呑み会 二十六次会 -破局-
本日もラボから火山学の権威、守須准教授をお迎えしている。
だが、その表情は固い。
眉間にはビシィッと縦皺が刻まれ、口調は重い。
「よろしくない」
よろしくナイらしい。
「千々石と阿蘇だけじゃなく、加久藤に姶良、阿多まで活性化している」
またワケの分からんことを言い出した。
いつもと違い重い口を割らせる。
以前から噴火が予想されてた雲仙や阿蘇だけでなく、霧島や桜島など鹿児島の火山も活動が激しくなってるらしい。
「僕が作ったモデルでは、こんな事起きるわけ無いんだよ」
きっとモデルが間違ってたんだな。
俺の鋭い指摘にショックを受ける守須准教授。
「そもそも、なんで急にここから加久藤に、重力異常急変帯が出来るのさ?」
知らん。
そして、何を言ってるかさっぱり分からん。
「それはともかく、だ」
トウが纏める。
「噴火の可能性はどのくらいだ?」
うム、それ大事。とっても大事。
「判んない」
役立たず!
仕方ない。役立たずは放っておいて、話題を変えよう。
本日もラボから生物学の権威、劉教授をお迎えしている。
相変わらずヒマのようだ。
「コウの"加速"って、何か判ったんですか?」
タダが劉さんに良い質問をする。
「色々判った」
さすが教授だ。どこぞの准教授とは一味違う。
「どうやらコウは、"盗賊"と"戦士"2種類のナノマシンを持っている」
あの漆黒の小刀は"戦士"のナノマシンで出来ており、それが俺の体内に吸収されたんだろう、とのこと。
「我々は、"忍者"と呼んでいる」
うんうん、"盗賊"よりヨイ呼び名だ。
「"戦士"のナノマシンが、武具ではなく身体を直接動かし、素早い動きを可能にしていると考えている」
俺は、今まで着けられなかった戦士用の武具も、装備できるようになった。
ただ、それだと"加速"はできない。
ナノマシンの力が、武具の操作で使われてしまうかららしい。
武具を纏わぬことで、ナノマシンは武具ではなく俺の身体を動かすようになる。
思考の早さで身体が動き、怪物の攻撃をかわし、貫手を放つ。
地下1階で試したところ、武具を使わない方が攻撃力は強く、防具を纏わない方が攻撃を受けにくいことが判った。
「コウの手は骨格が強化され、そう簡単には折れなくなっている」
そう、他の部分は変わらないが、手だけがゴツくなっている。
そして指先の感覚が、鈍くなった。
普通の人には感じられぬ微妙な差。
ただ、鍵師には致命的だ。
それまで直ぐに開けられた鍵が、なかなか開かない。
正直、俺は鍵師としては終わったのだろう。
まぁ、実生活では役に立たない技だから、別に問題ない。
一抹の寂しさはあるが、これくらいで済んだなら安いものだ。
ともあれ、"忍者"になると手の骨格が変化する。
同じ複合型の"侍"は、どこか変化しないんだろうか?
「板倉1士を診察した結果、局所的な変化は無いが、筋肉の発達と体脂肪の減少が診られた」
体脂肪って、ひょっとして局所的におっぱ…いやなんでもない。
なんでもナイからね、ミズ。
部屋に帰ってナツに余計なコト、言わないようにね!
「ラボでは、"魔術師"と"僧侶"の複合型も居るぞ」
トウによると、両方の魔法を使えるらしい。
便利じゃん、分隊の後衛陣もそれやって。
「"司教"と呼んでるが、各呪文の威力がかなり落ちる」
ダメじゃん。分隊の後衛陣はこのままで。
「"司教"になった者は、皺と白髪が増えたと言っていた。だが、"司教"になったためかは不明だ」
私ゼッタイならない!
口には出さないが、ミズがそんな顔してる。
「まぁ、複合型の実験も、当分できなくなるだろうなぁ」
独り言のように守須准教授が言う。
「なんで?」
複合型の実験にはゼッタイ協力しないミズが聞く。
「もうすぐ、避難命令が出るから」
は?
避難って、どこから?
「ここから」
俺達に?
「もちろん民間人にも」
「いやだって、さっき噴火の可能性は判らないって…」
そう、タダの言う通り。俺も聞いた。しかとこの耳で。
「いやアレは、加久藤以南のことに決まってるじゃない」
決まってナイ!
もうすぐ、って何時ごろ?
「昨日スタンプラリー始めたけど今日土曜日だから--火曜日くらいかなぁ」
説明しよう。
スタンプラリーとは、官庁が各種命令・通達を出す際に、各所管の責任者に承認印を貰う行為である。
って、ちょっと待ってよ!
明々後日じゃん。
「モデルを作り直すにしてもデータが必要なのに、なんでこんな大事な時に」
ぶつぶつコボす守須准教授。
「なんで、スタンプラリーしてるって判ったの?」
「課長説明時に質問が出て、担当官が僕ん所に聞いて来たから」
「部課長以上が休出してスタンプラリー回すことって」
「充分、ありうるな」
じゃ、今にも避難命令が出るかも知れないのか!?
「私には、既に米軍から避難命令が来ている」
ついでのように、ぺろっと爆弾発言する劉さん。
「コウ、座れ」
思わず立ち上がってた俺を、トウが諌める。
いやだって、カツはどうなるんだよ。
「避難命令が解除された後に、潜るしかあるまい」
「解除された時には、洞窟は溶岩流に埋まってそうだけどねぇ」
なんですって?
さすがにトウも目を丸くしている。
タダは立ち上がっている。
ミズは口を押さえている。
守須准教授はタコの唐揚げをモグモグしている。
「もう1回、整理して聞こう」
トウが纏めて守須准教授を問いただす。
「雲仙岳の噴火の確率は、かなり高いんだな」
「高いっていうか、もう噴火してるよね」
「火砕流が出るほどの噴火の確率は?」
「8割ってとこ」
トウは一瞬目を閉じ
「阿蘇が大爆発する確率は?」
「破局噴火の確率なら5割」
立ちくらみが起きそうになった。
阿蘇が大爆発する確率は五分五分。
その場合、日本人全員が難民になる可能性もある。
それ以上は、怖くて聞けなかった。
「阿蘇も加久藤も、この迷宮が関連してると思うんだけどねぇ」
ん?
今何つった、准教授。
「今回の火山活動の活性化は、この迷宮が関連してると思う」
なんで?
「千々石から加久藤に伸びる重力異常急変帯って、ほぼ直線なんだよね」
その重力異常急変帯とやらのど真ん中に、迷宮が在るらしい。
「重力異常急変帯が、そうそう直線にはならないよね。人為的--って人じゃないかも知れないけど、何者かの意志が介在してると思うんだよ」
なのに、と嘆く准教授。
「その可能性があるココでの調査が出来なくなるなんて!」
守須准教授は放っておこう。
それよりも。
「破局噴火が起きたら、熊本大も廃校ですよね」
卒業を心配する留年生も放っておこう。
ようは火山がヤバい。日本がヤバい。もう破局寸前。
そういうことだ。
そして迷宮の最深部、地下9階。
その一番奥に、この破局を回避する可能性がある。
かも。




