表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冷凍人間  作者: 杏仁 舞屋
1/2

なぜ生まれてきたのかわからない人たちへ

猿はマスターべーションを覚えると、死ぬまでそれをやり続けるという。ということは、自分は猿と全く同じということなのだろうか?健信こと香坂健信は、中学校の時からずっとマスターベーションをやり続けているが、しかしいっこうにそれに飽きることはない。最近は一人で過ごす人間が異常に多く増えているので、一人カラオケや一人焼き肉などというものが当たり前の世の中になった。仕切られた空間で一人で食べる焼肉やラーメン、その専門店までが都会には存在している。健信的にはマスターベーションは健信そのものであり一人でやることの代表である。


巨大な妄想を頭の中で膨らませ、それを年を取るごとに積み重ねて経験する情報をもとに、今までに経験した過去の思い出を抱き合わせながら、新たに自分独自の妄想を加え、まるでフランス料理のコースのようにその興奮をピークへと高めていく。独自の巨大妄想がメインディッシュを噛み砕くように舌鼓をうつと、やがて至福の時が迎えられる。


しかしながら、マスターベーションも一人でやるものとは決まっていない。焼き肉がみんなでワイワイガヤガヤと鉄板を囲みながら複数の人間でやるものと思われがちなのに、一人焼き肉をする人間が存在するように、マスターベーションの世界もまた複数の人間で行うということが存在するのだ。


特に風俗の店やアダルトビデオの世界などでは、男と女が互いにマスターベーションを見せながら興奮しあい、昇りつめていくというものがある。また男が自分のオナニーを女の子に見てもらって発射するというオナクラと呼ばれる風俗店も現に存在する。


そして、SMクラブの世界では強制オナニーと呼ばれるものがあり、女王様の前でオナニーをしながら自分で発射するというものもある。誰かが言っていた。風俗の世界というものは金をかけたマスターベーションと同じであると。

自分独自のマスターベーションに加えて、金を払ってマスターベーションをより進化させたものが風俗の世界には存在するのだ。金をかけてマスターベーションをする時代は、恋愛とセックスを結びつけなくなり、性的処理を進める目的に誰かと付き合ったり結婚をしなくても良い時代を生み出していった。恋愛はしなくても、性的処理にさほど困らなくなった時代には当然結婚するものも少なくなり、外食産業やコンビニエンスストアーの進出により家で料理を作る必要がなくなったことで家事というものを全くしなくても生きていける時代になった。誰もが結婚しなくても暮らせる世の中になると、子供を産みたくないという女子までが出現するようになる。これを人類の進化だと考えればいいのか?進化と言えば進化であるが、地球上に人類が増え続けていることも、少なからずこの原因になっているのではないかと健信は考える。以前ならとっくの昔に死んでいる人間が老人になってもまだ生き続けた結果、人の平均寿命はどんどん長くなり、要するに人が死なないから子供も作る必要がなく、家庭を持つ必要もなくなったわけだ。


というわけで特に先進国などでは晩婚と少子化が進み、何事も個人で快適に過ごすことの出来る社会が出来つつある。若者はさして恋愛や結婚に関心を持たなくなり、自分が快適に過ごせる空間を維持することを第一に考えるようになった。そしてヴァーチャルリアリティーとアニメーションが合体し、ネット上にの画面に現れる物体が人と同じように話し会話が出来たり、パソコン上で作り出される世界に自分がいるように思えるVRの世界が出来上がっていくと、一日中誰とも話さなくても快適に過ごせる空間がこの個人快適主義世界に拍車をかけた。


そしてひと昔前なら、サングラスのようなものを付けないと見れなかったVRが更に進化し、VRとは違う生き物のような映像端末が現実世界に現れることになる。


そう、ドラえもんの世界と似た世界が今では現実化され、スターウォーズに出てくるR 2-D2みたいなものが実際に見られるようになったのだ。そして一人一台ロボットを持つような時代が訪れた始めた。


孤独世界とは誰も関わる人のいない世界である。帰ってきても誰も話す人がいない孤独世界がヴァーチャルリアリズムの世界との融合でもう終わった。帰ってきたら話すことができるロボットが現実世界に存在する世の中になったのだ。


