相対する同志 -3-
エスカラーチェは、ある者の呪いによって声を失った。
だから、嘘を吐けなくなる仮面をつけてここにいる。
「お前に呪いをかけたのは、お前自身だな、エスカラーチェ」
こいつは後悔したのだ。
そして、呪ってしまったのだ。自分自身を。
「ツヅリに『屋敷から逃げ出そう』と言ってしまった自分を。その言葉を、お前は呪った」
屋敷の中で孤独だったツヅリを外の世界へ連れ出したエスカラーチェ。
きっと見ていられなくなったのだろう。大勢の中にいながら孤独に押し潰されそうになっていたツヅリを。
だから連れ出した。
外の世界へ。
だが、この広い『世界』の中で、ツヅリが接触した人物は『前オーナー』と『エスカラーチェ』――結局、こいつだけだった。
新聞屋や銭湯など、店に行けば店員と会話もする。
だが、ツヅリが心を許せると思えたのは、結局のところこいつ以外にいなかったのだ。
「……お前は、ツヅリを孤独から救い出すつもりで、より一層の孤独の中へと突き落としてしまった。……なんて、そんなことを考えていたんだろ?」
俺の推測が正しいことは、エスカラーチェの沈黙が証明してくれる。
こいつは、自分こそがツヅリを苦しめているのだと思い、誰よりも苦しんでいた。
そして、ツヅリを任せられる者が現れたなら、ツヅリのことを任せて自分はツヅリの前から姿を消そうと思っていたのだ。
だが、そうはさせない。
「お前がいなくなれば、ツヅリは泣くぞ? お前が思っている以上に、ツヅリはお前のことが好きだからな」
「それは、都合のいい存在として、利便性で……」
「そんな風に、損得勘定で友だち付き合いをするようなヤツだと思ってるのか?」
「…………」
ツヅリはそこまで器用じゃない。
あいつが抱えられる感情なんてのは、『好き』か『そうじゃない』かくらいのもんだ。
「ツヅリが『秘密の友達』を思い出さなかったのは、『自分が好きになったせいでいなくなった』と思い込んでいたからかもしれないだろ?」
「それは……」
「ない。……とは、言い切れないよな?」
「…………」
俯き、黙って、そしてよく聞くセリフを口にする。
「憎らしい人ですね、あなたは。本当に」
だが、自分を責めてうじうじ悩んでいるよりも、そうやって悪態を吐いている方がお前には似合っている。
俺も、お前の悪態はそこまで嫌いじゃないからな。
「お前がいなくなるとツヅリが悲しむし、俺が困る。だから、お前はここにいろ」
「あなたを快適にするためにここにいるわけではないのですが?」
「利害関係が一致する間は協力した方が利口だろう?」
「よく回る舌ですね、まったく」
くっと笑い、そして呆れたように息を吐く。
「それで、あなたは私を何に利用しようとしてるのですか」
「ツヅリの両親に会おうと思っている」
そう告げると、エスカラーチェの表情が変わった。
纏う空気が、この辺り一帯の雰囲気が、目に見えて分かるくらいにガラッと変わった。
張り詰めて、密度を増していく空気。
耳にうるさいほどの静けさ。
そんな中で、俺をまっすぐに見つめてくる無表情の白い仮面。
「……それで?」
こちらを試すように、短い言葉を寄越してくる。
出会った当初にこんな空気になっていたら、俺は盛大に萎縮していたかもしれないが、今はもう大丈夫だ。
腹も決まったし、準備もした。
『エターナルラブ』初の営業を成功させるための、プレゼン第二弾だ。
「俺なりにツヅリの両親について調べてみたんだ」
「あなたが、ですか?」
「あぁ」
ツヅリから、両親は宰相と外務大臣であるということは聞いていた。
だから、図書館へ行って調べられる範囲で調べてきた。
この国の成り立ちや、近代史なんかを。
……そこには、破壊神であるなんて書かれてなかったけどな。
もっとも、『元』破壊神であって、現在は国のナンバー2だ。悪し様に書き記すことなんかなくて当然だろうが。
「両親共に、人気も実力も高いようだな」
調べてきた成果をエスカラーチェに差し出す。
レポート用紙三十枚に及ぶ研究結果だ。
書物だけでなく、ちょっとした聞き込みなんかもして補足した部分も多い。
大学の卒論でも十二分に通用する内容量だと自負している。
「……これを、お一人で?」
「あぁ。俺はこの街のことにまだまだ疎いから、いい機会だと思ってな」
これまで、分からないことはツヅリやエスカラーチェに聞いていた。
尋ねれば答えが返ってくる環境は実に居心地がよく楽だったのだが。
「頼ってばっかじゃダメだと思ったんだ。それに、今回のことは自分の足を使ってみたかった」
「たいしたものですね」
凄まじい速読でレポートを読み上げ、エスカラーチェが称賛をくれる。
「私でも、調べるのに十五分はかかりそうな情報量です」
「……てめぇ」
前言撤回。称賛なんか微塵もしてやがらねぇ。
