第七圏 暴力の迷宮3 -自殺-
「で、箱の中に有ったのがこれか」
マッコイが呟く。
目の前には、黒い青銅製のプレートがある。
その中央には磨耗してはいるが、十字架に架けられた男の姿が刻まれている。
踏み絵。
信仰を捨てさせるため、民衆に踏ませたものだ。
それにしても、こんな物を踏んじゃダメとは、イエスは心が狭い。
同じ状況なら、俺は自分の写真を踏まれたって気にしないぞ。心が広いから。
「おそらく、地下8階へ降りるために必要になる道具ね」
まぁ、そんなとこだろうな。
「ちなみに、呪いがかかっている」
とトウ。
盾として使えるが、装備すると大変なコトになるらしい。
くわばらクワバラ。
「これを持っていたということは、あの怪物は松倉重政か勝家がモデルね」
島原の乱の原因を作った藩主か。
そう言えばミズ、あの怪物倒した時に何か言ってなかった?
恨み申すとか何とか。
「責て長門守殿へ一通之恨申畢、ね」
そうそれ。
「島原の乱で原城に立てこもったキリシタン側から幕府軍へ、天草四郎時貞の名で放たれた矢文。そこに書かれた文句よ」
長門守である松倉勝家への恨みを申し上げる、という意味だそうな。
そのセリフを言った時のミズは、ちょっと格好良かった。
「惚れた?」
ううん、ちっとも。
「『神曲』ならば、次は自殺者の環だ」
脱線した俺達を、カークが引き戻す。
「自殺した者が奇怪な樹木となって、アルピエに葉を啄ばまれているのね」
とキャリー。
俺は手を挙げる。
「はい、コウ君」
アルピエってなんですか?
「鳥よ」
いや鳥って、どんな?
「さぁ」
キャリーはアテにならん。
ここはやはり教授の出番だ。
ミズ先生、お願いします!
「女面鳥身の怪物よ」
あーなんかRPGで見たことある。
「ハーピーという名が有名ね」
それそれ。
「鳥か、剣が届かない可能性があるな」
冷静なカーク隊長。
「コウ、"火矢"の巻物をできるだけ用意しろ」
了解。
「スコット、前衛に入れ。ナタリーは待機」
これにて解散。
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キャリーは米軍パーティ唯一の文系なのに、アテにならんなー。
「私はほら、文学は専門外だから」
ミズだって専門は歴史だ。
「歴史と文学は密接に結びついてるもの」
そうなのか。
何か騙されてる気がする。
じゃぁキャリーは何が専門なんだ?
「心理学と神学なら任せて」
むー。
じゃぁキャリー先生、質問。
「はい、コウ君」
なんで自殺は罪なんですか?
「神様がそう決めたからよ」
いや、それ答えになってない。
「コウは頑なね。信仰はまず信ずる心から始まるのよ」
そもそも始めたくナイ。
「しょうがないわね。特別に講義してア・ゲ・ル」
お願いします。
キャリーと2人で会議室に入る。
ナタリーは、全体的には細いのに、出るべき処だけ出てるマーベラスな体型。
一方キャリーは、身が詰まってぱんぱんに張り詰めた感じなのに、ウエストや足首なんかは細いというファンタスティックな体型。
どっちも大好物です。
できれば、ぴっちりしたYシャツにタイトスカートで、個人授業してほしい。
迷彩服姿なのが残念だが、張り詰めた部分は少々サイズが合っておらず、それはそれでご褒美です。
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「古代ヨーロッパでは、地域ごとに都市が発達して、ある都市は競争に敗れ、ある都市は合併されていったわ」
キャリーの身体も、部分ごとに発達してます。俺の心の中では、理性と本能が競争して理性が敗れそうです。
「さてココに」
とキャリーは、自分の右の迷彩服を突き上げてる膨らみを指す。
「自殺を罪としてる都市があります」
うんッ、ある!
「コッチには」
と左ポケットが弾けそうになってる部分を指す。
「自殺を許してる都市があります」
あるねー、あるよー!
「飢饉や戦争など、悲しいことや苦しいことも起きます。そんな時この2つの都市は、どっちが人口が多くなるでしょう?」
どっちも欲しいです!
あ、いや。
自殺を罪としてる都市?
悲しい時も苦しい時も死なずに生きようとするから。
と、俺はキャリーの右胸を指す。
「正解!」
キャリーは俺の手を掴み、右のむっ…むねっ!
やーらかかった!
「左の都市は右に比べ、小さくなってしまいます」
いや、それはイカン!
おっぱいは大きさもさることながら、左右のバランスも大事だ。
こんな奇跡のバランスを保ってるキャリーの左おっぱいが小さくなるなんて、許せません。
「もしくは右の都市に支配または影響され、自殺が罪と教えられて人口が増えます」
それならバランスが保てる。それがヨイ。
「様々な思想・文化が発生し、戦ったり飢饉が起きたりして、次第に有利な"自殺が罪"という都市が多くなります」
両方のおっぱいと、お尻、太ももまで、自殺が罪という都市になってしまった。
自殺を許す都市はもう、おヘソだけだ。
えーと、それって。
自殺を許す文化を持ってた都市は、滅びてしまったってこと?
「そう、もうココだけ」
おヘソの部分も、そこはそこで捨てがたい。
でもやはり、自殺が罪の部分が優勢だ。大いに優勢だ。
「多くの人が"自殺は罪"と思うなら、それに沿った宗教が広まりやすいわ」
急に雰囲気が変わった。
「自殺は罪じゃない、そういう宗教や社会もあったと思うわ」
でも、とキャリーは言う。
「そういう社会は競争に負けて、全て滅びてしまった」
だから、現代の日本も"自殺は罪"という社会になっている。
そうキャリーはウインクして、講義を締めくくった。
なぜ自殺が罪なのか、そこの部分は何か詭弁で誤魔化された気がする。
だが、ぶっちゃけそこはどうでもヨイ。
キャリーは素晴らしい先生だ!




