消滅する宇宙 後編
消滅する宇宙 後編
やがて学園祭の季節がやってきた。カオル達のクラスは〝今年も〟美人喫茶と闇鍋喫茶開催に決って、担任は肩を落としていた。もちろん美人喫茶担当は男子である。「お前ら~問題だけは起こすなよ~」担任の言葉には力が無い。
***
文化祭当日、「俺は客になりたかったぜ」そう嘆いている涼太に、メイド姿の男子生徒が言った。「闇鍋のかよ?」
「バーカ、あっちは暗闇で女子と親睦が深められるだろ?」すると「こっちだってカオル居るぞ?」と突っ込みが入る。セーラー服姿の涼太が不貞腐れて「奴はチートなの! 第一、俺ノンケだし!」と言った。「美人喫茶で喜ぶのは何も知らない一般客か怖いもの見たさの腐女子くらいのもんだろっ」と、イスに足を投げ出して、まだ嘆いている。涼太は諦めが悪いようだ。
カオルたちのクラスは、教室を厚いカーテンで二つに仕切り、薄暗い部屋では男子生徒が女装して客の相手をする美人喫茶と、暗い部屋では女子生徒たちが接待する闇鍋喫茶の二本立てが定番だった。担任から元気がなくなるのもお察しである。毎回、客と生徒の間でトラブルが頻発する厄介な企画なのだから。
「そんな態度じゃ、お客さんが逃げちゃうよ、頑張って、給仕さんたち!」ぶう垂れている男子達に、ロリータ服姿のカオルが檄を飛ばした。日頃からカオルには慣れているクラスメイトたちは勿論、喜んだりはしない。ところが――「ん? この声はアニマ……さん?」涼太だけはすぐに異変を感知していた。流石、カオルとは幼稚園時代からの幼なじみである。
「あら、早速ばれたちゃった?」カオル(偽)はクスクスと笑った。
「俺、こっちで良かったわ!」急に笑顔になった涼太は、お行儀よく座りなおした。
やがて客が訪れはじめた。客は入り口で飲み物と軽食代金を支払い、二つの店を自由に移動できるようになる。美人喫茶の客は美人二人の間に座るシステムになっていて、両手に華……を満喫できる。
涼太とカオル(偽)のテーブルに、スケベそう~な一般参加者のオヤジが座った。毎年学園祭に訪れている常連客のようだ。今年の売りカオル(偽)のテーブルに座った客はラッキーだった。薄暗闇の中でもオヤジの鼻の下が像のように伸びるのがわかる。
ペラペラと喋りが止まらない涼太が場を盛り上げようと孤軍奮闘している隣では、カオル(偽)が黙々とドリンクを勧めたり、たこ焼きを「あーん」してイイ雰囲気になってゆく。すると、カオル(偽)の衣装のヒダヒダにいやらしい手がサワサワと伸びて、潜り込んで――捻り上げられた。
「お客様、当店は健全サービスのお店ですのよ、ごめんあそばせ。お~っほほほほっ!」と甲高い女王様の鬨の声が教室の暗闇に響き渡った。
「イテテテテテッ!」と痴漢、もといお客様は、逃亡を図った。脱兎の如くに駆け出すとウナギのようにぬるぬると逃げてゆく。遂に、出口に到達したうなぎのお客様に、涼太の必殺顔面アタックが炸裂した。
闇鍋喫茶、こちらは出された物や座った相手の顔が一切わからぬように、厚いカーテンで四方を締め切り、照明は一切ない。キャストの持つLEDライトだけが暗闇で光を放っている。
訪れる客には、女子目当ても居るにはいるが、〝ハズレ〟を警戒して物好きな客しか訪れないので、閑散としていた。もちろん〝アタリ〟はアニマと波多野の二人なのだが、二人に当たる確率は一割しかない。
隣りの男子のブースから『うぁぁ』とか『ケケケ』とか悲鳴のような、奇声のような声が聴こえてくる。
アニマと入れ替わったカオルは今、波多野の隣に座っていた。廊下の一件以来、波多野はアニマに目を合わせられなくなっていた。気恥ずかしさもあったし、同性を意識して熱くなった自分の気持ちが信じられなかったからだ。
やがて客が訪れて二人の間に座ると、なにやら急に波多野がモゾモゾと落ち着かなくなった。波多野の目がカオルに助けを求めている。
「お客様!当店は健全なサービスのお店death!」カオルのみぞおちへのピンポイント攻撃で、スケベオヤジは美人喫茶に続き闇鍋喫茶も摘み出されたのだった。
痴漢から助けてもらったお礼を言う波多野に、カオルは「この前はごめんね」そう小声で謝った。
「代りに謝っといてよ」とアニマに頼まれていたからだ。
「あたしこそごめん、変な意味じゃなくてその、突然で驚いただけだから。あたしノンケだから、男の子の方が好きだし」下を向き目が合わせられない波多野の頬がほんのりピンク色に染まってゆく。
「だよね、ねぇ好きな人居るの?」カオルは何時もと違い、緊張せずに波多野と自然に話せていると感じていた。
「カオル君にもっと自信があって、フランクだったらいいかなとは思うよ。そしたらカオル君格好いいから、あたしなんて振られちゃうだろうけどね、ハハッ」と、波多野は屈託のない笑顔をカオルに見せてくれた。カオルは波多野の本心に触れられて、今まで以上に彼女が好きになっていた。
