第六圏 異端の迷宮7 -唯人-
動けるなら、ちょっとラボまで来てくれ。
医療棟で寝てた俺に、劉さんから伝言が有った。
まだフラフラするが、行けなくはない。
ラボ内の医務室で、白衣姿の劉さんがベッドに付き添っていた。
ベッドの中には、点滴を受けているナタリー。
ナタリーの顔は蒼白で、頬には涙の跡がある。
「彼女は地下6階で…一種の麻薬を使った」
なんだって!?
「地上に戻り、拮抗剤を投与するまで感情を封じる薬だ」
私が言ってやるのはここまで。後は自分で言いな。
そう言って、劉さんは席を立った。
何故そんなことを。そんな思いを、俺の目から読み取ったんだろう。
「誰か1人は正常な判断力を持ってなければ、還って来られない」
ナタリーはそう呟く。
そのために俺が居たんじゃないか。
「貴方では戦略的判断が出来ないでしょ」
震えながらウィンクされても、魅力的に見えない。
「それに切り札は自軍の者じゃないと、ね」
あの若造が日本側の最終手段なら、ナタリーは米軍側の最終手段。
これでダメなら後がないスペードのエース。
「ここでのことは他言無用でお願い」
切り札の限界は、余人に知られてはならない。
切り札を頼りにしている人々の心が、揺れてしまうから。
だから、彼女は超人でなくてはならない。
限界など無いように、振舞わなくちゃならない。
ナタリーがスペードのエースなら、俺は何だろう?
そんな軽口を叩きながら、俺は差し出されたナタリーの手を握る。
「そうね、貴方は黒札にも赤札にもなる、変わり身の早いジョーカー」
戦力的にはクラブの2な気もする。
急に手を引かれ、ナタリーの上に倒れこむ。
ベッドに手を突き何とか衝突は逃れたが、胸と右腕にナタリーの大っきな胸があた、あた。
首に手を回され、更に引き寄せられる。
これはもう、行っちゃって良いよね!
ちゅーとか、それ以上のオコナイしちゃって大丈夫だよね。
最後まで行っちゃってイイんだよね!
さようなら清らかな日々。
俺は今、魔術師の道を捨てるぞ!
だが、ナタリーの背中に回した腕。俺の首に背中に回された冷たい手が、容赦なく伝えてくる。
ナタリーの震えを。恐怖と後悔を。
超人なんかじゃない、唯人のナタリーを。
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「ヘタレ」
ナタリーが眠った後、痺れた腕を揉みながら医務室を出た俺に、劉さんが言う。
つか聞いてたのかよ!
「大丈夫、話し声は聞こえてない。ベッドの上で動けば振動は伝わるがな」
ここもプレハブ作りだからなー
って、そこまで見届けるつもりだったのかよ!
益田浩二38歳独身。
清らかな身体のまま40を迎えたくない、今日この頃である。




