第2話 元英雄のお父さん
俺は追いかけた。階段を急いで下りた。
二階から一階へときた訳だけど……お母さんはどこだろう。
もうすでに見失っていた。そもそも俺はここに転生したばっかりだ。知る筈もない。
だが予想は付く。多分だがお母さんは台所にいるだろう。ここら辺は魔力感知なんて必要ない。
それにしても一刻も早くお母さんを見つけて説得しないと――
どこなんだ? 台所は? く。これならば魔力感知を使った方が早いな。よし。使うか。
俺は魔力感知を行う為に両目に魔法を込めた。さすがは英雄光の持ち主だ。繊細に見えるぞ。
うん? なんだ? この家には俺を含んで二人しかいない? ううん? お父さんはどこなんだ?
……まさか。いや。いや。そんな――
と、とにかくここは早いところお母さんのところに向かおう。そうだ。それがいい。
なんだか嫌な予感がしていた。だがそうと決まった訳じゃない。早いところ向かおう。
「お母さん!」
俺が魔力感知でお母さんを見つけるとそこは台所だった。なんだろうな。お父さんの姿はなかった。
「なによ。うるさいわね。……それよりも朝食ができたわよ。さぁ。椅子に座って素直に食べなさい」
台所の近くには椅子とテーブルが置いてあった。ってそんなことよりも――
「違うんだ! お母さん! 俺!」
つい。力を込めてしまった。だから俺は途中から噛んでなにも言えなかった。く。動けよ! 口よ!
「とにかく朝食を済ませなさい。話はそれからよ」
ぐふ。確かにってそんな余裕なんてなさそうだ。だからここは引き下がりたくても下がれない。
「嫌だ。話せる内に話しておきたい」
大人の都合に振り回されたくない。だからここは意地でも通したいところだ。
「……分かった。朝食は冷めるけどいいのね? アレス?」
「お母さん」
なんだかんだ言ってもお母さんはお母さんだな。これならきちんと伝えたら魔法学校に行けるかもだ。
「うん! 冷めてもいいんだ! それよりも――」
そうだ。それよりも重要な話がある。俺にはもう時間がないんだ。これは将来を見据える上で大事なことなんだ。
「俺! 魔法学校に行きたいんだ! たとえ烙印光でも!」
もし烙印光だとばれたらどうなるのだろうか。……分からない。未だに実感が沸かない。
「……いい? アレス。お母さんはね。あんたにお父さんみたいになってほしくないのよ」
「え? お父さん?」
また出たよ。さっき魔力感知で確認したばかりだがこの家にお父さんはいない。ただ一つだけ言えるのは――
「いい? アレス。私を失望させないで。気付いてるんでしょう? もう――」
「え? なにを?」
気付いている? ……ただ一つだけ考えられるのは――
「お父さん。亡くなったの?」
もう。それしか考え付かない。
「うん。暗殺されたのよ。ただ英雄ってだけでね」
「お母さん」
なんていうことだ。皆を救った英雄が殺されるなんて。そんなことが起きていいのか。本当に。
「いい? アレス。世界はあんたが思った以上に広いの。ただ一国の英雄になったって周りの国々からすれば滑稽にしか見えないのよ」
嘘だろ? そんな――
「それにね。統率を失った魔王軍はバラバラになり今も尚あちこちで暴れてるのよ」
俺は……なんていう未来にいるんだ。これが……人のやることなのか。
「噂によるとね。魔王軍の生き残りと周りの国々が密約を交わして暗殺者を送り込んだとも言われてるわ」
確かにいくら英雄光でも一騎当千は難しいだろうな。もしかしたら一点突破だけしか出来なかったのかも知れないな。
「いい? アレス。一度でも出来てしまった勢力はそっとしておけばいいのよ。別にあんたが手に掛ける必要はないわ。勇者の登場は時に遅すぎてもいいのよ」
お母さんの言っていることも分からなくはない。でも……だけど……それじゃあ一方的に犠牲者が増えるだけじゃないか。早過ぎても勇者は尊敬されるべきだ。でも――
「お父さんは……だれからも尊敬されなかったの?」
尊敬されずに散っていったお父さんなんて……理不尽過ぎる。
「いいえ。尊敬されたわ。でもね。早過ぎたのよ。登場が。だから世界は統一できないままに魔王討伐に乗り出したの」
それが……数十年前に起きたのか。なんとも残念な未来になってしまったようだ。なるほど。だからこんなにも厳しい訳か。
「分かったよ。でもね。お母さん。それでも俺は魔法学校に行きたいんだ」
それこそがお父さんへの慰めのような気がしてならない。全く関係がない俺だが知ってしまった以上はなんとかしたい。
「どっちにしてもあんたは今のままだと魔法学校に行けないわよ。アレス」
「え?」
「いい? アレス。今時の魔法学校はステータスと化しているの。ただ単に実力があればいいって訳じゃないの」
ううん? ステータス? なんだ? それは?
「どうやら理解していないようね。いいわ。教えてあげる。いい? アレス。もう既に魔法学校は貴族権益になりつつあるの」
ううん? 貴族権益? ……なんだか。嫌な予感しかしないぞ。
「いい? アレス。この世の中には階級制度があるの。その中でも私達は平民扱いなの」
へ? 英雄家系なのに平民? 世知辛すぎない? この未来。
「本当はね。私達は貴族だったのよ。それが周りの国々の圧力に屈した一国。つまり私達が住むグランレルム王国が剥奪したのよ」
酷い話だ。ここまで追いやられるなんて。世界情勢が纏まらないとこんなことになるのか。まるで勝手に動いたことへの報復処置じゃないか。
「んじゃあ! もう! こうして! 耐えることしかできないのかよ!」
そんなことって。そんなことって。あんまりだ!
「待って。私は言った筈よ。今のままだったら魔法学校には通えないと」
「どうすれば……入れるの?」
「それはね? 貴族の推薦を貰えば入れるわ。そうね。あんたの幼馴染のアスティ様を引き込めば行けなくないわね」
「アスティ様?」
「はぁ!? あ、あんた! 幼馴染のアスティ様を忘れたの? ほら。あのなんとも言えないくらいに可愛らしいアスティ様よ」
「は。はぁ?」
可愛いか。うーん。名前からして女の子かな。そして幼馴染ということは同級生になるかも知れないのか。もし入れたらの話だが。
「とにかくあんたにできることはこれくらいよ。そうね。もしアスティ様を説得できたら……魔法学校に行ってもいいわよ」
「え? 嘘? マジ!?」
「フフン。なによ。その反応」
いいや。待てよ。これは逆に言えば絶対に無理だと高をくくっているのでは? ううむ。だが挑戦してみるだけは価値がありそうだ。だからここは――
「分かった! 俺! アスティ様を説得させるよ!」
「そう。なら話はおしまいね。さぁ。今度こそ朝食を召し上がりなさい。アレス」
「うん! 分かったよ! お母さん!」
こうして俺は朝食を頂いた後にアスティ様の御宅へ行くべくお母さんに所在地を教えて貰った。果たして俺は無事に魔法学校に行けるのだろうか。