「そんな事無いよ、自信を持って。波多野さん凄くかわいいから……」
「ありがとう……」
***
学園祭が終わり、後片付け後の帰り道、アニマがカオルに「闇鍋どうだった? 楽しかった?」と尋ねた。
「うん。おかげさまで楽しかった、そっちは?」
「こっちも、涼太君が少しウザかったけどね!」と微笑んだ。
夕闇の夜空に浮かぶはハーフムーン、半身を失えど彷徨う事も許されぬさだめ。満ちる日を待ちわびながら、今夜も夜空に浮かぶ。
アニマも周りの人々に打ち解けてきていた。そんなある日、異世界の通信機がカタカタと鳴った。予期せぬ通信にアニマはしばらく小声で話す。「これからですか?! 」「事態は切迫している、急げ!」「は、はい、わかりました大佐……」
戦争である。
ある時、アニマの世界で月の半分が消えた。それは明らかに他の平行宇宙に向けて巨大な物質を送り込む実験としか解釈できない。どの国が科学を悪用しているのか、アニマが生まれた世界の緊張は最高潮にまで達していた。月を送り込まれた宇宙は壊滅的被害を被ったと推測されている。地球へのダメージは計り知れないだろう。次に異変が起きた時、もしかするとカオル達の宇宙が消滅するのかもしれない。
その日の夜、昼間の疲れに深い眠りに落ちていたカオルは何者かの気配を部屋に感じ目を覚ました。
「誰!? 」常夜灯の薄明かりに目を凝らすと、それはアニマだった。
「来て」そういうアニマのもとへ、寝ぼけ眼を擦りながらカオルは近付いた。アニマは掛けていたていた布をその場に脱ぎ捨てると、肌に何も身に付けていないアニマのからだがあらわになり、カオルは一瞬で硬直していた。
「カオルまだ童貞だよね? いいんだよ、あたしなら」と、カオルの手を自らのからだへと導いてゆく。
「急にどうしちゃったんだよ?! 」カオルは訳がわからず、アニマのからだから逃れようともがいた。
そんなカオルを逃すまいと、アニマは強くカオルを抱きしめ接吻する。
「何するんだよ!? 気持ち悪い! 近寄るな!」カオルに突き飛ばされたアニマの手から〝あの銃が〟こぼれ落ちた。
裸のまま床に横たわるアニマが言う。「そうだよね、カオルと違って、薄汚いあたしなんて嫌われても仕方ないよね」
「アニマ! 急にどうしちゃったの? 僕にもわかるようにちゃんと説明してよ!」アニマを見下ろし、必死に説明を求めるカオルにアニマは話しはじめた。
「大佐に命令されたの。家族全員を抹殺しろって。もうすぐ、異世界から侵略がはじまるの。あたしはこの世界を侵略する為に送り込まれたスパイなんだから、皆を騙して油断させて、重要な情報を送って、皆を殺す計画を進める為のスパイなんだから。あたしが殺さなくても、もうすぐあたしの世界から奇襲部隊がこの世界へとやってきて、皆殺しにされるんだよ。だから、カオルとお父さんお母さんだけはあたしの手で殺してあげたかった。死んだことさえわからないように殺してあげたかった、死を迎える恐怖を感じないように」
「お父さん! お母さん!」両親の安否を案じるカオルに「殺せるわけ無いじゃない!!! あたしにとっても大切な、大切なお父さんお母さんなんだから! やさしいお父さんお母さんを殺すなんて、身代わりになれるものならあたしが死ねばいい! あたしなんて死んでしまえばよかったんだ!」泣き崩れるアニマの涙の声が訴えた。
部屋にアニマの嗚咽だけが漂う。その時、異世界の通信機がカタカタと鳴った。涙声で応えたアニマに、大佐の声が語りかけた。「やったか?」アニマが涙声で答える。「申し訳ありません。大佐、あたしにどうしてもできません」それを聞いた大佐が言った。「そうか、良い人達に囲まれたのだな」
「ばい゛!」アニマの返事は既に、言葉にさえなっていない。
大佐はアニマに、確実に伝わるように、確かめるように、ゆっくりと話しはじめた「カオル、よく聞くのだ、我々の世界では既に全ての最終兵器が作動しはじめている。例え、幾ばくかの時間的猶予があったとしても、助けられる人々の数はほんの一握りだろう」それを聞きアニマが叫んだ。「ならば大佐とご家族だけでも!」暫く時を置き大佐の落ち着いた声色が無線機から聞こえる。「手遅れだ。もういい、我々は我々の世界で最後の時を迎える」アニマの声が絶叫へと変わった。「大佐!!! 」
「カオル、今まで無理をさせてすまなかった、どうかお願いだ、君だけは生きてほしい」
「大佐!!! お願いです! あたしを見捨てないでください! あたし大佐の為なら何でもします、だから、だから大佐も生きてください!」通信機からは既に、ノイズだけが虚しく流れるだけだった。
***
「いくよ!」
「うん!」
朝焼けの静寂に学生達の元気な声が響いている。
「いってらっしゃい!」
この広い宇宙にひとつしかない僕らの星。今日もここで、僕たちは生きてゆく。
ハーフムーン 逆転世界 〈了〉
© 2017 宮崎亀雄