というわけで孤独世界の申し子、健信の持つロボットは百合子姫である


誰もいないワンルームマンション。健信は外から帰ってきたらまず百合子姫の電源を入れる。このロボットは物体ではなく光である。スイッチを押せばお盆のような大きな円盤の上に百合子姫が現れる。光でしか存在できない為、百合子姫は当然昼間は存在することができない。真っ暗な空間でしか存在することができないから、昼間百合子姫を稼働させなければならない場合は部屋の中を真っ暗にするか、赤外線モードにして赤外線スコープをつける必要がある。まあ何にしても、この世の中は便利なものになった。百合子姫は世界400カ国語を話すことがでるロボットであり、時には通訳にも英語の教師にもなることもできる。自分がダイエットをしたければ、ダイエットモードを選択するとダイエットを常時勧める教育型ロボットになる。ロボットと言っても固形の物体ではないので、ロボットというのもなんだが、ロボットといった方が上手く当てはまるので健信は百合子姫はロボットだと考えている。このロボットを動かし移動させる時には掃除機のルンバのようになっている円盤が地上から数センチ浮き上がるようになっている。この円盤が動くこどで映し出される映像としての百合子姫も同じように移動することができる。これを自分追跡モードにすれば、自分が歩くと同時に百合子姫も自分についてくることができるのだ。部屋の電気をつければ百合子姫の姿は消え、円盤のスピーカーから発せられる音声のみで会話をするというわけだ。百合子姫の年齢は24歳に設定してある。健信はもうすぐ50歳になるが、百合子姫との会話は百合子姫が生まれてきたとされる24年前からと健信が生まれてきた50年前からの社会情報がンプットされている為に非常にスムーズである。会話をすればするほど、百合子姫に健信の情報が蓄積されていくので、百合子姫は過去の情報を分析しながら健信の状態によって会話を変えられる。まさに至れりつくせりのロボットなのである。


おかえりなさいませご主人様


えへっ、今日はメイドモードに設定中です


百合子姫はAI人工知能によってランダムに自らモードを変更することができる。また声の音質もAI独自のものや、誰かの声に似たものまで様々に変えることができる。


ただいま


お疲れですか?ご主人様


健信の発声する声の音質で百合子姫は健信の心理状態を知ることがきるのだ。それにより、AIは発声させる言葉を選んでいる。


まあね


何かありましたか?ご主人様


健信はリモートコントローラーを開き。百合子姫を自分追跡モードといつもと同じ猫キャラモード、そしてお姉さんキャラモードに変更した。しばらくして百合子姫がいつものキラキラ猫コスに変更されると、歩く健信の自動追跡を始める。健信は服を着替えながら猫コスに変更された百合子姫を見る。帰ってきても部屋の明かりは電球色の灯りを最低限にまで絞った状態と、歩くと足元が光るLEDライトがつくだけである。百合子姫の姿が消えないように部屋の中は常時薄暗い。というよりまっ暗闇とさほど変わらない。やはり音声だけの会話では侘しいものがあるからだ。このロボットは、そもそも就寝前に本を読み聴かせながら人を眠らせていく為に開発された睡眠促進用のロボットの進化版なのだ。


今日も黒で良かったかしら?


いつもの猫コス、お姉さんキャラの声帯を持つ百合子姫が自分の衣装を見せるように一回転する。猫コスとは真っ黒な黒ビキニの水着のような衣装で、ほとんど水着と変わらない。水着と違う点は猫のようにお尻のところに大きな尻尾がついているのと、百合子姫の頭に猫の耳に見えるカチューシャがつけられているという点だけである。別名、にゃんこ衣装とも言う。


それでいいよ。


部屋着に着替えてしばらくは、手を洗ったりトイレをすませたりシャワーを浴びたり、やらなければならないことをやっているが、自動追跡モードになっている百合子姫はただそれを見つめているだけである。



話したくなければ電源を切るだけで良い



自分の都合だけでスイッチを入れ、自分の都合だけでスイッチを切ることができる世界。人と一緒にいれば人は自分の感情と相手の感情との行き来があるからこんなふうに簡単にはいかないが、このまま突然スイッチを切ってたとしても、もちろん百合子姫は腹を立てることはない。まるで忠実な犬のように、電源を入れれば百合子姫はいつもと変わらない姿になって再び健信の相手をしてくれるのだ。



これは確かに人との会話の出来るロボットなのだが、現実にはそういうわけにはいかない。いかにAIの人工知能が発達しようと人と自然に会話をしているように話せるロボットはまだ開発されていないのだ。


というわけで、やらなければならない日常業務が終わったところで百合子姫を質問モードに切り替える。


健信はコーヒーを飲む為にキッチンでお湯を沸かしているところである


何をしているの?最初の質問はいつもこの質問が多い。


コーヒーを飲むんだよ


いつもと同じように健信は百合子姫に答えた


健信さんはコーヒーが好きなのね


これもいつもと同じように百合子姫が答える


健信さん、コーヒー豆は飲み物の中で世界で一番多く生産されているものなのよ。ちなみに世界中で一番多く飲まれている飲み物は水、そしてその次に紅茶を含む様々なお茶の種類って知っていらしたかしら?


