第一圏 辺獄の迷宮4 -勧誘-
「状況を終了する」
洞窟に細川さんの声が響く。
周りには迷彩服を着た大勢の自衛官。
--助かった。
ふらふらと、明るい外に向かい歩いていく。
太陽だ、日の光だ。外ってすばらしい。
と、いきなり物凄い重量が乗っかってきて、地面に崩れ落ちる。
何だ? 子泣き爺ぃか?
じたばたと転がり上を向くが、誰もいない。
「外に出る前に、装備は外さないと」
眼鏡男が言う。もうローブは着ておらず、迷彩服姿だ。
彼に手伝って貰い、装備を外す。
先ほどまで意識してなかった革鎧や盾、それらはまるで鉛ででも出来ているかのように重かった。
眼鏡男が手伝ってくれて革鎧を転がしていく。
と、急に軽くなる革鎧。
なぜだ。
やっぱり子泣き爺ぃが憑いてるのか?
他の自衛隊員が引きずって来てくれた装備を持ち上げ、軽トラに乗せる。
俺の右から褐色の手が伸び、西洋甲冑の兜を荷台に置いた。
褐色の手は迷彩服と甲冑につながり、背の高い若い女性の顔につながっていた。
自衛隊にも美人はいるんだなー
そう見惚れていたが、突然気付いた。
誰?
これ誰?
状況を整理する。
1. 6人の内、3名が西洋甲冑を纏っていた。遺体の"彼"は兜だけだが。
2. 3名の内、1人は細川さんでもう1人が遺体の"彼"、最後がロボ
3. 右の美人さんは、細川さんではなく遺体でもない
結論を述べる。
ロボ?
この美人があの不気味なロボ!?
呆然と立ち尽くす俺をギロッと睨むと、ロボの中の人は奥の方に向かって行った。
「益田さん」
衝撃を隠せない俺に、細川さんが声をかける。
既に細川さんも迷彩服姿だ。
「色々ありましたが、無事に帰って来れました」
無事?
無事なのか?
2名も死んだのに。
「今回の件に関し、司令よりご説明します。ご同行を」
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プレハブの建物に、司令室があった。
俺の目の前には、机に座った司令官。
俺の左後ろには若い自衛官。
「お体はご無事ですか?」
司令官の声は、朗々たるバリトンだった。
「ほぅ」「なるほど」「そうでしたか、それは大変でしたね」
司令官の合いの手に乗せられ、気付くと俺はバイクごと落ちた後のことを全て話していた。
あれ、元々は説明を受けるために来たんじゃなかったっけ?
だが、全ての話を終えると、司令官は言った。
「ふむ、既に貴方は、我々とほぼ同じだけの情報をお持ちだ」
へ?
いやいや、何言ってるんですか。何も知りませんよ分かりません。
「我々も、ほとんど解っていないのですよ」
数ヶ月前、山崩れが起きて洞窟が現れた。
付近の住民が洞窟の中に入ってみると、それっきり失踪した。
地元の警察官が洞窟内の捜索に赴いたが、同じく失踪。
レスキュー隊が向かうも、洞窟内では無線等が使えなくなることが判り、一旦撤退。
「色々ありまして、我々にお鉢が回ってきたわけです」
様々な分隊を潜らせ、科学者を呼び、調査したそうだ。
「あの中では、銃器や電子機器が使えません」
火薬はゆっくりとしか燃えず、スマホは電源が入らず、懐中電灯も点かないらしい。
「更に、貴方も遭遇した怪物が居ます」
いったい中で何が起きているのか、暗中模索五里霧中らしい。
「あの怪物どもを、外に出すことはできません。決して」
確かに、そんな事になれば大惨事だ。
「一方で、現代科学を超えた文明が眠っている可能性があります」
俺以外の6名が、何処からあの通路に入ったのか。
瞬間移動
何らかの方法で、瞬間移動が実現されてる。そう考えなくては説明が付かないらしい。
装備の重量変化もそうだ。外では数10kgある武器や装備が、迷宮内では軽々と持ち上げられる。
現代科学では説明できないことが山盛りらしい。
「米軍の協力もあり調査を進めています。しかし」
と司令官は俺と目を合わせる。
「本件については、彼の国ではなく我が国が主導権を取りたい。そう思っています」
そりゃ日本国内のことだし、そうだろう。がんばれ自衛隊。
「貴方の協力を得て」
ん?
ちょっと待って。最後の一言。
何、何で俺?
「貴方は、解錠の技能をお持ちだ。我々が持たない、我々が必要とする技能です」
いや、いやいや、ダメそれ。ゼッタイ。
あんな危険な場所、どんな条件出されても二度と行きたくない。
苦しみながら死に行くミズさんの姿は、今も瞼の裏に残っている。冷たく力無い身体の感触は、まだ背中に感じられる。
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「ちょうど今から始めるようです」
俺は司令官と一緒に、洞窟入り口にあるフロアに来ている。
フロアは様々な装置が置いてあるが、そのデザインはどう見ても日本製じゃない。いや、人類の物ですら無いかもしれない。
フロアの中心には大きなカプセルがあり、そこにミズさんの遺体が安置してあった。
白衣を着た科学者っぽい人々が、忙しそうに動き回っている。
それぞれメモを取ったり、写真を撮ったり--ん?
「フィルムを使ったカメラは、使えるんですよ」
なるほど。
科学者達の動きが落ち着く。
ミズさんの前に立つ白衣の男が、手を挙げる。
「lá-leven」
光が溢れた。
ひゅうぅ…
誰かが息を吸う音が響く。
誰か、じゃない。ミズさんだ。
死んでいたはずの彼女が、息を吸い込んでいる。
すかさず白衣の男が、彼女の口元に呼吸器を近づける。
彼女の手が震え、持ち上がり、呼吸器を持つ。
そんなバカな…
思わず声に出していた。
タダ君が近寄り、涙ぐみながらミズさんの手を取る。
ミズさんの微笑みを見ながら、俺は腰を落としていた。
腰が抜けたのだ。
そんな俺の視線をミズさんが捕らえ、
彼女は静かに微笑んだ。




