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発明

作者: まよ

あいつはあの日から変わってしまった。

昔は優れた科学者だったが、今は見る影もない。いや、正確には、まだ優秀な科学者であることに変わりはないが、方向性が変わってしまったというか。

そう、あの日。あいつの妻と娘が行方不明になったあの日から。


初めは、あの日から一月後くらいだったろうか。あいつの研究所に呼び出されたのは。

研究所に着くと、あいつは興奮した様子で語った。

「アンドロイドを作ったんだ。人工知能を搭載していて、妻の言動や癖など全てを学習させた。皮膚も人工皮膚で、体温も再現している。どこからどう見ても妻だろう。見てくれ、あの掃除をするときの癖。口ずさむ歌」

そこには一目ではアンドロイドとは判別できないような、精巧なものが掃除をしていた。肌の手ざわり、温かさ、ふわりと漂う香水の香りも再現されている。まさしくあいつの妻だ。私にも作ってもらいたいという興奮を覚えた。ただ、全てを精巧に再現するために、身長が三メートル近くになってしまったという欠点を除けば。


次に呼び出されたのは、それから二ヶ月が経った雨の降る日だった。

あいつの研究所に着くと、三メートルの女が出迎えてくれた。目の前に立たれると、覗こうとしなくても、スカートの中の下着が見えてしまう。妙な興奮を覚えつつも、この下着も服もどのようにして用意をしたのかが気になってしまう。彼女に案内されるまま研究所の地下にたどり着くと、球体状の鉄筋に囲まれた椅子と、そこにつながれた無数のケーブルと機械が目に入った。

「よく来てくれたね。ああ君はもう下がってくれていいよ。夕食の用意をしておいてくれないか。材料は買ってきているからさ」

さすがに三メートルもあると一緒に買い物にも行けないようだ。初めは連れて旅行にも行っていたそうだが、周囲の目線よりも、事あるごとに頭をぶつけたり、ベッドに一緒に寝ることもできなくてやめたそうだ。

「いくら妻を模倣したものを作ろうとも、それは妻ではないのだ。やはり本物の妻と娘には変えられない。そこで今度は妻と娘がいた時に戻ろうと考えたのだ。いわゆるタイムマシンというものだな」

もしもこれが本当だとしたら、とてつもない発明だぞ。ぜひ体験してみたい。そもそも私がタイムマシンに乗らないと本当に過去に戻ったのか確認ができないではないか。興奮を抑えきれず乗せてくれるように頼む私に、あいつは言った。

「もとよりそのつもりだよ。この機械は乗りながら操作はできないのだ。君が乗って私が操作をする。初めての起動になるが安全性は保証する。理論と設計は完璧だ」

私は自分の腕時計と研究所の時計を合わせて椅子に座った。

「では、いこうか。まずは試しだ。五分前に戻ってみよう」

そういうとあいつは装置をいじり始めた。次第に周囲の動きが緩慢になってく。蛍光灯の点滅も、信号機くらいの点滅速度になったと思うと、周囲は完全に静止した。ふと天井の窓を見ると雨粒が空に向かって登っていっている。本当に時間が逆戻りしているのだ。蛍光灯の点滅が早くなりいつも通りの輝きを取り戻したとき、研究所の時計を見ると、私の腕時計と同じ時間を指していた。私は今確実に時間を逆戻りした筈だ。なのになぜ同じ時間なのだ。

「ああ戻ってきたんだね。そして気づいたようだね。そう、このタイムマシンは時間を遡行できる。しかし装置を起動するためには、戻る時間と同じだけの時間がかかってしまうのだよ」

そんなタイムマシンに意味があるのだろうか。ただただ乗っている人が年をとっていくだけではないか。改良の必要性を夕食をともに食べながら語った。味はまさしくあいつの妻が作った料理だった。懐かしさを感じたが、ただ皿も料理も何もかもが大きかった。


それから半年が経った今日、久しぶりに研究所に呼び出された。

変わらず大きな女に出迎えられ下着に興奮した。下着の中も同じように精巧に作られているのだろうか。確かめたい気持ちを抑えつつ、女の後ろをついていくと、庭に案内された。今日はこれを貰えるように頼んでみようか。

「よく来てくれたね。君はパラレルワールドを信じるかい」

大きな女を貰うための言葉を考えていると突然の質問だった。私が戸惑っていると続けて話した。

「妻と娘がいる別の世界に行くことができれば解決できるのではないか。そう考えて、私はパラレルワールドへの行き方を考えていたんだ」

ついにおかしくなってしまったのだろうか。続けて饒舌に語った。

「アキレスと亀だよ。知っているよね。アキレスが亀がいた場所に着いた時には、亀も進んでいるから永遠に追いつくことはないというやつだよ。でも現実には追いつけてしまう。なぜだと思う」

大きな女を持って帰ってからどう楽しもうかと考えながら、話半分に聞いているとまだまだ話し続けた。

「それはね。追い抜いた瞬間にパラレルワールドに移っているからなんだよ。追いかけている時と追い抜いた後では別世界なんだよ」

馬鹿げた話だ。それなら運動会なんてパラレルワールドの大安売りじゃないか。それよりも早く、この女を持って帰りたい。苛立つ私をよそに話は続く。

「一度や二度程度の転移ではわずかな違いすぎて、気がつかないんだよ。これが何千何万と繰り返されると必ず妻と娘がいる世界にたどり着くことができるのだよ。協力してくれないか」

そんな馬鹿げた実験に協力していられない。あの優秀な科学者がこうも落ちぶれてしまうものなのか。近所のペットショップで買ってきた亀を渡して。あれは亀じゃないと効果がないんだと言い聞かせ、交換条件で大きな女をもらって帰った。

まさしくあの女の肌、温もり。服を脱がしてみても、あの女そのものだ。人間とは違うから、そう簡単には壊れないだろう。娘も作っていて欲しかったがまあいい。さあ、また楽しませてもらおうか。

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