アニマ
アニマ
「それってSFのインベーダーだよね? じゃあさ、君は僕を抹殺して入れ替わるつもりだったってこと? あの時、僕を本気で殺す気だったの?」息を呑むカオルにアニマは「本気よ。あたし、大佐の命令だったら、〝自分〟を殺す事だって出来るのよ」アニマの真っ直ぐで、真剣な眼差しが決意を物語っている。「もしかして、子供の父親って――」カオルの言葉に一瞬複雑な表情を見せたアニマに〝自分〟だからこそ察する事が出来るアニマの気持ちをカオルは感た気がした。
「馬鹿ね。大佐はあたしの直属の上官なんだから。そんな事ある訳ないじゃない」そして「安心して、もう貴方を襲ったりしない」そう言い、自分の世界と交信できる〝あの無線機〟で本部へと報告をはじめた。
「大佐わたしです。作戦に重大な問題を確認しました。人体への影響が強過ぎる為、高度な訓練を受けた者でも作戦遂行には支障をきたす可能性があります」アニマが報告すると「そうか、残念だ。こちらも問題を抱えている。対応を決定次第、追って連絡する」大佐はそれだけ告げると通信を一方的に切った。
ベッドの上で力なくうなだれるアニマの目にうっすらと涙が光っていた。
「もうあなたを殺す理由は無くなったから、もうほっといて頂戴」そういうとアニマはカオルに背を向け。「独りにして」と、言った。
夜が明けるとカオルの両親が病院を訪れて、病院のロビーでカオルから簡単な説明を受けた。勿論、並行宇宙の話は伏せて、自分にそっくりな女の子を保護したとだけ告げた。
病棟へと上がるエレベーターの中で、カオルはアニマが今後どうなるかを考えていた。一度は自分を殺そうとした女だったが、自分へと向けられたあの時の銃口の小刻みな揺れは、病気の所為だけではないのではないか、そう思えて仕方が無いからだった。そして別世界の人間とは言え、自分と同じ人間を、命令されたからといって簡単に撃てるものだろうか、とも思った。
エレベーターが停まり、ナースステーション前を通って病室のスライドドアを開けると、アニマはベッドに寝ていなかった。視線をベランダへと向けると、部屋の前の手摺を乗り越え、建物から飛び降りようとしている白い病衣を着たアニマの姿が見えた。
「止めろ! ここ、五階だぞ! 落ちたら死んじゃうんだぞ」カオルの声に、一度振り返ったアニマは薄っすらと無表情な顔に微笑を浮かべ。そのまま一気に宙に舞った。
駆け寄り、咄嗟にアニマの腕を掴んだカオルだったが、アニマもろとも、ベランダの柵から引きずられ、耐えきれず落下したその時、カオルの両親が必死に二人の体を繋ぎとめていた。やがて、騒ぎを聞き付けた看護師たちと共に二人は引きあげられた。
一度落下して、眼下の地上を目の当たりにしたアニマは、目を見開き必死の形相になっている。そんな放心状態のアニマをカオルの母親は強く抱きしめ涙を流した。母親は「お願いだから逝かないで!」と哀願する。母親の涙を目のあたりにしてアニマもまた「お母さん」と、小さく呟くと母親を抱きしめ返し涙を流した。
実は、カオルは二卵性の双生児だったと両親は語った。もうひとりのカオルは運悪く生きながらえる事はできなかったが、カオルの女らしさに両親は、命を続けられなかった妹の面影を感じていた。だから男女どちらにでも呼びかけられるカオルという名前つけた、生きられなかったカオルの半身への思いが込められた名前だった。
しばらく二人と話し込んだ両親は家路についた。この世界でひとりぼっちのアニマを、両親はまるで昔からの自分の娘であるかのように優しい眼差しで愛でていた。病院には、遠方の親戚に養女に出していたカオルの妹と説明して、すべて丸く収めてくれた。両親にとって、アニマは幼くして失った本当の娘の生まれかわりに感じるのだろう。
二人きりになるとカオルはアニマに「何故あんな事をしたの?」と訊ねた。
「同じ時空間に同一人物が二人居てはいけないからね。あたしたちは双子と違って、まったく同じ人物だから、因果律によってどちらかまたは両方が死ぬことになる筈よ。ドッペルゲンガーのようにね」と説明した。
「だからって自分と同じ人間を抹殺しようなんて間違ってるよ」というカオルにアニマは、「あたしは病気でさえなかったら、躊躇なくあなたを殺せたのよ」そう言い返したが本心でないことはカオルには痛いほどわかっている。神社でのアニマの苦悶の表情は、確かに嘘には思えなかったのだ。
自分の世界からたった一人で見知らぬ世界へ送り込まれて、戻る事は叶わない。愛する人との別れと、生まれ来る命の両方を失ってしまった。それがアニマの心を絶望へと追いやったに違いない。カオルはそう思った。
今回の自殺騒ぎでアニマの行動はカオルが常時見守る事とになり、トイレと清拭くらいしか目を離さないことになった。兄妹という事で、看護師たちがそれ程気を使わなかったからか、アニマの着替えなどに出くわすこともあった。一応年頃であるカオルは、頬を紅く染めるので看護師に「可愛い~」などとからかわれたりした。
