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縁、解く。異世界離婚相談所~現世で999組を成婚させた末、異種族夫婦の離婚問題に取り組みます~  作者: 宮地拓海
五章

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相対する同志 -2-

 階段を上りきると、そこでエスカラーチェが待っていた。

 俺が来ることが分かっていたように。

 まぁ、分かってたんだろうよ。


「待たせたか?」

「いえ、今来たところです」

「デートか」

「私を捕まえてみますか?」

「この屋上庭園でそんなことしたら、どんな植物に襲われるか分かったもんじゃねぇよ」

「そうですか、残念ですね」


 無表情な白い仮面がくすりと笑う。

 赤い縁取りが妖艶に揺らめき、むせ返るような色香を纏う。


 あぁ、そうか。

 お前も緊張してるんだな。


 けど、悪いな。

 俺、もう決めたから。


「エスカラーチェ」

「……なんでしょう?」


 俺は、踏み込む。

 ツヅリの過去に。

 ツヅリと、お前の過去に。




「お前は、ツヅリが生み出した概念。そうだな?」




 ツヅリの話に出てきた『秘密のお友達』。それが、こいつだ。


「ご明察です」


 嬉しそうな声で言って、恭しく貴族令嬢のような礼を見せる。

 スカートの裾を摘まんで柔らかく膝を曲げる。

 そんな貴族然とした仕草も様になるのは、貴族たるツヅリの影響だろう。


「いちいち答え合わせをする必要はないのかもしれんが、まぁ、こっちの気持ちを整理するためだ。語らせてくれ」

「どうぞ。幼い頃より、聞くのは得意ですので」


 これから語るのは俺の憶測でしかない。

 まったくの勘だ。

 証拠もなければ調べたわけでもない。確証を持っているわけでもないし、まるで見当違いかもしれない。

 けれど、俺は妙な確信を持ってこの憶測が正しいのだろうと思っている。


「両親や友達、召使いたちとも親しく出来なくなったツヅリは独りぼっちになり、その寂しさを紛らわせるために『秘密の友達』を生み出した」


 独りぼっちが耐えられなくなった時、ツヅリは心の底から願ったのだろう。

 自分のそばにいてくれる『誰か』を。

 どんなことがあっても、ずっとそばにいてくれる、決していなくならない『誰か』を。


「お前は言ったな? 俺のよく知る者の中にも人間化した概念はいると」


 あの時は冗談で煙に巻かれたが、あれは嘘でも冗談でもなかった。


「お前だったんだな」

「はい。ですが、もう随分前からお気付きだったのでは?」

「随分ってほどじゃないさ」


 確信を持ったのはツヅリが風邪で倒れた時。

 ……いや、それよりも少し前か。

 あの時、エスカラーチェなら呼べば来てくれると確信していた。

 普通の人間には到底できない芸当でも、エスカラーチェなら――ツヅリのために存在するこいつならなんだって出来ると思ったんだ。


「この世界で誕生したお前は、すべての記憶を明確に持ってる。だから、自分が人間化した概念であることを正確に把握していた」

「そうです。私は大家さん――ツヅリに望まれてこの『世界』に誕生したツヅリの友達。ツヅリの望みを叶えてあげるのが、私の存在意義でした」


 寂しい時はそばにいて、嬉しい時は一緒に喜び、悲しい時は慰めてくれる。

 エスカラーチェは、ツヅリにとってそんな存在であり続けた。


「その影響なのでしょうね、私の手先が器用で、運動神経がよく、博識で、情報収集能力に秀でているのは」


 好きなものは消えてしまうという恐怖観念から趣味を持てなかったツヅリは決して器用ではなかった。

 シロツメクサで花の冠を作れるような器用さに、ツヅリは憧れたのかもしれない。そんな物を作ってやれば確実に喜んでくれるだろうしな。


 鈍くさいツヅリは運動神経のいい女性に憧れただろうし、狭い部屋に閉じこもっていたツヅリはなんでも知っている友達を好んだだろう。

 そして、世間も世界も何も知らないツヅリは、どんなことでも調べて教えてくれる存在を渇望した。

 エスカラーチェの情報収集能力の高さは、ツヅリが抱く『世界を知りたい』という欲求の大きさを物語っているのかもしれない。


「大人っぽい女性にも憧れていたのかもしれませんね」


 そう言って、エスカラーチェは自身の体を見下ろす。

 美しく『しな』を作り、すらりと長い手足を妖艶に曲げる。


「……まぁ、胸には一切の憧れを抱かなかったようですが」


 そして、すとーんとなだらかな胸を押さえて舌打ちを鳴らした。


 ……まぁ、本人がアレだからな。そこに憧れは抱かないだろうさ。

 そうか、だからエスカラーチェはツヅリが持っていないものをすべて持っていて、ツヅリが持っているものは持っていないのか。

 こいつらは、二人で足りない部分を補い合っていたのだ。



 だが、自分の望みで生み出した者と補完し合うっていうのは、……ちょっと寂しいかも、しれない。



 結局は一人遊びの延長線。

 そんなことをこいつも思っていたのかもしれない。

 エスカラーチェがこんなことを口にした。


「ツヅリは、『秘密の友達』のことをほとんど覚えていません。それはおそらく、私があまりにツヅリにとって都合が良過ぎる存在だったからだと思われます」


 すべての事象が自分に都合が良過ぎると、それは途端に嘘くさくなる。

