覇道ヶ六歩
「氏子よ。学生らしく試験前の勉強会でもせぬか?」
「別に良いぞ。お前の家以外でならな」
「何故分かったのだ?」
希愛と自然に遭遇させようという己の策が瞬時に見破られようとは。やはりこの手のやり取りでは氏子の方が一枚上手、と言うより己が策を弄するという事に慣れておらなすぎるのであろうか。だが己の性格上やはり筋肉による正攻法、もとい正面突破以外はどうにも性に合わぬためどうすれば良いのか全く分からぬ。いや、だからこそここで氏子より学び取るべきではなかろうか。
「聞きたいのか?」
「参考までに」
「じゃあ理由その一。この一ヶ月で数回あった小テストの結果とそれに対する反応から考えて、お前は赤点を取るほど馬鹿でもなければ、赤点でも取らない限り勉強しようとは思わないタイプだから」
「ふむ」
確かに勉学を疎かにするつもりはないが、己は今の人並みの成績を維持できれば勉学より希愛か筋肉を優先するであろう。その己から勉強会の誘いとなれば不審に思われるのも道理という事か。
「理由その二。まだ数回だけど休み明けはだいたい足りない頭で考えてきた手を聞かされたり呼び出しの手紙を読まされたりしていたのに今日はこれが休みの間に考えてきた内容だと言わんばかりに開口一番勉強会の誘いだったから」
「なるほど」
確かにこれは己が昨日思い付いた策である。そしてまさに氏子の言う通り今までのように休み明けに真っ先に実行したわけだが、よもやそのような点から気付かれようとは。
「んで理由その……いや、もういいか」
「三はないのか? あるのであれば聞きたいのだが」
「言うのはいいけど、どうせ後付けだぞ?」
「……何だと?」
後付けと言うからには全てが嘘というわけではなかろう。そうでなくては納得してしまった己の立場が無いではないか。
「一応怪しいとは思ったけど二割くらいかな? あと鎌をかけたのが五割」
「三割も余っておるのだが?」
「残りは単純に『え、アイツらって一応男女なのに家に行くような仲なの?』みたいな噂を流される可能性を排除したかっただけ。人としては嫌いじゃないけどさすがに異性としてどうとか思わないし。お前もそうだろう?」
「うむ」
確かに氏子の事は希愛を対面させたいほど評価しておるが、己自身が恋愛対象として見ておるかと問われれば否である。見目で判断する者達により苦労させられてきた己が言うのも何ではあるが、例えば氏子の場合は今のように友としてであれば好印象となるが恋愛対象としては身の丈と筋肉が足りぬ。己の好みは身長一九〇以上の筋肉質の男性である。意外と鍛えてはおるが身長一六〇に満たぬ氏子では対象外となる。せめてあと二五センチあれば分からぬところだが。
「おい今俺の身長の事を考えなかったか?」
何という鋭さか。
「……ところで今さらな確認だけど、お前もし呼び出しが成功したとして何をどう話すのか考えてあるんだよな?」
「何故だ?」
「その返しこそ何でだよ……? いいか、お前の友人である俺でさえ家へのお誘いは断るんだぞ。たとえ『美少女の親友を紹介したいから』なんて言葉を足したところでホイホイついて行く奴がどれだけいると思う?」
「……盲点であった……っ!」
「視野が狭いだけだよ」
何という事か。希愛が仁王家より出られぬ以上、相応しき相手を見付けたとて仁王家に招く事は必須。相手に希愛を見せるだけであれば写真という手もあるやもしれぬが、希愛と直接対面させねばならぬ事を思えばそれはいわゆる誘拐犯の『お菓子あげるからついておいで』に通じる怪しき行為だと己とて分かる!
だがやはりそれならどうすれば良いのかが己には分からぬ。強いて言えば筋肉式強制連行くらいなものだが、それをしてしまえば対象が誰であろうと氏子に絶交される事となる。やはりこの最終手段は対氏子用に温存する他あるまい。
「また何か不穏な気配がしたんだけど?」
氏子よ。お主のその鋭さこそどうなっておるというのか。
此度の休日は氏子を希愛と自然に遭遇させる策を練るのと鍛練と筋肉の疲労を抜くための休養と少々の試験勉強で終えてしまったので、希愛の件で氏子に相談できる事はない。より正確には相談できるほど己の中で整理されておる事がない。如何にして相手を仁王家に招くべきか、今のまま氏子に問うても答えてはもらえぬ。己の考えに対して問題点を指摘し改善案を示す事はあれど、初めから一例として案を出す事は頑なにせぬ。何か氏子なりの信念のようなものがあるのであろう。己としても一から氏子に任せきりにするような恥ずべき真似をしたくないのでありがたい。
だがそうなると話す内容がない。ならば致し方あるまい。ここは希愛相手ではできぬ筋肉談義をついに解禁する他あるまい!
「そう言えば勉強会はどうするんだ?」
「む?」
「いやお前が言った事だろうが。怪しんでおいて言うのも何だけど、口実にしたってお前の口から勉強なんて言葉が飛び出すくらいなんだからしたいんじゃないのか?」
言われた事で気付く。確かに氏子は仁王家に行く事こそ拒否しておったが、勉強会自体は特に拒否しておらぬ。つまりそういう事であろう。
「氏子よ。お主……成績を気にしておったのか?」
「馬鹿にしてんのかお前?」