嘘だろ? 俺が王子様!?
毎日連載、今月末完結
鈴木美里は平凡な少年だった。
スポーツも勉強も人並み。
決して落ちこぼれではないが、目立つところの一切ない少年だった。
だが、彼は、その日、父からある秘密を聞かされた。
「自分は異世界の王子で、この世界の女であるママと恋に落ちたから、王族としての身分を捨て、この世界でサラリーマンとして暮らしている」
と、
「はい?」
当然、呆然とするしかない。
何を言ってるんだ? 父さんは。
「だが数十年経って、王家から男子が絶えてしまった。そして私も歳だ。 だから次期国王として王家直系の若い男子が必要になった」
「あの、それがもし、本当だとしても、僕には何の取り柄も」
「それは大丈夫」
この世界では平凡な少年だが。
異世界に行けば王家の血が覚醒し、完全な天才になる。
「王家の血とはそういうもの」
父はそういうのだった。
「異世界になど行けるのですか?」
「国家予算並みの財力を使えばいける。だからそうそう行き来は出来ない。だけどこれは国家の一大事、だから何度か行き来できる」
父はそう言うと、家の地下室に美里を導いた。
コンクリート打ちっ放しのそこは殺風景だった。
父の跡について、部屋の中央まで歩いて行くと、美里は文字通りストンと落ちた。
空間の真っ暗な穴みたいなものの中を落ちていく。
そして、次の瞬間、
大きな広間らしき場所の、豪華な絨毯の上に立っていた。
美しい刺繍が施された赤い絨毯だ。
部屋には幾つかか、「ヨーロッパ城探訪」のような番組でしか見た事が無いようなテーブルや椅子などが置かれていた。
「ミサト殿ですね」
美里の目の前には、少女が立っていた。
波打つ黒髪、黒い瞳。だがその顔は堀が深い白人の容姿だった。
そして、その少女は、派手な鎧のような服を着ており、頭にはティアラを載せていた。
「王子様。王女様であらせられます」
その美少女の隣に立っている。太った、いかにも大臣然とした中年の男が美里にそう言った。
「シャーロットと申します。あなたの従姉妹に当たります」
美里は呆然として言葉も出ない。
よく見るとその部屋には、十数名の人物がいた。
明かに貴族や大臣と見える者から、メイドや召使いまでいた。
「ミサト王子様、お初にお目にかかります」
父親とシャーロット王女以外の全員がそう言って、美里に対して跪いた。
「えっと、ちょっと、いきなりそう言われて戸惑っています」
美里が照れたように頭を掻いた。
「親父の遺体はどこだい?」
父親がぞんざいな調子で訊いた。
「伯父様、こちらです」
シャーロットが言い、召使い達が美里達を促した。
そして一行は、大きな扉を通って部屋を出て、廊下をかなり歩いて地下室に行き。
そこの礼拝堂に安置されている王の遺体を見た。
「大往生でした。寿命です」
シャーロットが言った。
「随分さっぱりした顔をしているな」
美里の父親がシャーロットの様子を見て言った。
「病で二年間苦しみましたから、覚悟は出来ていました」
シャーロットが祖父の遺体から目を美里に向ける。
「どうだ?息子よ」
美里の父親が問う。
「いきなりお爺さんと言われましても」
「お前は親父の次の王になる」
と、
「そやつか? 異世界から来た王子というのは」
礼拝堂の奥から声が掛かった。
それは、青と白を基調とした壮麗な神官服を着た聖職者らしい青年だった。
「シャルー様」
シャーロット王女が礼をした。
「シャルー様?」
美里の父親が首を傾げる。
「無理もない。
お前が向こうに行った時は、まだ生まれてすらいなかったからな」
シャルーと呼ばれた神官が言った。
なかなかの美形だ。
美里はハリウッドスターみたいだな、と思った。
自分が女なら瞬時に惚れそうな顔だ。
「失礼ですが。どういうお方ですか?」
美里の父親が訊いた。
「法王直属の聖人会議の方です」
シャーロット王女が言った。
「数十年前、お前が向こうに行ってからだいぶ経ってから出来た組織だ」
シャルーが説明を始める。
「国中から優秀な素質のある少年を集めてな。伝説の聖者ヤールのような、文字通りの聖人を作ろうとしたのさ。いろんな事をされたぞ、頭に棒を突っ込まれたりな」
「あなたがたの言葉で言えば、脳に電極を埋め込まれたのです」
シャーロットが解説する。
「そのような偉いお方が、何故?」
美里の父親が訊く。
「王族の葬儀は法王がする」
シャルーの言葉に美里の父親が頷く。
「その代理だ。
あの老いぼれ、もうすぐくたばりそうなのでな」
「またまたそのような事を」
シャーロットが苦笑する。
「本当にあなたはお偉いのですね」
父親が呆然とする。
「少なくてもお前達小国の王族よりかはな」
シャルーが平然とそう言う。
「聖人機関は文字通り、全世界からエリート少年を集めて養成されたものだからな」
法王の権力は超国家的なのだった。
「で、そいつが異世界から来た王子なのだな?」
「はい、シャルー猊下、ミサト様です」
ハリウッドスターのような顔が美里を見た。
「よろしくな、お前の戴冠式は俺が行なう」
王を任ずるのは、天。
つまり、神だ。
つまり、王を戴冠させるのは、王以上の権威である法王という事になる。
だが、
「法王様は本当にそんなに危ない状態なのですか?」
「体調自体は悪くない」
シャルーが美里の父親の問いに答える。
「だが年寄りである事にはかわりはない。
その役割は、次の法王が決まるまでは、徐々に聖人機関の若者に委譲されつつある」
シャルーがそう言いながら美里に近づいてくる。
「凡人だな」
その口元がクスリと笑った。
「資質がない」
「そりゃ、聖都の聖人機関に選ばれる方に比べれば」
大臣のひとりが苦り切って言った。
聖人機関の権威は、人材を輩出し始めたばかりという事もあり、まだ確定してはいない。
恐らく次期法王は、中年以上の枢機卿から選ばれると目されており、聖人機関の若者とはなにか?
という事は、法王庁の中でもまだ明確に位置づけられていないのだった。
いわば聖人機関は、今の所、法王の親衛隊のような位置づけであり、その役割は、法王崩御とともに終わると見られていた。
「戴冠式、ですか?」
やはり戸惑ったように美里が言う。
「コウコウセーとかいうのであろう?」
シャルーが眇めるように美里を見る。
「そんな立場よりも王の方が遙かに良いぞ」
「僕はそんなに偉くありません」
ただの少年である自分がいきなり王に?
やはり、あまり実感はなかった。
「まあ当分は王子だがな。
王としての教育を受けねば」