 自分で考え、自分で作り上げた世界なら、自分にとって都合がいいことだらけになるのだろう。

 だが、人間とはそれで満足できるほど単純には出来ていない。

 適度に思い通りにいかないことがあるからこそ、うまくいった時に達成感を味わえるのだ。


 だから、ツヅリは『秘密の友達』のことを忘れてしまっていた――と、こいつは言う。


「屋敷を出て、私は一度ツヅリの前から姿を消しました。そして、老婆に姿を変え、外の世界でツヅリを迎え入れたのです」

「この建物の前オーナーもお前だったのか」

「えぇ。本当の前オーナーは気難しい初老の男性でした」


 その爺さんからこのビルを買い、ツヅリの到着を待ち、そして迎え入れた。

 どうしてそんなまどろっこしいことをしたのかと言えば……


「ツヅリには、新しい出会いが必要だと感じたから、だな?」

「えぇ。『秘密の友達』は、ツヅリの遊び友達であって保護者ではありませんでしたから」


 屋敷を抜け出したツヅリには、きっと大人の庇護が必要だったのだろう。

「大丈夫。お前は間違っていない」と言ってくれる、そう思わせてくれる大人の存在が。

 子供同士では、そんな安心感は得られない。一緒にいようが、不安は拭いきれない。


「ただ、ツヅリが『前オーナー』に依存することは好ましくありませんでした。だから――」

「前オーナーを退場させ、『エスカラーチェ』が姿を現した」


 エスカラーチェが静かに首肯する。


 誰よりそばにいながら、一定以上の距離を保つ。

 決して馴れ合わず、けれど絶対に見捨てない。ツヅリが困った時にさりげなく現れて悩みを取り除いてくれる頼れる存在。


 何度も姿を変え、こいつは『エスカラーチェ』にたどり着いた。

 今のエスカラーチェこそが、エスカラーチェがもっともベストだと思ったポジションなのだろう。


 最初に少し違和感を覚えたのだ。

 ツヅリの、エスカラーチェに対する無関心さに。


 ツヅリの性格なら、同じ建物に住んでいる者とはもっと積極的に接してもおかしくない。いや、そうでなければおかしいとすら言える。

 だが、当初ツヅリは必要がある時にしかエスカラーチェを頼らなかった。

 エスカラーチェがそうなるように仕向けていたのだろう。「頼ってもいいが、依存はするな」という絶妙の距離感で。

 でなきゃ、ツヅリのことだ、毎日昼食に誘ったり、休みの日に買い物に出かけたりしていたに違いない。

 俺にはそうしていたのだから。


「けれど、あなたが現れてからツヅリは変わった。腹立たしいくらいに」


 腰に手を当て、分かりやすく「不満です」というジェスチャーをしてみせるエスカラーチェ。

 お前、そんな可愛らしい性格だったか?


「それで、ことあるごとに俺にちょっかいをかけてきてたのか」

「えぇ、それもあります」

「それ以外には、何があるんだよ」

「あなたといるのが楽しかったからですよ」


 ぽろっとそんなことを言って、慌てて仮面の口を押さえる。

 無表情な仮面の眉間にシワが寄ったように錯覚しそうなほど、不穏な空気を背負ってこちらを睨んでくるエスカラーチェだが、今のはお前の自爆だろうが、どう考えても。


「こほん」と、咳払いをして、何事もなかったかのように会話を再開するエスカラーチェ。

 俺も無粋に突っ込むようなことはせず、話の続きに耳を貸す。


「あなたは正体不明で怪しく、油断ならない相手でしたので最大級の警戒をしていました。それはもちろん、今もなお継続中です。あなたは時折、卑猥な本性を垣間見せていますからね」

「誰がだ」

「おや、無自覚でしたか? それはお気の毒に」


 言って、飄々とした仕草を見せる。

 このヤロウ、どこまで減らず口を。

 こちらの眉間にシワが寄った頃、エスカラーチェが纏う空気が雰囲気を変えた。

 見える景色が変わったと錯覚するほどがらりと。


「最初は警戒していたのですが……あなたはツヅリの味方でした。こちらの想像をはるかに上回る働きぶりで、ツヅリの笑顔を取り戻してくれました」


 エスカラーチェに褒められて、思わず目を丸くしてしまった。

 俺の驚き顔を見て、くすりと笑うエスカラーチェ。

 無表情の仮面が、どこか寂しそうに見えた。


「あなたがいてくれるなら……」


 エスカラーチェはそっと胸を押さえ、俯き加減で呟く。


「この魂は、もうツヅリに返してもいい頃合いかもしれませんね」


 ツヅリが生み出した『秘密の友達』という概念。

 ツヅリのために生き、ツヅリのそばに寄り添い、どんな望みも叶えてきたエスカラーチェ。


 そんなエスカラーチェがいなくなれば――


「ツヅリが悲しむわ、アホめ」


 仮面のおデコを思いっきりデコピンしてやった。

「ッカーン!」っと、甲高い音が鳴り響く。


「あっ、あなたはっ!? 高いんですよ、この仮面!?」


 叩かれたデコを押さえ、すごい剣幕で怒鳴るエスカラーチェ。

 そのくらい騒がしい方がお前らしい。


「お前はここにいろ。いや、いなきゃダメだ。ツヅリのことを思うなら、なおのことな」


 不服そうにこちらを睨むエスカラーチェ。

 その目を覗き込んで、俺は、もう一人呪縛に苦しんでいる知人を救ってやることにする。


「お前は、何も悪くないんだよ、エスカラーチェ」




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