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覇道ヶ二歩

今話は序盤中盤シリアス多め、終盤筋肉な構成です。

 この仁王家が天使(あまつか)夫妻より希愛(のあ)を託されたのは、今から四年半ほど昔の事。あの事件により男性の大半と学校という場がトラウマとなってしまった希愛は、天使家から一瞬たりとも出ようとせぬ引きこもりと化しておった。それだけで済んでおれば仁王家に託される事はなかったであろう。だが(おぞ)ましき事にあの事件の話題性により報道陣が押しかけてきおったり、希愛の心中を(おもんぱか)る事なく美少女すぎると話題の被害者小学生を一目見ようと野次馬共が群がってきおったりした事で、希愛は安息の地であるべき自宅さえ衆人環視の牢獄(ろうごく)変貌(へんぼう)させられた。

 酷い時には警察が出動するほどの事態となりながらも、やがて時間経過により報道陣と野次馬共のほとぼりは冷めた。だがその頃には既に手遅れであり、希愛は自宅におってもなお、もうおらぬはずの何者かに覗かれておる幻覚に怯えるほどに精神を病んでおった。無理もあるまい。元より美少女すぎるせいで多くの視線に(さら)されておった希愛だが、それまでの良くも悪くも好意から来る視線とは異なる傍目(はため)にも分かるほど邪念に満ちた奇異(きい)の視線に晒されては、見目はともかく内面はごく一般的な小学生であった希愛に耐えられるわけがない。

 無論希愛が不躾(ぶしつけ)者共のせいで自宅にトラウマを植え付けられようとも、親同士が親しいとは言え血縁の無い仁王家に大事な一人娘を託す必要はない。希愛の祖父母の家に預ける事もできなくはなかろう。(うぬ)も面識はあるが良き方々である事は存じておる。だが如何(いかん)せん昔気質(むかしかたぎ)と言うべきか、大切な孫娘が理不尽な目に遭わされては黙っておけぬ方々でもある。報道陣や野次馬共を相手にする事も辞さぬであろうし、その騒動が再び希愛を好奇の視線に晒すやもしれぬ。希愛の精神衛生上そのような事態は避けねばならぬ。故に希愛は仁王家に託される事となった。

 どれほどの葛藤があっただろうか。

 どれほどの信頼があっただろうか。

 両親と天使夫妻が言葉少なに通じ合う姿を、己は片時も忘れた事は無い。ほとぼりが冷めて一時より落ち着いたとは言え、まだ希愛を付け狙う不届き者がおったり希愛自身も精神的に不安定であったりと、少なくない厄介事が残されておった。そのような状況でなお言葉少なに通じ合い、親友の大事な一人娘を託された両親と親友に大事な一人娘を託した天使夫妻。そこに己は有事の際にこそ輝く真の友のあり方を見た気がした。


 故に己はまず筋肉を鍛え上げる事とした。


 まだ子供の己では有事の際にできる事など限られておる。それは高校生となった今とてそう大きく変わりはせぬ。未成年たるこの身は社会においてあまりにも無力。如何(いか)に筋肉を鍛え上げようとも、それは変えようのない事実である。それでも己にもできる事があるのであればと、あらゆる脅威より希愛を物理的に守るための屈強な筋肉を鍛え上げる事とした。

 年の近い幼馴染にして親友。そんな己の存在が仁王家にて暮らす上で希愛の心の支えとなっておる部分は確かにあるのであろう。両親も天使夫妻も希愛も、己にそれ以上の働きを求めはせぬであろう。だからこれは他ならぬ己自身が己に課した責。せめて再びあの事件が繰り返されようとも希愛を守り抜けると確信できるだけの何らかの力を身に付ける事。権力も財力も無く学力は多少あれど知力は無き己がそれでも確実に得られる力とは何かを考えた時、残されておったのは直接的な力であった。

 筋力であり体力であり膂力(りょりょく)であり武力であり――暴力であった。

 如何に幼馴染のため親友のため希愛のためと言い(つくろ)おうとも変わりはせぬ。私情により私的に振るう力を暴力と呼ばず何と呼ぼうか。現に希愛以外の者のためであれば己はこの力を振るおうとは思わぬであろう。振るわずとも己の巨躯による威圧感でどうにかできてしまうのもあるが、とにかく己は赤の他人のために暴力を振るおうとは思わぬ。振るうとすれば希愛は当然として、あとは高校で出会えた唯一の友のためくらいなものであろう。

 ……そう、決して以前増長し悪漢共に絡まれておった少女を腕試しとばかりに暴力で救い出した際に感謝されるどころか悲鳴を上げて逃げ去られ、危うく己が遅れて現れた警官に捕まりかけた事を根に持っておるわけではない。もし根に持っておるのであればその後も暴力を振るわず巨躯による威圧で追い払うような真似はせぬ。故に己は何も根に持ってなどおらぬ。そうに違いあるまい。ついでに一月少々前に威圧にて悪漢共を追い払った際に助けようとした少女に気絶された事も気にしてなどおらぬ。おらぬと言えばおらぬ。

 ……さて、気のせいであろうが何故か気落ちしておるような気がしなくもないので念のため筋肉式鼓舞術をするとしよう。


「アシュ、晩ご飯のリクエストって――何をしているの?」

「見ての通り筋肉式鼓舞術だ」

「分からないから。知らないから。その怪しい儀式、アシュが考えたんでしょう?」

 確かに考案したのが己であるのは事実だが、怪しい儀式とは人嫌いの悪い。筋肉を脈動させて発する熱を利用し気分をも高揚させるこの筋肉式鼓舞術のどこに怪しき点があるというのか。念のためであったせいか油断し此度(こたび)は希愛の目に触れてしまったが、今までも弱さを見せぬよう陰で行い幾度となく成果を上げておるというのに。

「何が怪しいのか分かっていなさそうな顔だけど、薄暗い部屋で全身の筋肉をピクピクさせるのは誰が見ても怪しいからね?」

「む、確かに一理あるか」

 姿見の前で筋肉の調子を確かめておるのであれば怪しさなどないが、どこを見るでもなくただ筋肉を脈動させておるだけでは何がしたいのか分からぬ怪しさがあるやもしれぬ。己と同等の発想力の持ち主でなければ思い至れぬであろうからな。

「……絶対に変な勘違いしているよね……?」

 勘違い? はて、何の事やら。

筋肉式鼓舞術を行う時は、部屋を明るくして姿見の前でしましょう。

(普通はまず間違いなく誰も真似しない)

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