侵入者 後編
侵入者 後編
「うん、僕は大丈夫」
カオルは救急病院から自宅の両親に今病院にいる事を説明して病室に戻ると、看護師が書類の束を渡して「先生が説明にみえられますから」と、告げた。
医者はカオルの顔を見ると少し怪訝そうな表情を見せたが、「ご兄妹ですか? 容態は安定していますが大量の出血で輸血をしました」と説明した。「それと、お腹のお子さんは残念ながら死亡しており死産で処理しますから」とも付け加え、唖然としているカオルから目を逸らすと詰め所へと戻っていった。
女の名前さえ知らないカオルだったが、仕方なく、その晩は家族として自分を殺そうとした女の病室で付き添う事となった。
カオルがなんと言ったとしても、顔がそっくりな二人が見ず知らずの他人など言っても、誰にも通用しないだろう。とりあえず書類には名前をアニマと書いた。アニマとは心理学用語で、男性の内的女性象だという。カオルにとっては、女版のカオルだからという単純な理由でしかなかったのだが、やがて目を覚ました女が予想通り、自らをカオルと名乗ったのでカオルは彼女をアニマと呼ぶ事にした。
「君は何者なの? 何故、僕を殺そうとするの?」その問いに頑として口を開かなかった女だったが
「大佐って誰? 君の恋人かい?」との問いに対してだけ「違うわ、あたしの直属の上官よ」とだけ答えた。
「じゃあ、お腹の子の父親は?」と訊くと顔を背けていたが、子供は死んだと告げると、ベッドに顔を伏せて泣きはじめた。シーツを掴む手は震えていた。
暫くして少し落ち着きを取り戻した彼女が話しを始めた。
「いいわアニマで。名前はあなたにあげる。だってこっちの世界はあなたのものなんだし……」
信じられない話だが、アニマは平行世界の住人なのだという。そんな話、SFか漫画の世界の話だ。真面目に話せば精神を疑われるに決まっている。しかし現に目の前に居る自分そっくりな〝自分〟が居る。名前も血液型も同じ、同じ顔をした見ず知らずの自分が。
アニマが言うには、一部に相違点はあるが、因果律で同じ世界は繋がりお互いに影響を及ぼしながら時間軸を共有しいるのだという。カオルの世界との大きな相違点は、世界が民主主義ではなく未だ帝国主義である事だ。第二次世界大戦で民主国家は敗れた。日本は戦争に勝利し、多大な犠牲を払いながらも連合国との和平にこぎつけたのだ。カミカゼ攻撃も行われ、原爆も投下されたが僅かな因果律の揺らぎが二つの世界を大きく変えてまったのだという。
小さな揺らぎは本来、寄せては返す波の様に因果律の和で調整され修正される。しかし、アニマの世界は強権的な科学の推進によって脅威の科学技術を手に入れた。進歩し過ぎた科学は、修正不可能な程の歪んだストレスとなって二つの世界に蓄積されているらしい。皮肉にも同調を促し修正へと向ける因果律が、歪みのエネルギーを増大させる増幅器の役目を担ってしまったのだという。そしてアニマ達エリートが所属する平行世界の日本の諜報機関は時空を越える事で歪みの影響を回避しようとした。それがカオル達の世界への侵入の目的だった。歪みがあるなら、どちらかを消してしまえばいい。




