第七圏 暴力の迷宮2 -松倉-
地獄の第七圏、隣人の環。
他人に対し暴力を振るった者が落とされる地獄。
そこには、煮えたぎる血の河フレジェトンタが流れているという。
その通り、地下7階の狭い通路の外は、煮えたぎる血の河が流れている。
もし通路を踏み外せば大ヤケドだ。そして気持ち悪い。
サンプルを解析したところ、本当に血液だったらしい。
「大丈夫だ。煮沸消毒しているようなものだから、病原体が居ても無害化されている」
そういう問題じゃナイよ、劉さん。
通路の所々に玄室があり、その扉を開けると怪物が現れる。
最初に米軍と来た時には驚いた。
衣を纏い、頭を剃り上げた怪物が現れたからだ。
僧侶じゃない。お坊さんだ。
あの攻撃はエグかった。
『ir-leven-kiuɑ』
聞き覚えが無い詠唱が響き、途端にカークが膝を付いた。
マッコイとスコット、代わって前衛に出た俺が攻撃し、キャリーが回復呪文を使う。
後で聞くと、カークはかなりギリギリだったらしい。
お坊さんの攻撃力、侮りがたし。
織田信長が攻撃したのも仕方ない。いや、違うか。
その後、遭遇する怪物は侍に忍者、修験者みたいのも出てきて魔術師の呪文を使った。
和風である。日本式である。時代劇である。
他人に対して暴力を振るう地獄が日本風なのは、どういうことか。
日本は平和な国じゃ無かったのか?
箱から出る武具も和風。
結果、ナツの装備がやけに充実した。
一方、隊長の装備。これがまた、なんともはや。
地下7階で最初に見つけた、いかにも"呪い、かかってます"って長剣。
コレを装備しちゃってる。
ラボによると装備しても害は無いらしいが、怪しい。
とても怪しいのだが、破壊力は抜群である。カークの"フードプロセッサー"より威力がある。
俺は心の中で、"悪魔の剣+3"と呼んでいる。
実は、怪物を倒す都度に激痛が走り、次第に心身が怪物化していくんじゃない?
「いや別に。装備すると、どの剣よりしっくり来る」
隊長、実は腹黒な可能性が高まっている。俺の中で。
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隣人の環の探索は、ほぼ終わった。
ほぼ、というのは目の前の細い通路の向こうに、最後の未探索領域が残っているからだ。
なぜ探索しないかと言うと--
「あの鎧兜、実は置物じゃないですかね?」
「そんなことは無いだろう。アレは怪物だ。それも相当強力な」
その領域には、九曜の星を描いた幟が立ち並び、鎧兜姿の侍が何人も微動だにせず立っている
真ん中には、椅子に座った鎧兜が居る。
コイツがまた、只者じゃない感、満載である。
「幟に描かれた家紋、兜の立物から見て、松倉氏ね」
誰ですかそれ。
「元は筒井氏の家臣よ。本能寺の変で、洞ヶ峠の日和見を提案したと言われているわ」
さすがミズ、歴史学の教授。なるほどわからん。
「島原の乱で、幕府側の総大将でした」
島原の乱は知ってる。キリシタンが幕府と戦ったヤツだ。
さすがタダ、日本史専攻。わかった気がする。
「それは松平氏よ」
さすがタダ、二留決定。わかってない。
「松倉重政・勝家は、島原の乱の原因を作った藩主」
あ、でも関連はあったのか。
タダ、惜しかったぞ。来年は頑張れ。
「キリシタンだけではなく、年貢を納められない農民を拷問し、処刑したわ」
うわー
「最期は、島原の乱の責を問われて斬首」
侍って、切腹じゃないの?
「切腹すら許されなかったわ」
極悪人ですな。
で、ひょっとして向こうに居るのが、その極悪人の霊?
「そうなら、隣人の環に相応しいわね」
隣人に対する暴力の限りを尽くした人物。しかも霊。
戦いたくねー
「タダは前衛の大将に、ミズは後衛の侍達に"沈黙"を」
隊長が指示する。
「トウは"大滅"を、コウは"大壁"の巻物を使え」
了解。
「ナツは"火雨"を後衛に、自分は剣で藩主を」
持てる装備で最大の攻撃を行う。俺だけは防御呪文だが。
後は南無八幡大菩薩、わが命を護り給え。
なむなむ。
通路を走り、領域に飛び込む。
同時に巻物を広げる。
『lá-muur-ɔː』
「ir-stem」
続いてタダの詠唱が響き、藩主は沈黙した。かも。
その大将に、隊長が"悪魔の剣+3"を構え、突っ込んでいく。
「tʃ-hi-concentração」
ナツの詠唱が聞こえ、後衛の侍達が炎に包まれる。
「ir-stem」
ミズの詠唱。
「ɔː-zái-ir」
最期にトウが詠唱し、敵全体が光に包まれた。
斬ッ!
光と炎が断ち切られた。
藩主が振り下ろした刀に拠って。
振り下ろされた刀が翻り、隊長に向かって振り上げられる。
盾で刃を止める隊長。だが、止まらなかった。
隊長の体重、更に装備の重量、計200kg超を物ともせず、刃は隊長を吹き飛ばした。
『tʃ-hi-concentração』
人ならざる者の詠唱が響く。
俺達は劫火に呑まれた。
「ir-krassen-ɔː」
「ir-krassen-ɔː」
回復呪文が一方は隊長に、もう一方はトウに唱えられる。
「ɔː-zái-ir」
再度トウが全体攻撃呪文を唱える。が、藩主には効果が無い。
侍達には少し効いてるようだが、まだ倒すには至らない。
俺とナツが侍を抑え、隊長が藩主を抑えようとしているが、特に隊長がヤバい。
隊長が1回攻撃する間に、藩主が3回は攻撃する。
長くは保ちそうにない。そして、隊長が倒れれば、戦力バランスは崩壊する。
だが俺もナツも、侍からの攻撃を捌くだけで手一杯。
ミズ・トウ・タダの後衛達の魔法は効かない。
ぶっちゃけ打つ手ナシ。ジリ貧だ。
視界の隅で藩主が間合いを取り、盾ごと断ち切る勢いで剣を振り下ろした。
盾を斜めに構え、勢いを逃がす隊長。
だが態勢を崩し、盾も手から離れる。
藩主は再び剣を振りかぶる。
「ir-leven-kiuɑ」
突然、藩主が膝を付いた。
その首を目掛け、剣が伸びる。
態勢が崩れ、まるで力が入っていない突き。
だが、兜と鎧の隙間に刃が入り込み、藩主の首が宙を舞った。
「責て長門守殿へ一通之恨申畢」
土に還る前の一瞬、藩主の視線を捕らえ、ミズが薄く嗤った。