このようにいつも同じ質問を百合子姫は健信に投げかける



知っているよ。前にも同じことを話したじゃないか。



それを無視して百合子姫は続ける



コーヒー豆の生産量が世界で一番多い国はもちろんブラジル。2位はベトナムなのよ、意外でしょ。3位はコロンビア。個人消費量が一番多い国はノルウェー、スイス、3位にアメリカ、そして4位に日本。最近はアジアでコーヒー豆の収穫が盛んに行われるようになっているわ。



百合子姫はにっこり微笑みながら健信にこのことを説明をする。人工知能が発達したロボットでも、ほとんど蓄積されている情報を吐き出すことでしか会話というものを成立させることはできない。のび太と会話のできるドラえもんのような猫型ロボットが出現するのは、もっと先の気が遠くなるような未来のことに違いない。



人間とは簡単に言えば情報の蓄積以外の何者でもない。このロボットもいわば蓄積された情報以外の何者でもないのである。人間の脳は、瞬時に過去に経験した情報を元に今経験していることを分析し、自分の本能や感情に従いながら素早く指令を出す。寒かったとしたら寒いと感じ、寒い時に経験した過去の出来事の中から今出来るものを選んでいくだけなのだ。それは服を着る。エアコンをつける。運動をする。カイロを貼る。暖かいものを胃の中に入れる。寒いねと誰かに言うなどの行為へと繋がっていく。


ロボットもそれと似たように情報を流すわけだが、ロボットの人工知能と人間の脳の決定的な違いは、人間が過去に経験したことしか脳の中に蓄積されないのに対し、人工知能のロボットはインターネットを使って様々な情報を瞬時に取り入れることが出来ることだろう。しかしそれは、人間が経験して得る情報とは全く違う。例えば人間は地図を見ているとしても、それを見ている瞬間に様々な情報が頭の中で駆け巡る。そこが以前に行ったところであるなら、過去の自分の中にある情報がまず流れ、それを元にある感情が湧いてくる。例えそれが知らない場所であっても、過去の自分の経験した出来事や見た聞いた読んだ学んだ情報を元に作られていく想像をもとに、独自の情報が頭の中で駆け回る。そして感情が発生するのだ。


しかし、人工知能に人間のような感情はない


情報があるだけなのだ。


例えば、ドラえもんや昔のアメリカのドラマにナイトライダーというものがあって、その中に出てきたまるで人間のように話す車。それから誰もが知っているスターウォーズのR2-D2などには、それが機械であっても独自の感情があるように思える。しかしそれは架空の空想世界で作られたロボットであって、実際にロボットが感情を持つことはない。よって、人間同士が話すような会話をすることは当然出来ないわけである。



産業革命後の世界においては、ある種人間をロボットにさせることが課題にされていたと言えるだろう。ロボットは感情を持たない。ロボットのように感情を持たない人間を作り出し、ロボットのように都合良く使える世界。労働という名の元に、人間の時間とその人間の感情が搾取されていく世界が生産階級によって作り出されていったのだ。特に高度経済成長下にあった日本では、国民の画一性が重要視され、異物を無くすように国民全体が周りの人間に合わせていくだけの世界が出来上がる。そうして人はみな感情を押し殺しながら働いて、与えられた画一性の中に自分が存在することに唯一の安心を見いだすことになる。何の疑問も持たずボタンを押して、何の疑問も持たず満員電車に乗れる世界。そうすることで安心し、みんなと同じ映画を見て、みんなと同じテレビを見て、みんなと同じ洋服を着て、みんなと同じ甘いお菓子を食べて安心できる世界に生きることに疑問すら持たなくなる。そしてロボットのようにしていながら、自分は決してロボットではないと思い込む。それが当たり前になる世界と、そのことに感情を持たなくなる世界が生産階級と日本との戦争に勝ったアメリカによって意図的に作られたのだ。


