第5話 アスティ宅の呼び出し
セルフィとの決闘から数日が経った。
俺はすっかり決闘のことを忘れかけていた。
そんなある日。
服装が黒尽くめの老人がやってきた。
なんでもアスティ宅の執事だそうだ。
話を最後まで聴くとどうやらアスティのお父さんが俺を呼んでいるらしい。
あんなことを仕出かしたから怒られるのだろうか。それとも――
考えても切りがないのはわかる。だけど……今の俺は問題児なのかも知れないな。
はぁ。英雄子孫がこんなにも大変だなんてな。なんだか。凄く老けた感じがする。気のせいか。
と言う訳で今は執事のセバスチャンと一緒にアスティ宅まできた。相変わらず豪邸だな。
「ささ。こちらで御座います。アレス様」
執事のセバスチャンがそう言うと門を抜けて玄関まで行き始めた。なんとも紳士だな。セバスチャンは。
それに俺如きに様を付けて下さるなんて。だが俺は昔の名誉に縋っているみたいでいけ好かない感じがする。
セバスチャンは先頭を歩いている。俺は後方だ。にしても玄関のところまでくるとセバスチャンは立ち止まった。
「さて。お入り下さいな。アレス様」
振り返ることなくセバスチャンはそう言った。玄関を開けると昔ながらのなんとも言えない空気が流れてきた。
セバスチャンが先に入り後から俺が続く。なにかとするにしてもセバスチャンは教えてくれる。なんとも機転が利く執事だな。
「後のことはメイドに任せましょう。アレス様」
俺が靴を眺めていたらなにかを言われた。ビクッとした後に俺が気配を感じるといつのまにかメイドがいた。
仕方がないので俺は黙ってこのまま入ることにした。最後まで黙っていた方がいいのかも知れない。そう。思えてきた。
「こちらで御座います。アレス様」
うん。ここはセバスチャンに任せよう。その方が気が楽だ。だが……俺が呼ばれた理由は分かったような気がする。
そう。思いながらも俺はアスティ宅に上がり込みアスティのお父さんがいる部屋まで目指した。はぁ。心臓がいくつあっても足りないかもな。
こんなにもドキドキしたのは初めてだ。あっちではひたすらに努力を繰り広げていたからな。だがそのお陰で魔法を熟知できた。
それがこっちに転生してから確実に俺は最強の魔法師の器を手に入れた。これ程に嬉しいことはない。後は無双という夢を叶えるだけだ。できるのかな。
そうこう思っている内にどうやらアスティのお父さんの部屋まできたようだ。セバスチャンが立ち止まり一つしかない扉を叩き始めた。
「ゼアス様。客人を案内してきました。入っても宜しいでしょうか」
セバスチャンはほんの数回しか扉を叩かなかった。叩き終えた後はアスティのお父さんのことをゼアス様と言い始めた。
「入ってよし!」
なんだか。凄い重厚な――それでいてスマートな声質はまるで本をパラパラしているようだ。言うなれば重厚な本を速読しているようかも知れない。
「では失礼致します。お入り下さい。アレス様」
セバスチャンの言葉を胸に秘め俺は意を決して入ることにした。ああ。初めての対面か。一体。どうなることやら――
「……おお。君が噂のアレス君か。噂はアスティ達から聞いている。なんでもセルフィ君が決闘を申し込んだようだな」
なんだろう。意外にも話がすんなりと行きそうだな。これは。アスティのお父さんは机に両手を置き立ち上がりながら言ってきた。
「……はい。そのとおりです」
俺は恐る恐る言ってみた。だがどうやら怒っている様子ではないようだ。少しはほっとしたな。
「ゼアス様。では私はそろそろ――」
セバスチャンが様子を窺いながら言ってきた。どうやらセバスチャンはこの部屋から出て行くようだ。
「うん。そうだな。セバスチャンよ。案内の方。ご苦労だった」
俺をここまで案内してくれたのはセバスチャンだ。いくらアスティの豪邸を知っていても内部までは知らない。
とそれよりも俺は相手が相手だけに座ることを諦めてアスティのお父さんの机まで移動した。
それとほぼ同時に扉が開け閉めされる音がした。俺は振り向けれないので音だけしか聞こえなかった。
「おほん。ところで……アレス君」
おっとアスティのお父さんは話の切り替えが巧いな。咳払いも巧かった。とそれよりもなんの話をするのだろうか。
「はい」
俺は意を決して固唾を呑み込むのをやめた。そして潔く耳を傾けるのだった。
「君は本当に魔法学校に行きたいのかね」
う。なんだろう。一気に敵側な感じがしてきたぞ。もしかして――
だとしてもここは引き下がれない。ここであっさりと引いたら決闘の意味がなくなる。
「はい! 是非とも! 通いたいです! 魔法学校に!」
はぁ。言ってしまった。これは……とんでもないことにならなければいいのだけど。
「ふむぅ。そうか。……ワシは思う。この世に差別はあってはならんと」
差別か。俺の英雄光のことを知っているのかな。それとも――
「よいかね。アレス君。ワシにはわかるのだよ。確かにワシのオーラはたかが知れておる。だがな。君には底知れぬオーラを感じるのだよ」
これは……俺を試しているな。絶対に。ここは俺がどうして魔法学校に通いたいのかを言わないとな。じゃないと前進しない。
「あの! お言葉ですが! 俺は別に復讐しようだなんて微塵も思いません! ただ俺は――」
あ。駄目だ。ここで下を向いたら。
心なしか。両手にも力が入っている。
「俺は? なにかね。言いたければ言うがいい。ワシは構わんよ」
言ったら本当にどうなるかなんて分からない。でもそれでも言わないと駄目な時がある。今がその時だ。
「普通に生きたいんです。皆が極普通に手に入れるであろう普通が」
そうだろう? 俺だけが隔離されるなんて変じゃないか。俺がなにを仕出かすって言うんだ。
「アレス君。言っておくがね。君は誤解しているようだ」
なんとなくだけど分かる。時代の流れには勝てないのだろう。今は平民の時代じゃない。貴族の時代だ。
「俺が……平民だからですか」
そんなの! そんなのいい訳じゃないか!
