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覇道ヶ八歩

 己の交友関係は狭い。言い訳にしたくはないが、やはりゴリラ顔の女と関わりを持とうとする者は少数派と言わざるを得ぬ。さらに言えば父上譲りの東洋系の黒髪と母方の祖母譲りの色黒な肌の組み合わせにより色合いまでもがゴリラである事も拍車をかけたおろう。母上は金髪碧眼色白なのだが……おのれ隔世遺伝め。

 とにかく己の交友関係は狭い。と言うより希愛を除けば友と呼べる相手など氏子の他にはおらぬ。さすがに顔を合わせれば会釈する程度の相手であれば他にもおるが、残念ながら友と呼べるほどの仲ではない。五里松殿と小筋殿とは何かきっかけがあればもう少し親しくなれるやもしれぬが、どうにも二人を不釣り合いなどと勘違いしておる一部の二年生が陰で『人間様に手ぇ出さずに雄雌ゴリラ同士でくっついとけよ』などと世迷言(よまいごと)を口にしておるせいで小筋殿は己を恋敵として警戒し、五里松殿もそんな小筋殿を安心させるべく己と極力距離を置こうとしておるのが現状であろう。自分で言うのも何ではあるが、美人の小筋殿を相手に筋肉ゴリラの己が何をどうすれば五里松殿を奪えると考え警戒されておるのか分からぬ。小筋殿の惚れ込み様を見る限り己が筋肉式物理説得術を駆使しようとも屈するとは思えぬのだが。それに命の危機を感じておるようにも見えぬし……解せぬ。五里松殿の内面はもちろんあの鍛え上げられし筋肉に対しても惚れ込んでおる小筋殿とであれば思春期らしい筋肉談議を繰り広げられように。あるいは己の筋肉をより強く美しくするための助言を頂けるやもしれぬ。やはり是非(ぜひ)とも親しくなりたいものである。希愛の事も相談できればなお良し。

 そう思いはすれど現実には氏子以外とは挨拶を交わす事さえままならぬ有り様。する気は無いが見目をどうにかしようにも美容整形では足りぬであろう。それこそ特撮作品の怪人並みの改造手術が必要になるに違いない。何せゴリラ顔と筋肉をどうにかできたとて黒い髪と肌、二〇〇センチを超える長身が残っておる。これでは呼び名が『スレンダーマン』辺りに変わるだけで進展するようには思えぬからな。やはり良くも悪くも凡庸が一番過ごしやすいのであろうか。


 なればこの友は果たして何者であると言うのか。

「ん、おはよう仁王」

「ひいぃっ!? すみません仁王さん今すぐ立ち去ります許して下さい!」

「逃げる必要ないぞ。この筋肉ゴリラは敵対しなければ無害だから」

「氏子よ、そこは危険性を否定せぬか」

「いやお前の筋肉ゴリラっぷりで安全とは言えないだろう? スポーツテストで自分が測定不能とかいう非常識な記録をどれだけ叩き出したか忘れたのか?」

「非常識とは人聞きの悪い。あれは測定器や測定係の問題であって己のせいではなかろう」

 そう、握力計が一〇〇キロまでしか計れぬものであったり測定係が己の筋肉式瞬発術による反復横跳びを目で追えぬ者であったりしたのが己のせいであるはずがない。いくら氏子と己の仲と言えど失礼な事を言うでない。

「けどあの五里松先輩でさえちゃんと測定できたんだぞ? それにお前……いや細かい話はさておき、とにかくリンゴを素手で握り潰せるような筋肉ゴリラのどこが安全なんだよ」

「そこはやはり理性の有無であろうな」

「野生の間違いだろう?」

 己らにしてみれば常より交わしておる軽口の応酬でしかないのだが、傍目には一触即発の危機か何かに映るようである。この場を離れる機を逃した先ほど氏子と話しておった……はて、名は何と言ったか。その(なにがし)が緊張した様子で視線をさ迷わせておる。氏子の言にあったように己は無差別に暴力を振るうつもりなどないので敵対でもせぬ限り無害なのだが、何故これほどまでに恐れられるのか。安易に暴力に結び付けられては筋肉差別というものであろう。

「ところで仁王。お前大丈夫なのか?」

「何の話だ?」

「二時間目の課題」

「……助かったぞ氏子よ。己はこれで失礼しよう」

 氏子に話を合わせてその場から離れる。なるべく自然に。課題に関しては分からぬ箇所こそあるが忘れてなどおらぬ。あのままでは某がどうにかなりそうであったので気を利かせただけの事である。無論己がというより氏子がの話にはなるが、それを察して合わせた己も成長しておるのではなかろうか。

 さて、唯一の友である氏子と話せぬのでは特にする事もない。とりあえず先ほどの演技に合わせて課題に取りかかる振りでもするとしよう。なおここで課題のプリントを家に忘れるような失敗はしておらぬ。己はそのような間抜けでは……目の錯覚であろうか。分からぬ箇所は飛ばして進めておったはずのプリントが途中から見覚えのない空欄となっておるように見える。

 ……否、錯覚ではなかったな。どうやら少々疲れたので息抜きに筋肉に負荷をかけておった間に課題が途中であった事を忘れてしまったようである。これは不味い。分からぬ箇所や間違っておる箇所があるのは良いが、解こうとした形跡の無き空欄は決して許されぬ。そういう教師である。二限目までにどうにかせねば。

 氏子よ。本当に助かったぞ。

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