聖者シャルー
毎日連載、今月末完結
「この世界に魔法はあるのですか?」
「魔法? 技術はあるが。
お前の理解している概念で言うところの魔法かどうかは・・・・・・。例えばお前は、もう、こちらの言葉を話せるだろう」
あっ、と美里は気づいた。
そういえばこちらに来た瞬間から言葉が通じている。
「それは技術だ」
だが、
「それがお前の言う魔法とは同一ではないと思う。単にお前の世界と物理法則などが違うだけなのだ。たとえば異世界に行き来する技術も魔法ではないだろうな」
シャルーが胸元から本を取り出してページを開いて見せた。
「!」
「読めるだろう。この世界ではそういう事が出来る」
「我々の世界では考えられません」
「どうやら技術的にはこちらの方が進んでいるようだな」
それにしてはいまだに法王が世界を支配しているらしい。
と美里が思う。
「この世界には魔法はない。たとえば死人は生き返らない。だが技術はある。奇跡は神にしか起こせないが、お前から見れば奇跡みたいに思える事は起こせる」
ただし、
「この世界はミンシュシュギーではない。技術は一部の特権階級が独占している事が多い」
まあとにかく
「ようこそ、この世界へ」
シャルーがそう言うとニッコリと礼をした。
「当分は王となるべく教育を受けて頂きます」
翌日、目を覚ました美里を、メイドが着替えさせ、洗顔などを終えるなり、いかにも侍従です、とい感じの初老の男が入ってきたそう告げた。
「それとあなた付きのメイドは平民ではありません。
みな大貴族の奥方や姫君です」
「えっ?」
「王子や王のお世話は身元が確かな婦人にしかさせられません。平民などもってのほかです」
派手な宮廷服を着ている侍従が髭を撫でる。
「これから朝食の前に礼拝堂に行って頂きます」
「え? これから? 起きたばかりなのに」
「朝一番に神を礼拝するのは当然の事です」
「あの、僕、無宗教なんだけど」
「恐ろしい事を言わないで下さい。この世界で無神論者は人とはみなされません」
そう言えば自分の世界も大昔はそうだったな、と美里は思った。
「神様はいないとまでは言わないけど、宗教とか神なんて自分とは関係ない」
鬱陶しそうに美里が言った。
「それは王としても王子としても言わない方が無難です」
そういえば自分の国でも皇族には信教の自由はないのだったな。
美里が起き上がり、侍従達と礼拝堂に向かう。
今度は地下でない地上の礼拝堂へ。
美里もクリスマスなどで教会に行った事はあるが、似たようなものであった。
礼拝は進行していき、聖職者が説教を始める。
意外な事にシャルーではなかった。
「よく考えたら法王直属の人が単なる教会で説教する訳もないか」
儀式が終わり、
「王子様からお言葉を賜ります」
「え?」
美里が隣を見て、侍従が頷く。
聞いてないんだけど、
侍従が紙を渡す。
これを読めというのか
美里は壇上に上がると、原稿の通り挨拶を始める。
「民達よ。余が次の王となるミサト・リード・ハルバルト・イーレである」
勿論、王宮内に来ている者は貴族以上の者達だけである。
だから純粋な民はいないのかもしれない。
しかし、美里は読み続け、挨拶を終えた。
貴族達は足を踏みならした、ここではそれが拍手に当たるらしい。
礼拝を終え、食事も終えて、居間のような場所で美里は父親と寛いでいた。
「父さんが母さんと恋に落ちて結婚したという事は」
元々両方の世界には行き来があったのか?
美里はその事実に行き着いた。
見たところ、この世界にはヨーロッパ系の人種しかいないらしい。
勿論、自分もハーフではある。
「父さん、この世界には黒人とかはいないの?」
「いない」
美里の父親が即答する。
「それどころかこの世界は球体じゃない」
「え?」
「だから向こうの世界に行ってびっくりしたさ」
美里は窓から外を覗く。
「視力の限界や空気中のもやなんかの関係で、どちらの世界でも見えるのは二十キロの範囲内だ。それだけの視界では世界の形は判らない。 向こうの世界だって蜃気楼などがあるので、船は必ずしも舳先から見えてくる訳ではない」
「世界の果てはどうなっているんですか?」
滝になって水が流れ落ちている、とか?
「さあな、神のみぞ知る、だ」
「だってこの世界は技術があるんでしょう?」
「そこまでになると法王庁が独占している」
あっ! と美里は思った。
どんな技術があってもエリートが独占していれば民衆は無知だ!
美里は、はやくもこの世界の歪みに気づいた。
「この世界には白人しかいないんですか?」
「そうだ。
「おまけに世界は神が作った事になっている」
「えっと。勘弁してくれよ。俺にとっては向こうの世界の常識の方が衝撃なんだから」
考えてみればそうか・・・・・・。
「生命と世界の誕生の概念が違うのか」
「三百年前だったら向こうの世界も一緒だったぞ」
父親が笑う。
「この世界は本当に神様が作ったのですか?」
「数十年前までは一度も疑わなかったが・・・・・・」
父親が答えに窮する。
「少なくてもこの世界には技術が存在する」
美里が頷いた。
「昔から行き来はあったんでしょうかね?」
「あったと思う」
科学の本で読んだが、白人は突然変異でいきなり現れた事になっている。
「まさか、白人とは」
「私もそう考えた」
ひょっとして白人とは異世界人ではないのか?
と
ノックと共に扉が開けられた。
メイドに導かれてシャルーが入ってくる