時は笑うものよ」
ツヅリを気遣い優しい笑みを浮かべる両親。
何事もなく、このまま元通りの家族に戻れれば一番なのだが――両親の行動で空気が変わった。
「さぁ、ツヅリ。これで涙を拭くのだ」
「さぁ、ツヅリ。ワタクシの胸へおいでなさい」
父親がハンカチを差し出し、母親が両腕を広げた。
そして、ツヅリの表情が強張った。
あぁ、これか。
――と、思った。
あのハンカチを使えば、翌日にはあのハンカチは輸入が禁止されるのだろう。
母の胸に飛び込めば、おそらくまた政治が滞るのだろう。
ハンカチを使いながら胸に飛び込めば……もしかしたら、その両方が同時に起こるかもしれない。
ツヅリに出来るのは――
「いえ、結構です。ご迷惑をおかけしました」
――どちらも選択しない。
小さなカバンから自分のハンカチを取り出し、静かに目尻を押さえる。
家族と一緒にいても、ツヅリは一人で行動しなければいけないのだ。
これは、つらい……よな。
「ボナウスレス・リア・バートリー様、カーディリア・リア・バートリー様」
ツヅリの前で同じような笑みを浮かべる両親の名を呼ぶ。
父の名は、ボナウスレス・リア・バートリー。
母の名は、カーディリア・リア・バートリー。
ミドルネームの『リア』は、『従属する』という意味があり、バートリー家に従属する者であると示す名なのだそうだ。
もともと『家族』という概念を持ち合わせていなかった神という存在。
彼らは、一人で生まれ、一人で生きてきた。
それゆえに、家族を表す苗字、ファミリーネームを持たなかった。
彼らは、この『世界』にやって来て龍族と衝突した後、従属することで苗字を得たという。
……豊穣の女神も衝突していたらしい。似た者夫婦め。
そして、ツヅリのフルネームだが、ツヅリは直接龍族に従属しているわけではないので両親とは異なり従属を意味する『リア』ではなく、連なる者という意味の『エレナ』を使用している。
ツヅリ・エレナ・バートリー。
それが、ツヅリのフルネームだ。
バートリーというのは、この『世界』の中でもトップクラスに古い歴史を持つ由緒ある一族で、家柄、格、そして力、すべてが最上級の者たちらしい。
とんでもない家と縁が繋がっているんだな、ツヅリは。
そんなことを考えながら、ツヅリの両親、ボナウスレスとカーディリアがこちらを向くのを待つ。
ツヅリに向けていた優しげな瞳とは異なり、こちらを見る眼は冷たく無機質で、伸ばした背筋がぞくりと冷える思いだった。




