第八圏 悪意の迷宮3 -絶対-
地下8階、第10玄室。
『神曲』に依れば、詐欺師が堕ちる地獄。
右手法で一周したが、もう次の扉は無かった。
「中央部に前進する」
隊長が告げ、分隊は地下8階、最後の領域に進む。
中央部に近づくにつれ、床に異様な模様が現れ出した。
捩くれた、赤と黒の紋様。
大きな、人くらいの大きさがある紋様。
床に蹲る影がある。
だが、箱じゃない。そんな小さなものじゃない。
『神曲』に依れば、此処には神に逆らった3体の巨人が、鎖で封じられている。
その通り、3体の巨大な影がある。
近づくにつれ、その異形が明らかになって来る。
鱗で覆われた肌。
蝙蝠のような翼。
角と牙で覆われた頭部。
確かに巨大だが人じゃない。悪魔だ。
それも、今まで見て来た悪魔とは格が違う。
今までの悪魔が猫なら、コイツは虎だ。
その時、漸く判った。
床の紋様、その意味が。
隊長とナツの脚が停まる。
だが、引き返すには数歩、遅かった。
瞼が開き、紅い瞳が俺達を捕らえる。
牙に覆われた口元が吊り上り、固まる俺たちを嘲笑う。
「ミズ、タダ、"沈黙"を!」
隊長が叫んだ。
床の紋様、それは誰が描いたものでも無い。
この悪魔が叩き潰し、踏み潰した骸だ。
「トウは"極大消滅"。ナツ、コウは手前の1体に集中!」
俺は小剣を抜き、巨大な脚に身体ごと突進した。
「ir-ste...」
詠唱が悪魔の視線を誘い、タダは恐怖に負け、声が途切れる。
床に張り付き紋様と化した骸は、例えこの悪魔を倒しても持ち帰れない。
復活など出来ない。
完全な死が、すぐ側にある。
ガキッ!
俺は小剣を突き刺そうとしたが、その鱗は想像以上に硬く、逆に小剣が根本から折れた。
「ir-stem」
ミズの詠唱が響き、光が悪魔に纏わる。
『tʃ-kɔ́ː-concentração』
ミズの"沈黙"は効かず、悪魔の魔法が発動した。
バスケットボール大の氷塊が、凄まじい勢いで飛んでくる。
氷塊の1つが隊長の盾に当たり、盾を砕き突進の勢いを削ぐ。
悪魔に辿りついたナツの斬撃が、辛うじて鱗を切り裂き血が迸る。だが、明らかに浅手だ。
隊長の剣が突き刺さる。
同時に巨大な腕が隊長を襲い、嫌な音を立てて鎧ごと骨が砕かれる。
「kiuɑ-ðŋ-divergência」
トウの詠唱が響き、巨大な鏡球が3体の悪魔を覆う。
ヅゴンッ!
重い音が轟き、塵となり消える鏡球の中に、1体の悪魔が倒れる姿が見えた。
『tʃ-kɔ́ː-concentração』
氷塊がナツの盾を壊し、腕を壊す。
口から血を吐きながら隊長が叫ぶ。
「"沈黙"と"極大消滅"ッ、尽きるまでやれ!」
後衛が詠唱を再開する。
その詠唱が終わる前に、隊長が悪魔の腕に吹き飛ばされる。
ナツが身を屈めた悪魔に斬りつけ、深手を負わせる。
相打ちとなり、ナツは右腕も砕かれた。
「ir-stem」
「kiuɑ-ðŋ-divergência」
ミズの"沈黙"は効かず、トウの"極大消滅"も無効化されたか、2体の悪魔は動きを止めない。
タダの呪文が来ない。
逃げ回る俺の視界に、革鎧を破られ血の海に倒れているタダが映った。
一瞬、俺の動きが止まり、そこを悪魔の拳が襲った。
盾も鎧も役に立たず、俺は左腕と肋骨が折れる音を感じた。
吹き飛ばされ宙を舞う俺の目は、両腕を潰されて、それでも立ち上がろうと足掻くナツを捕らえる。
未だだ。
未だ、終われない。
「ir-krassen-kiuɑ」
ミズの詠唱がナツを包む。
ナツは両手で刀を振り下ろし、悪魔の首を断ち切った、かに見えた。
刀身は悪魔の首を途中まで斬り、そこで折れていた。致命傷を与えられない。
『ir-krassen-ɔː』
俺は巻物を広げ、折れた肋骨を癒す。
ナツは脇差を抜き、再度悪魔の首を狙う。
そしてトウの詠唱が--
『ir-stem』
後1秒、1秒あれば
トウの詠唱が終わったのに。




