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覇道ヶ三歩

 うむ。やはり希愛(のあ)の作る朝餉(あさげ)は素晴らしい。早朝ランニングにてただ走るだけでなく知る者ぞ知る近場の桜の名所に寄り鍛練をして帰る己にはありがたき高タンパク質な食事である事もあるが、やはり量良し味良し(いろどり)良しと三拍子揃いし良き食事は食欲を満たすのみならず心を豊かにするというもの。生まれ持つ見目のみならず家事全般に長け、性格も……あの事件のせいで多少の難はあるが基本的には善良。これほど魅力に満ちた希愛に相応しき相手を探すとなれば、難航するもの致し方なき事なのやもしれぬ。

 何より己一人の知力では良い手段など思い付くはずもなし。己が高校で出会えた唯一の友に指摘された今までのやり方の問題点は数知れぬ。そのどれもが(もっとも)もな指摘であり、かつ己一人では思いもよらぬ事であった。何故第六感は筋肉で鍛えられぬのか。生命の重大な欠陥であろう。

 ……む、そろそろであろうか。

 食休み中の身体を動かし物音を立てぬよう注意を払いながら自室を出て移動する。巨躯(きょく)の己とて筋肉を駆使すればこの程度の芸当は難なくこなせる。やはり筋肉は偉大にして至高。だが今は歓喜に震え物音を立てるわけにはいかぬ。筋肉を称えるのは後にせねば。

 そうこうしておるうちに居間の近くまで辿り着いた。ここからはさらに物音と気配を消さねば気付かれてしまう。そうして己の限界まで静かにして居間の中を覗けば、昨年初めて見た時と同じようにパソコンで何かを見ておる希愛の姿がそこにある。己が慣れた調子で眼筋を駆使し画面を確認すれば、映し出されておるのは己でも名を聞いた事があるような有名な恋愛物語の一幕。窓際に立つ事もままならぬ希愛が小遣いで購入した電子書籍である。

 ここで己が重要視しておるのは、それが男女の恋愛物語である点である。

 女の幸せは結婚である、などと言うつもりは己にはない。だが男性にトラウマのある希愛が男女の恋愛物語を読んでおるのだから、そういう事だと考えるのは己の間違いではなかろう。己はそれまで希愛は男の姿など絵でさえ見たくもないものとばかり思っておった。だが年頃の少女らしく色恋に興味があるのだとすれば、その助けとなれる者など己を置いて他におるまい。筋肉以外で、暴力以外で、希愛の力となれる事が己にもある。それがどこほど喜ばしき事か!


 だが如何(いかん)せん色恋どころか普通の友人関係さえままならぬ筋肉ゴリラの己では、希愛に相応しき相手か否か以前に気軽に挨拶を交わせる相手さえほぼおらぬ。中学時代は一部の教師を除けば恐怖に声を震わせた返事ばかりであった。唯一の例外を除けば高校生となった今も変わらぬ。希愛に相応しき相手を探すにもまず知り合えぬという難易度の高さよ。

 無論本来は知り合いでなくとも不都合はない。人を紹介するだけなのだから呼び出しでもして話を聞いてもらえればよいのだから。つまり己には不可能に近いという事である。中学時代より試行錯誤しておるのだが、呼び出しの段階で応じてもらえた試しがない。呼び出しの文を友に見てもらったところ『俺は脅迫状と果たし状、どっちの添削を頼まれているんだ?』と言われてしまったので、己の文に何か至らぬ点があったのであろう。だがやはり己一人ではその点に気付けぬ。指摘されてみれば理解も納得もできるというのに……脳筋の称号を得ながら脳の筋肉を鍛えられぬとは何たる体たらくか!

 思えば高校入学早々より挨拶を交わすどころか希愛に相応しき相手探しを相談できる男と交流を持てた事は実に僥倖(ぎょうこう)であった。欲を言えば一度希愛と対面させたいところではあるが、この一ヶ月の間に何度その話を切り出そうとも『俺には荷が重いっての』と(かたく)なに断られておる。他ならぬ希愛の幸せのためなのだから候補者を妥協した事などないが、やはり何度断られようとも己の中で現状最有力候補である事は変わらぬ。せめて一度の顔合わせくらい受けてくれても良かろうに。頑なな奴め。


 本来であれば一般論的な性格の良さなどではなく希愛の好みを反映させるべきなのだろうが、残念ながら己には希愛の好みをそれとなく聞き出せるような巧みな話術などない。かと言って直接的な言葉では『どうせ男なんてろくな人がいない』やら『アシュがいれば良い』やら参考にならぬ事しか聞けぬ始末。

 男に興味があるとは思えぬ態度ではあるが、色恋に興味がないという事はない。気付いてしまえばあからさまだが、例えばテレビ番組の街頭インタビューにて恋仲らしき男女が映れば、希愛の目には男の方への侮蔑ではなく二人の関係への憧憬(どうけい)の色が見て取れる。やはり希愛も色恋か筋肉に興味を持つ年頃という事であろう。筋肉の方であれば容易に力になれたのだが……ままならぬものである。

 だが嘆くばかりでは何も変わらぬ。良い手段が思い浮かばぬからと立ち止まるような真似はせず、今まで通りとにかく己にできる限りの手段として校内において評判の良い者達の中から候補者を探す他あるまい。耳に入るのは見目の良さによる評判が多く肝心の内面に関する評判は多くないが、無いよりは良かろう。元より周囲の評判のみではなく、己がこの目で見定めた上で希愛と対面させるか判断するつもりである。


 そのためにもまず、呼び出しに応じてもらえる文を書き上げなくては!

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