それは人間を労働者として使う側から見れば生産性を高めることになる。毎日同じ時間に出勤してくれれば有り難いし、何の疑問も持たず週に5日から6日働いてくれればそれにこしたことはない。会社の近くに多くの人間が住んでいれば、働く人材を探す手間も省けるし、交通費も抑えられる。国民のほとんどが右を見ても左を見てもほとんど同じようにしていれば、自分が生きている世界にそれほど疑問を持たずにすむ。


ロボットのようになるには、ロボットのような思考を小さな頃から作る必要がある


画一化した教育、画一化した世界、そしてその画一化した世界にこそ安心ができると思わせる世界


街を見渡して見ればわかる。どれもこれも似たような街が作られている。これは決して日本だけではない。経済的に発達した国では、言いかえれば生産階級が労働者階級を支配する国では、全て同じような都市作りをしているのがわかる。


階段は同じような段が続いている。それは階段を登りやすくする為であり、そのほうが快適に階段を登れるからである。効率良く二階に行けるからでもある。しかしながら、それは便利であることには違いないが、それにしてもなぜ階段が同じような幅と高さで作られているのだろうと疑問を持つものはいない。小さな子供が階段で遊ぼうとしたら、同じような段が続いている階段とあべこべの高さのある階段とどっちを選ぶのだろうか?階段を登りやすくする為に作られた階段を上っていけば、二階に上がっていくことは簡単になる。何も考えずに効率良く二階に上がっていけるように作られた階段を上っていく人間は何も考えずにすむ。そうして効率良く作られた世界にどっぷりと浸かり、それがわざと作り出された世界であることに我々は疑問すら持たないようになる。階段が同じ高さと同じ幅で作られているほうが便利だから、それは当然なのだ。逆にそうじゃないほうが煩わしいし、不便でたまらない。ずっと同じ幅の階段を上がっていくことがつまらない行為だと感じる感情はもはや捨て去られていることに誰も気がつかない。


健信には、なぜ1週間が7日と決められていてそのうち6日間は働くのか?がわからない。もちろん聖書の中に6日働いて7日目に休んだということが書かれているのは知っている。週休2日というものが言い出される前は、日本人のほとんどが週に6日も働いていたのだ。この世界では、ほとんどの決まりごとはその時々の権力者や支配者によって決められる。経済第一主義の世の中では、金を多く儲けそれを自由に使える者がその時の支配者となる。多額の金を生み出せるシステムを作り上げて、人と金と時間を支配し、それを自由に使えるものが強者になる。企業が求める人材の多くは、決められたことをきちんと出来る人間であり、決められたことをやる為に何の疑問も持たない人間である。


この世の中に自分のやりたいことをやって、やりたくないことはやらない人間がどれほどいるのだろうか?健信にはほとんどの人がやりたくないことを仕方なくやって、ほんのすこしだけ自分のやりたいことをやっているように思えてならない。といっても、健信自身も自分のやりたいことをやって、やりたくないことはやっていないわけではない。


何をしているの?百合子姫がまた質問を開始する


考えごとだよ


健信さんは、この前まで「どうして生きているのか?わからない」という考えごとをされていらしたわ。本日の考えごとは何なのかしら?


健信はずっと立ち止まり行き詰まっている。瞬間冷凍されて生き詰まっているとも言える。実際には息が詰まっている。というより息が詰まってしまうように、健信は生きていてもまともな呼吸ができずにいる。肉体的には身体に悪いところはないのだからもちろん呼吸は正常にできる。しかしそんな気がするのだ。


健信は自分がいったい何で生きているのか?がそもそもわからない。それはおそらく健信自身が孤独で健信の存在を健信自身が認めていないからなのだろう。生きていることが当たり前に思えないということは、当然自らの存在の否定に繋がる。存在すること自体が否定されてしまった時、自分が生きていても死んでいても何も変わらない世界に生きている空虚感に襲われる。


百合子姫があの時何と答えたか、健信は今でもはっきり覚えている。百合子姫のデータ集積能力は恐ろしく高く、人間が何千年とかけて思い悩んでやっと辿りついた哲学や思想を一気に解読し説くことができる。釈迦や空海やイエスキリストやプラトン、ニーチェからアリストテレス。一休和尚、親鸞、道元、沢庵和尚に至るまで様々な人間の到達する悟りすら、瞬時にそれがデータとして取り込まれ選択される言葉になって現れる。