すり替えるのも巧いな。この人は。
「そうだ。今の時代は貴族がなにかと優先されるのだ。悪いが平民は――」
口が篭っている。本当は言いたくないのだろう。だからここは押し切る。
「違う! 絶対に! 俺の血筋で決めないで下さい! お願いします! このとおりですから!」
俺は頭を下げた。もう本当にこれしかない。これが駄目ならどうすることもできない。
「……ワシはな。本当に感謝しておるのだよ。君のお父さん。アルドにな」
アルド? 俺のお父さんの名前なのか。これは憶えておこう。それよりも――
「口ならなんとでも言えます! 俺は! 本気なんです!」
俺は頭を下げ続けながらも叫んだ。これで無理なら俺に未来はない。ああ。短い人生だった。
「そうだな。ならば一つだけ。一つだけ訊きたいことがある。よいか。アレス君や」
なんだろう。だがここで頭を上げる訳にはいかない。ここはこの体勢で凌ごう。
「なんですか! ゼアス様!」
もう立場は十分に分かった。明らかに俺は昔の威厳を失っていた。と言っても今の俺は別人だが。
「おほん。君は世界を敵に回しても護れる自信はあるか」
ああ。お母さんが言ってたな。なら答えは当然だろう。ここは豪語しないといけない場面だ。
「あります! 俺は! どんな刺客にも立ち向かいます!」
あ。言ってしまった。勢いだけで。しかも頭を上げてしまった。これは……失態だ。
「君のお母さんが危害に遭うかも知れんのだぞ? それによくよく考え給え。君が魔法学校に行けば君のお母さんはだれが護るのだ?」
そうだ。だれが護るんだ。俺のしようとしていることは……親をも巻き込むかも知れないんだ。ここは慎重に行くべきか。く。
「それは――」
俺は言い返すことができずに口篭ってしまった。そうか。もっと複雑に物事を捉えるべきだったんだ。俺はなんて浅はかなんだ。
「ふぅ~。やれやれ。なんと言うか。君はあの頃のお父さんとそっくりだよ。こうと決めたら実に真っ直ぐだった」
なんだ。俺のお父さんとゼアス様ってどんな関係だったんだ? それにこの感じは?
「それは?」
俺は思わずゼアス様に訊いてみた。なんだろうな。一気に晴れ渡ったかのような感じだ。
「うむ。いいだろう。今回は特別に魔法学校への推薦状を譲ろう」
「え? よいのですか」
よかった。俺の内心は凄く和やかになっていた。それはもう雨の後の虹のような雰囲気だ。
「うむ。ワシはな。正義が勝ってほしいのだ。どんなに不穏な雲行きになっても明日を信じる仲間と共に見届けてほしいのだ。明日と言う光をな」
でもそれだと一つだけ懸念がある。それこそゼアス様が仰ったことだ。ここだけはなんとしてでも突破しなければだ。
「でもそれだとだれがお母さんを護るのですか」
そうだ。だれがお母さんを護るって言うんだ。まさかお母さんごと引っ越させるなんて言わないよな。
「なぁあに。ワシにも強みくらいあるわい。それにな。かつての御三家の栄光を取り戻したいのだよ。ワシは」
よかった。この感じからしてゼアス様は俺のお母さんを魔の手から護ってくれそうだ。だがここは念の為に訊いてみよう。
「それは! ゼアス様が俺のお母さんを護って下さるってことですか!」
もしそうなら凄く助かる。俺は……なんだかんだ言われても最後には信じられる仲間がいるんだ。はは。お父さん。俺……感動したよ。
「当たり前じゃないか! 友が! 掛買いのない仲間が! 今にも本気を出そうと言う時に! 手を貸さぬ程にワシは腐ってはおらんぞ!」
うはぁ。なんだか。こんなにも護られていたなんて。俺が思っていたのとは真逆だったんだ。お父さん。俺達はまだまだここからだ。
「有難う御座います! ゼアス様! 俺! 頑張ります!」
ここまで言わせてしまったんだ。俺にできることは真面目に健気に魔法学校に通うことだ。これで俺は晴れて魔法生という訳だ。
「うむ。頑張り給え。では。そういうことだ。推薦状はワシが責任を持って出しておこう。今日はもう疲れただろう。帰り給え」
ここまで気遣って下さるなんて! 捨てたもんじゃないな。俺の人生も。ここからだ。俺の本当の人生は。
「はい! 今日は帰ります! その。有難う御座いました!」
俺は言いながらも深く一礼した。本当に頭が上がらない。俺の推薦状だけじゃなく。俺のお母さんまで護って下さるなんて。いい人過ぎる。
「ああ。魔法学校の試験。無事に受かるといいな。なぁ? アレス君や」
ううん? え? ええ!? あ! すっかり忘れていた! そうだった! 推薦状だけでは入学はできないんだった!
あーでも大丈夫か。今の俺は転生していて問題に間違えることはないだろう。それくらいに俺は頭脳だけは優秀だったのだ。
一瞬は混乱したのだがすぐに立て直し俺は適当に返事をして家路につくことにしたのだった。お母さんとの賭けに勝ったことはすっかりと忘れていたのは秘密だ。