第九圏 裏切の迷宮4 -客人-
「タダ、隊長を担いで後衛へ。このまま前進する」
ナツの声にミズが気色ばむ。
「戻れば、二度と探索はできない。隊長なら前進する」
ナツは目を逸らさず、断言する。
「まぁ戻るにしても、9階層歩かなきゃいかんからな」
ん?
そこはトウの"転移"で行けるんじゃないの?
「実は、地下9階に入ってから、"座標感知"が使えない」
"転移"は"座標感知"とセットで使うため、現状使えないらしい。
「『神曲』に依れば、第九圏は4つの円。後2部屋です」
タダが言う。
「最後まで行った方が早いかも知れません」
「皆に言っておく」
ナツが低い声で言う。
「たとえ最後の1人になっても、前進せよ」
米軍が脱出した今、全滅したら復活は出来ない。
俺たちに死ねと?
「然り」
おかしい。
ナツは、俺の知ってる彼女は、そんな事を言う女じゃない。
言葉遣いも変だ。
「もし誰も辿り付かねば、この国は終わる」
ナツは何者かに操られている可能性がある。
おそらくは、この迷宮を造った者に。
「私は、日本が終わっても生きていける」
トウが非道いこと言い出した。
ちょっと英語できると思って!
「そもそも国とは何だ? 政府か、財政か、国土や領海か、国民の命か?」
「言葉を変えよう」
ナツはきゅぅと唇を吊り上げ、ぞっとするような笑みを浮かべた。
「雲仙、阿蘇、霧島、桜島、その他多くの火山が破局噴火し、この国は火山灰に覆われる」
「更に火山灰が日光を遮り、地球全体が寒冷化する。数千年間それは続き、人類は絶滅の危機に陥る」
つまり、とナツは続ける。
「答は、先ほどの質問の"全て"だ」
決定的だ。
ナツはこんな事は言わない。言えない。
だって、学業面が残念な人だもん。
「では、誰かが辿り着けば、どうなる?」
こんな状況だというのに、トウは変わらない。
きっと心臓には剛毛が生えてるに違いない。
その分、額の毛は心もとナイ。
「希望を」
希望?
「全ての災厄が飛び出た後に残ったものを、引き継ごう」
パンドラの箱か。
ナツの口元から笑みが消え、次第に顔色が悪くなっていく。
膝を付き、頭の上には「?」マークが乱舞している。
「行くしか無さそうね」
諦めたようにミズが言う。
「選択肢が無いのは気に入らんがな」
トウが続ける。
「パンドラって、確か凄い美人でしたよね」
是非行こう。
ミズと2人で、ナツの両脇を抱えて立ち上がらせる。
「いや、アタシ、何で?」
まだ混乱しているようだ。
「大丈夫だいじょうぶ、難しいことは後で考えれば良いから」
それはそうなんだがミズ、本人としては気になるだろう。
「うん、分かった」
気にならないらしい。
そんなだから学業面が残念なんだ。多分。
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通路の奥には、ドアが有った。
試しに開けて見ると、やはり真っ暗
「行くぞ」
ナツが言い、ボタンを押す。
ドアが開き、閉まる。
ゆっくりと周りが明るくなっていく。
かなり広いフロアには、何も無い。
向かい側には、ドアが見える。
ボーナスステージか?
そんなワケは無かった。
風切り音がした瞬間、俺は加速状態に入った。
必要最小限の動きで、振り下ろされたメイスをかわす。
俺の脳天にメイスを振り下ろそうとしたのは、ミズだった。
一瞬、バカなことを考えた。
俺は知らぬ内にミズの秘密を、年齢を推測できるヒントを得ていた。
年齢を推測し、誰かに伝える前に亡き者としなければならない。
そう思い込んだミズが凶行に走った。
だが、そのヒントとは何だ?
一瞬で、そこまで考えられたのは、俺の思考も加速していたからだ。
全く無駄な考えだったコトは、一旦置いておく。
そんなヒントがあれば、俺ほどの男なら真相に到達していたハズだからだ。
いや違う。
ミズッ!
大声で呼びかけるが、反応は無い。
多分彼女は、意志を操られている。
その瞳は、憎しみの焔だけを宿していた。
タダがメイスを構え、ナツに襲い掛かる。
だが、その動きを見て取ったナツは、軽々とその攻撃をかわす。
たたらを踏むタダ。
意志を操られていても、動きはタダでありミズだ。
ナツや俺なら、かわすのは容易い。
だが、トウは
「kiuɑ-ðŋ-diver...」
彼の呪文はマズい。
どれほど速く動こうと、確実に喰らう。
しかも、攻撃力は絶大。
俺達は消し炭になる。
俺は再度加速し、トウに向かう。
だが、止められるのか?
間に合うかどうかじゃない。それなら充分間に合う。
問題はトウを殺せるかどうかだ。
殺せる。
迷宮内の俺は、彼を殺せてしまう。
彼は、殺さなければ止まらない。ナツも俺も死ぬ。
骸は消し炭となり、復活は不可能だ。
トウを犠牲にすれば、失う命は1つだけ。
復活の可能性もある。
感情に囚われず、論理だけで動く俺の心は、そう判断できる。
判断してしまう。
後で、どれほど嘆くことになろうと。
なのに
トウの首に軽く触れた俺の指先は、どうしてもそれ以上前に突き出せない。
今の俺に感情は、感傷は、情動は無い。
なのに、どうしてもそれ以上は出来なかった。
加速状態が解かれる。
圧縮された音が俺の耳に届く。
トウの詠唱が、耳に届く。
『ir-vrijheid』
トウは詠唱を止め、懐から巻物を出していた。
その魔法がミズとタダを捕らえ、2人は身体を硬直させ、倒れた。