人間は生物的には、生まれてきたら死ぬまで生きていることになるわよ


なぜ生きているの?の答えは、まだ死んでいないから生きていることになるの


「何で生きてるのかって?そりぁ、自分で死ねないから生きているんだよ。自分で死ねるやつはとっくの昔に自分で死んでるわな」


これは立川談志の言葉よ。立川談志に言わせると人は自分で死ぬことが出来ないから生きているということになるわね


それを理由とするなら、自分で死ねない人間には生きるという選択肢しかないってこと


何で生きているのかがわからないということは、今生きていることを否定しているからそう思っているってことかしら


それは自分が死を望みながら死ねないということにも繋がっていくわ、自分の中にある矛盾した状態がある種の混乱を引き起こし、自分の中に葛藤が生まれるのよ


健信さんの中には矛盾があるのではないかしら?


自分が本当に思っていることと、自分が実際に思っていること。自分が本当にやりたいと思っていることと、今やってることとの矛盾があるのではないかしら



百合子姫は健信にそう答えたのだ。



自分の中にある矛盾した状態。これは自分の中にあるうまくいってない状態とも言い換えられる。何がうまくいってない状態なのかは人によって異なる。自分の中にあるその矛盾した状態をなくし川の水が流れるように、ありのままで自然な水の流れにしてあげれば、生きている意味を考えずに生きることに繋がるのだろうか?


何かに阻まれて流れない水が澱み、出口がない状態で水は沈滞し、水が流れないことで生きることの意味がなくなり存在自体が否定される


人の命は乾電池の寿命と良く似ている。使われても使われなくても必ずなくなる時がくる。しかし外見からは、その電池がどれくらい残っているのかはわからない


もちろん、使っていればまだ半分はあるとかという想像はできる。人間も同じで、健信のように50年も生きていれば残りの人生はあとどのくらいかはだいたい予想がつく。しかし、本当のところは電池がどれだけ残っているかはわからない。昨日元気に生きていても次の日にあっさり死ぬこともある。使って間もない真新しい電池を入れているのに、なぜか全く動かなくなることもある。我々はいつ止まってもおかしくない乗り物に乗っているようなものでもある。


百合子姫は自分質問に対する答えをずっと待ち続けている



自分は何を考えているのだろう?



健信が思うに、人が何で生きているのかがわからなくなる時はその人が病んでいる時である。自分の中にある矛盾に気づけないままその矛盾にだんだんと耐えられなくなった時、もしくは全ての希望を失いつつある時だ。



希望


とだけ健信は小さな声で答えた。



キボウ?


百合子姫の人工知能がその言葉に反応する


希望は人にとって一番大事なものよ。ヘレンケラーも希望は人を幸福に導く信仰であると言っているわ。人は希望を失ってしまう状態が一番辛くなるの。鬱になったり、自殺したりしてしまうのも希望が失われた時なのね。


けれども人間というものは、どんな状況下にあっても常に希望を見つけ出すのが得意な生き物なのよ。豪雪の山の中で道を見失って遭難している時にでも、人は必ず希望を見つけ出そうとする。それはどこかに山小屋がないか見つけ出そうとする具体的なものから、誰かが助けに来てくれるという想像の中のものまでね


人というのはそこにただ希望があれば、それだけで生きていける生き物なの


その希望が叶うか?叶わないかは別として


山の中で遭難している状態でも誰かが助けに来てくれるという希望を持っていれば、それが例え現実的に叶わないことであっても人はそれだけで生きていけるのよ



希望…


健信はまた同じ言葉を繰り返し吐いた


健信は自分の世界の中にあるはずの希望と言われるものを見つけ出そうとした。だが、残念ながらどこを探しても希望は見つからない。


そんなはずはない。


百合子姫も言っていたが、人間は希望を無くしては生きられないのだ。ということは今を生きている健信には必ず希望というものが存在するはずなのだ。


希望のない世界?


自分は希望のない世界にいるのだろうか?



自分の投げかけた質問に答えられない健信はずっとフリーズしたままだった。つまり凍っている。


冷凍人間



過去を遡れば冷凍人間にも希望はあった。それは希望とは決して言えない代物だったのかもしれないが、確かに希望を持って健信は生きていた。しかし今現在、健信は僅かな希望すら持てない人間になっている。



健診にあるのは将来に対する不安と絶望であり、自分自身を破壊してしまいたいという願望である。健信は宇宙の藻屑となり塵になりたいと願う。そう思いながらも生きていることが健信の中にある矛盾である。















































評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