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覇道ヶ九歩

今の流行はストレスフリー展開だからシリアス回は受けない?

何を馬鹿な事を。筋肉に負荷をかけなければ筋トレにならないじゃないですか(錯乱)

 休日にも関わらず希愛を仁王家に一人残して外出するのは少し躊躇(ためら)われたが、日中が不安なのは平日とて同じ事。ここは警備装置を信じる他あるまい。最悪時間さえ稼げれば父上が趣味と実益を兼ねて設置した赤外線センサーの数々による監視網から己らのスマホに送られる信号により己が文字通り駆け付けられよう。そして己が筋肉を鍛え続けてきた意味を侵入者の心身に刻み付けてみせよう。

 そう自身に言い聞かせながら目的地である河川敷に到着する。仁王家から全力疾走で五分と高校より近い場所ではあるが、やはりどうしても希愛の事が気になってしまう。せねば希愛が責任を感じてしまう通学はここまで気にせぬのだが、言わば己のわがままに近い外出ではどうにも勝手が異なる。出歩く者が比較的少なき時間帯である早朝ランニングと比べても不安が胸をよぎる。常の通り早く終わらせねば。

「ゴオォォォ……」

 まずは長くゆっくりと息を吐きながら全身の気の流れとでも言うべき力に意識を向ける。実戦であればこのように文字通り一息つく暇などなかろうが、これはあくまでも鍛練である。武術にて速さでごまかせぬようゆっくりとした動作で正確な型を身体に覚えさせる鍛練があるように、筋繊維一つまで意識した正確かつ強力な筋肉の使い方を全身に覚えさせておかねば。いざという時とは希愛の窮地(きゅうち)と同義である。そのような状況下にて己が冷静でいられるはずもなし。故に頭ではなく筋肉で覚えるのである。

 そう、これより行うのは常の筋肉を鍛え上げるための鍛練にあらず。筋肉秘技という技を鍛え上げるための鍛練である。単なる威嚇(いかく)である阿修羅威圧相はもちろん無意識に手加減できるようにしておる阿修羅慈愛掌と阿修羅有情拳であれば自宅でも鍛練できよう。だがそれ以上の筋肉秘技ともなれば壁に穴が開き家が壊れてしまう。事実必殺の筋肉絶技の試し打ちにて廃墟の鉄筋コンクリートを破壊した事もある。それも壁のみならず踏み込んだ床までも。


 己の全力は氏子とて知らぬが、仮に知られれば『いくら親友に危害を加えようとしている犯罪者相手でも本当に必ず殺すような技を使うなよ』などと言われるやもしれぬ。だがそれは氏子があの事件の醜悪さを知らぬが故の可能性である。あの場におった者であればそのような甘えた考えなど持てまい。

 あの事件。己と希愛の人生を狂わせた最低最悪の事件。強いてその発端を挙げるとすれば、希愛に第二次成長期が訪れた事であろう。当時はあまり理解できなかった妄言の意味もこの歳になれば理解できる。あくまでも言葉の意味であって発言者の思考や精神はまるで理解できぬが。

 あの事件の日、まず一人の六年生男子が現れた。ゴリラ顔のせいで希愛以外に親しき者がおらなかった己は知らなかったが、その男子は教師が止めに入るため恐らくは正しいのであろう真偽不明なエロ知識のみ豊富な問題児であった。問題児認定なのはエロ知識に留まらず同級生の美少女のリコーダーを無断で拝借し、吹き口で間接キス程度では済まぬ変態行為に及んでおったからという話である。

 理由は後ほど発覚するがその日は日直の仕事が妙に忙しく、己が手伝ってなお希愛の同級生はもう帰っておったほどに遅くなってしまった。そんな己と希愛の二人しかおらぬ教室に現れた男子は突如『邪魔者は消えろ!』と叫びながら金属バットによる奇襲で己を痛めつけ、恐怖で腰を抜かしておった希愛に近付きながら『邪魔者は消したからこれでお前を俺様のメインヒロインにしてやるぜ!』などと妄言を垂れ流し希愛の胸元へと手を伸ばした。

 負傷により動けず、動けたとて筋肉無き当時では何ができるわけでもない無力な己に代わり少年を殴り飛ばしたのは、教育実習生の青年であった。体罰だ何だと騒がれやすい中で希愛を守るために手を出した熱い青年、ではない。彼もまた『俺の光源氏大作戦を汚そうとしてんじゃねえぞクソガキが!』などと叫び六年後の結婚までの詳細な妄想を語り出したのだから。教育実習生という事で希愛と出会ってからの期間は短いにも関わらず無駄に細かなその妄想に、意味は分からずとも本能的な恐怖と嫌悪を感じさせられた。

 そしてさらに日直の仕事をでっち上げて教室で一人になったところを狙おうと浅い事を考えておった担任、最後まで何者かよく分からずじまいな何かの業者らしき中年男性までもが加わり、勝手な希愛争奪戦が繰り広げられた。あまりの異常さにとりあえず今は何か変な事をする気はないらしい教育実習生がまだマシに見えてしまうほどであった。無論気のせいであるが。

 己は最後まで倒れたまま見る事しかできぬ無力な存在であったし、希愛は最後まで逃げようとする事もできずにその場で怯え震える事しかできずにおった。偶然忘れ物を取りに来て近くを通りかかったサカキという女子生徒の通報により警察が現れて事件がひとまず終わりを迎えたその時まで、己は希愛のために何をするどころか巻き込んで怪我を負わせてしまったという罪悪感を抱かせるだけの存在であった。


 己はもうあの事件の時のように、希愛を守るどころか傷付ける存在であってはならぬ。相手が金属バットで武装しておる事など大前提。例え相手が日本刀を持っておろうが甲冑を着ておろうが拳銃を構えておろうが希愛を守り抜く。そのために己は女を捨て筋肉ゴリラとして鍛え上げてきたのだから。

そして少女は霊長類最強の筋肉ゴリラへと変貌する。

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