俺の三週間を十五分だと? けど実際そうなんだろうな、くそ。
「ですが、熱意は伝わりました」
「そりゃどうも」
まぁ実際、調べて分かったのは外聞的な情報がほとんどで、こいつやツヅリが知っている情報に比べれば本当に薄い意味のないものばかりなのだろう。
趣味や好み、かつていた世界でどのような存在だったのかなんてことは一切分からなかった。
分かったのは、この街で彼らが行ったことのほんの一部と、その功績が高く評価されているという客観的事実のみ。
たいした武器になるような情報じゃない。
だが、最低限知っておくべきことだとは思う。
これから会う、それもこちらから頼んで会ってもらう者のことを「何も知りません」というのはあまりに礼を欠く行為だからな。
「それで、ご自身の成果を自慢するためにこちらへ?」
「いいや」
「では、不足している情報を私に集めてほしいと?」
「それは、正直そうしてもらえると助かるが、それが主題でもない」
エスカラーチェなら、「お土産に何を持っていくと喜ばれる」とか、そういう価値のある情報を持ってきてくれるだろう。
だが、それを利用するのはもうちょっと後の話だ。
「なぁ、エスカラーチェ」
ツヅリの両親に会う前に、どうしてもこいつに言っておきたいことがあった。
「俺は以前、こう言ったよな?」
アレはそう、仮装祭りの前。
ツヅリの迂闊な行動があらぬ誤解を生み、エスカラーチェが日の出前に俺の部屋へ乗り込んできた時だ。
俺はエスカラーチェに向かってこう言ったんだ。
『俺はツヅリに手を出すつもりはないし、妙な気も起こさない。だから、もし俺とツヅリの間に何かあったとしても、それはツヅリの迂闊さが招いた事故みたいなもんで、それ以上でもそれ以下でもないし、深い意味なんかそこには存在しない』
だから、勘違いはするなと、俺はこいつに言った。
「はい。確かに、そうおっしゃっていましたね」
覚えていないかとも思ったが、エスカラーチェはしっかりと記憶していたようだ。
やっぱ見張られていたんだろうな。
ツヅリの守護者として。
ツヅリの迂闊な行動にうっかりその気になって、ツヅリに言い寄りでもしようものなら即座に排除せんがために。
もし自分が排除される立場ならぞっとする話ではあるのだが、見方を変えれば印象も変わる。
それは、なんとも頼もしいことで、エスカラーチェがいてくれたことを心底よかったと思った。
ずっとツヅリを守ってくれていたこいつには、感謝と尊敬の念をこめてはっきりと言っておく。
こいつを部外者だなどとは思えない。
こいつにも、いや、こいつにこそ筋を通しておかなければいけない。
それが、誕生以来ずっとツヅリを守り続けてきてくれたエスカラーチェに対する、俺なりのケジメであり、礼儀だ。
「あの言葉――あれは撤回する」
宣言して、息を吸い込む。
迷いはない。
照れもない。
目の前にいるのは、もっとも信用できる頼もしい存在。
恥も外聞もかなぐり捨て、俺の心の中に確かに存在するたった一つの真実をこいつに告げる。
「俺は、ツヅリが好きだ」
覆しようのない真実。
俺は、生まれて初めて芽生えたこの感情を、生涯大切に守り抜くと決めた。
そして今、こいつに――ツヅリの守護者たるツヅリの親友に誓う。
「俺が、ツヅリを一生かけて守り抜くと誓う。他の誰でもない、お前に誓う」
何があろうと、もう逃げ出さない。投げ出さない。
一生をかけて守り抜く。そう決めた。
だが、ツヅリが必要としているのは俺一人ではないので、ちょっと言葉を追加しておく。
「だから、今後も何かあったら俺を助けてくれよ。同志」
「…………」
じっと黙って俺を見ていたエスカラーチェが、小さく笑った。
「……ふふっ」
顔を背けてしばし笑い、そして、再び無表情な仮面をこちらへ向ける。
「ツヅリにフラれなければ――ですけどね」
……まぁ、その可能性がゼロではないんだが。今、それを言うか?
「フラれたら慰めてあげましょう」
「あぁ、盛大に八つ当たりしてやるよ」
何がおかしいのか、細かく肩を上下に揺らすエスカラーチェ。
この笑い上戸が。無表情の仮面がにっこり微笑んでいるように見えてるぞ、今。
「仕方ありませんね」
ひとしきり笑った後で、エスカラーチェは「はぁ……」と大きく息を吐き、そして胸一杯に息を吸い込む。
すっと背筋を伸ばして、美しい姿勢で手が差し伸べられる。
「頼りないあなたのサポート役、買って出て差し上げましょう」
毎日畑仕事をしているとは思えないような白くしなやかな指先が揃えられこちらへ差し出されている。
陶器のような白いその手を握り、これでもかと力一杯に握る。
「よろしくな」
「えぇ、よろしくお願いします。同志」
世界最強の助っ人を得て、俺は最大の敵に挑む覚悟を決める。
好きな女の子の両親に会う。
それが、俺史上最難関のミッションとなることは間違いなかった。