神社で拾った銃は壊れてしまったのか、もう作動しない様に思えた。アニマに見せると「バッテリーを交換すればまた使えるよ」というので、玩具の様なフタを開けてバッテリーを取り出してみたが、カオルにはどうしても単三乾電池にしかみえなかった。
「じゃあさ、乾電池入れればまた使える様になるって訳?」そうアニマに尋ねると「馬鹿ね、アルカリ乾電池入れたってライトしか点かないよ」と笑われてしまった。
「あたしの世界のコンビニに、反物質乾電池が売ってるから、入れ替えれば?」とケタケタ笑った。
カオルには、アニマはまるで箸が転んでも可笑しな年頃の、普通の女の子にしかみえない。
「へー軍事国家にもコンビニってあるんだ!? 」とカオル不思議そうに言うと、アニマは、また笑った。
「じゃあさぁ、カオル時空間越えてコンビニで買ってきてよ!」もう、笑いが止まらない様子だ。自分でも自分を笑わせて「そうそう! 黒猫に宅配頼も!」と、大爆笑している。
「ハハハッ!も、もうお腹痛い」
「そんなに笑って大丈夫なの? 」
「大丈夫なの? だってハハハハッ」
もう、心配してるのに! そうはいってもアニマの笑顔を見るのはカオルもまんざら悪い気はしていなかった。
「ねぇ、向こうで付き合ってる人とか居るの?」との、問いにはアニマは一瞬カオルの目を見てから視線を外した。
気まずい雰囲気に、「ごめん。何時もの癖でつい」と、条件反射で謝るカオルに「いいよ、カオルって何もかもあたしとは逆だよね」などと言う。
「あたしはね、初等士官学校のエリートだったからさ、モテすぎて振るのに疲れたよ」そして、また押し殺すようにクスクスと笑う。
「大佐はさ、ずっとあたしの憧れだったんだ……。大戦終結後、多くの資本主国家は衰退して、換わりに共産主義に対抗する為に世界中で社会民主主義が台頭したの。自由民主主義は社会をリードする人材が肝だからね。数少ない本当に優秀な人達を指導者にする為に社会主義を目指した。こっちの世界で自由民主主義が勢力を伸ばすと、向こうでは因果律で社会民主主義が栄えたって訳よ。カオル君には、わっかるかな?」
「僕、あまり近代史得意じゃないからなぁ……」そう言って頬を掻く。
「ふふっ、馬鹿ね。教科書になんか載ってないよ。じゃあ、あっちの世界史の続き」
アニマはベッドのヘッドボードに枕を立て、背もたれにして胡坐をかいた。
「向こうの世界でもやっぱり共産主義は失敗して、世界の力関係は再編されることになっちゃった。そうなるとね、国家間の防衛が重要になってくるから、軍国主義化が進んだって訳よ。国民には兵役の義務があって、才能のある人は軍人か産業人の英才教育を受けるの。カオルの世界では集団的自衛権で自由主義経済圏が繁栄して、経済的に共産主義を倒したでしょ。ミサイルじゃなくて経済だった。あたしの世界では逆に、個別的自衛権だから軍事技術を発達させていったのよ。大佐はね、その中でもエリート中のエリートなんだよ、あたしを情報部に引き上げてくれたのも大佐なんだ……」
アニマは急にしおらしくなり、声のトーンも低くなっていた。
アニマは気を取り直し、一度鼻からフッと息を吐いて、胸を張り腕を組んだ。「ではカオル君、ここまでで何か質問がありますか?」
カオルはずっと気になっていた事を質問してみようと思った。「大佐ってさ、独身なの?」
「勿論、妻帯者よ」「へぇ、でも、その……好きなんだよね?」アニマは少し首を傾げ唇をへの字にする。
「そうだね、作戦で離れ離れにはなったけど、でも、あたしは構わなかったよ。大佐の御役に立てて、国家の為にこの身を捧げられるのだもの」
そこへ看護師が検温に訪れて「なぁに? 難しそうな話ししてるねぇ」と言うと、「現代社会の話です。学校の」そう答えたアニマに体温計を渡すと「勉強を頑張りすぎて、知恵熱を出ないといいわね」と微笑んだ。
アニマは笑顔で「カオルには難しすぎて頭が沸騰するかもしれないけどね?」と冗談を言いって、カオルに見えるようにワザと病衣の胸元を肌蹴て体温計を脇の下に挟んだ。
アニマの、小振りだが張りのある乳房を目の当たりにしたカオルは、思わず顔が上気してしまい、慌てて顔を手で覆い隠す仕草をした。
「ふふふっ、これじゃあお兄さんの血圧がMAXだわ! 気分が悪くなったらナースコールで呼んでちょうだいね!」そう笑いながら、看護師は病室を出て行った。
「カオルは本当にウブなんだから」クスクスと笑いながらはしゃぐアニマは今、幸せそうな普通の少女に見える。「みんなで僕をからかって! ひどいよ!」少し拗ねた顔をして顔を背けたカオルに、アニマは穏やかに「自由っていいよね」と言った。




