第六圏 異端の迷宮5 ー再開ー
天然痘はヤバい。
べらぼうにヤバい。
至急ウイルスの有無を調査し、可能ならばこれを排除せよ。
そんな命令が下ったらしい。米軍に。
政府と自衛隊上層部は揉めてるらしい。
あの子は日本人では無いと決定したが、次は保障できない。
そもそも、日本人じゃないと会議で決定しただけで、事実は闇の中だ。
天然痘のリスクは避けたいが、自衛隊が日本人を殺すリスクも避けたい。
直ぐには方針が出ないだろう。
だが、そんな時はサイコロ投げてでも決めろ、と言いたい。
それがお前らの役目だろう。
会議してる間に米軍が何とかしてくれないかなー、とか思ってるんじゃあるまいな。
「明日、地下6階を探索する」
カーク隊長が言った。俺に。
えー米軍だけで何とかしてくれないかなー?
喉まで出かかったそんな言葉を、俺は無理矢理飲み込む。
「米国ではワクチンを備蓄しているが、十分な量はーー」
行く。
カークの言葉を遮って俺は言った。
「大丈夫なのか?」
大丈夫ない。
だが多分、迷宮に入ればちゃんと戦える。戦えてしまう。
シモンさんが言った「”盗賊”の力」で、躊躇うことなく戦えてしまう。
後悔するかもしれない。
迷宮から出た後、俺は泣くかもしれない。
その時は、ナタリーの胸の中で泣かせて欲しい。一度で良いから。泣くだけだから。
だが行かなきゃ、せめて見届けなくちゃいけない。
明確な理由は無いが、強くそう思った。
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「すまんッ」
営舎の相部屋に入った俺に、隊長が頭を下げた。土下座で。
隊長が謝る事じゃない。俺が勝手にやる事だ。
そういう事にする、と司令からも言われた。さっき。
俺は独断で米軍パーティに参加した事になる。
迷宮内で遭遇し、俺が殺害した者が日本人だった場合、それが自衛隊の命令だったらオオゴトだ。自衛隊存続の危機だ。
だから、俺は待機命令を無視して米軍パーティに参加した。そういう事にされる。
地下6階の探索後、俺は営倉入りになる。
今、分屯地の隊員総出で営倉を清掃中だ。
隣の房には、綺麗ドコロの女性自衛官が入ってくれると、噂を聞いた。
だから、隊長が頭を下げる必要なんて無い。
俺の知る限り、自衛隊は一度も人を攻撃しろと、引金を引けと、命令を出した事は無い。
常に人を護り、救う命令だ。
さっきはサイコロ投げてでも決めろと思ったが、だからって攻撃命令を選んでもらっては困る。
綺麗事と言わば言え。俺は、自衛隊はそれで良い、そうであって欲しいと思ってる。
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迷宮の入口で装備を着ける。
カークが妙な道具を装備している。剣の持ち手にバカでかい柄、そこから延びる5本の刀身。
地下4階で忍者を倒した後、見つけた剣?だ。
隊長もナツも振れなかったが、カークは扱えるのか。つか使い物になるのか、それ?
「ラボによれば、相当な威力があるらしい」
へー
今日は、カーク、マッコイ、俺、キャリー、ナタリー、マークという布陣だ。スコットは見送りに来てる。
まぁ見送りに来てるのは、スコットだけじゃない。
陸自隊員の諸君、仕事は良いのか?
洞窟中スシ詰めになっちゃって、まぁ。
サボって営倉入りになったら、俺の入る場所が無くなるぞ。
最前列に陣取るナツの目が俺を捕らえる。
俺はわざとお気楽に見えるように、ひらひらと手を振った。
「始めようか。Let’s Rock!!」
「YEAH!」
やえー
いつもの掛け声で、米軍パーティは迷宮に入った。
地獄門を潜った瞬間、俺の中で”盗賊”の心が目覚める。
気分が軽く、いや気分という重みがなくなる。
シモンさんの仮説は正しい。そう確信する。
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地下4階で、革鎧を纏った人型4体と遭遇した。
踏み込みながら小剣を抜き、切り上げる。
防御体制になった人型の、盾と鎧の隙間を小剣で貫く。
反撃が来る前に人型から離れると、カークの戦いが視界に入った。
カークが剣?を突き立て、押し込むと、5本の刀身が凄い勢いで回転し、盾ごと人型をミンチにした。
なんだアレ。
あっという間に戦闘が終わった。
カークの剣?は無いわー
アレは無いわー
「この剣に"フードプロセッサー"と名前を付けよう」
いやそれ剣の名前じゃナイから。
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地下6階。
『神曲』によれば、"肉体と魂は不可分"という異端の思想を持つ者が堕ちる地獄。
あの子と遭遇した場所。
肉体と魂が不可分なら、あの子の魂は滅んでいる。俺とナツが滅ぼした。
「コウ、大丈夫?」
ナタリーが俺を気づかってくれる。
大丈夫ない筈なのに、大丈夫なんだ。
此処で、この場所で嘆くことが出来るなら、後悔に打ちのめされるなら、心の重荷を少しは降ろせるだろう。
だが、それは今の俺には出来ない。
と、視界に白い姿が入る。
盾と剣を構え、待ち受ける。
怪物だ。おそらく人間の怪物だ。
奴らが逃げるなら、避けるなら、米軍は追わない。
だから逃げてくれ、避けてくれ。
だが襲い掛かってくるなら、もしそうならば、敵だ。
俺の願いは叶わなかった。
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俺たちの通った後は、屍が累々と横たわっている。
戦闘の都度、ナタリーが死者の血液サンプルを採取していた。
ナイフで服を切り裂き、機械式カメラのシャッターを切る。
顔色ひとつ変えずに。
彼女のバックパックには、サンプルとして3人分の頭部が入っている。
ナタリーは違う。他の者は、カークですら感情を隠し切れていない。
だが彼女は、彼女と俺だけが平静だ。
俺は"盗賊"の心が、半ば強制的に平静を保たせている。
だが彼女にそんな力は無いはずだ。彼女は"魔術師"なのだから。
彼女は一体、何者だ?
「そろそろ呪文残数が少ないわ。今日は引き上げるべきと思うけど?」
ナタリーの言葉にカークが我に帰る。
「その通りだ。皆、引き上げるぞ」
カークの瞳には畏怖の色があった。
他の者の瞳も似たり寄ったりだ。
ただマークの瞳にあった色、あれは"恐怖"だ。
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迷宮の出口で、俺たちは腕から血液サンプルを取られた。
血液内に天然痘ウイルスが居るかどうかを確認するためだ。
もちろん、ナタリーが持ち帰った血液サンプルも、同じ検査を受ける。
「何れのサンプルからも、ウイルスは検知されなかった」
劉さんが厳かに告げ、俺たちは洞窟から出ることを許された。
「宴会と行きたいところだが、今日は皆疲れている。また今度にしよう」
うム、俺も貧血でブッ倒れる一歩手前だ。また今度にしよう。
そして俺は洞窟の出口に向かって一歩踏み出し--
貧血でブッ倒れた。
ちなみにカークが言う"フードプロセッサー"、メーカは勿論「クイジナート(Cuisinart)」社。




