第六圏 異端の迷宮4 -告解-
「私のことはシモンと呼んでください」
従軍牧師だというその男は、日系らしく見た感じ日本人。
日本語も違和感ナシ。だが、母国語は英語らしい。
「ナタリーをはじめ、皆、貴方のことを思っています。元気付けてやってくれ、と言われました」
じゃぁ顔見せてくれれば良いのに。
「状況が状況ですので、許可されたのは私だけです」
まぁ、天然痘の疑いがあれば、仕方ないか。
シモンさんとの会話も、気密を保つためのビニール越しだ。
「迷宮内でのことを、話して頂けませんか?」
正直、あまり思い出したくない。
だが、誰かに聞いて欲しかったんだろう。不安を。
俺の心が、壊れ始めてるんじゃないかってことを。
人を刺したことはショックだ。
天然痘は恐ろしい。
でも一番気になるのは、迷宮内での俺の心と行動だ。
何の逡巡も躊躇いもなく、俺はあの子の首を刎ねた。
あの子の中身は、怪物だったかも知れない。
だが俺の中身も、怪物に変わってるんじゃないか?
シモンさんは、黙って聞いてくれた。
あの子の首を刎ねた話をした時も、彼の表情は少しも変わらなかった。
それがちょっと、ありがたかった。
「板倉夏海--ナツさんともお話をしました」
そうか、彼女は大丈夫なのか?
「斬った時に手ごたえがあった。貴方が刺した子は、既に遺体だった。そう貴方に伝えてくれ、と言われました」
ナツはそれより自分のコトを心配しろ。
考えてみれば、ナツが大丈夫かどうかは、シモンさんに聞くようなことじゃない。
こんなビニール越しの会話より、俺はナツと触れ合い、話し、どれほど彼女が危ない状態か分かっている。つもりだ。
話が途切れた時、シモンさんが言った。
「私は従軍牧師ですが、ラボでは生物学者です」
そだったの?
少し意外。
悪魔騒ぎの時、劉さんから聞いたことがある。
キリスト教は進化論を否定してるんじゃなかったっけ?
「それは一部の宗派です。私は違いますよ」
へー
「科学と信仰は両立できます」
そんなものか。
「で、これからは牧師としてではなく、学者としての言葉と思ってください」
迷宮に入った者は、それぞれ専門の職種になる。
戦士、僧侶、魔術師、そして盗賊。
盗賊は、特に謎が多いらしい。
「カークが貴方の腕を誉めてましたよ」
シモンさんは言う。
「前任者が10分以上かかっていた解錠を、数秒で行うと」
ほう。
さすが俺。
だから最初に解錠した時、米軍パーティの反応が変だったのか。
「前任者は、特殊部隊で解錠を指導している者でした」
解錠の指導者?
それも特殊部隊の?
そのワリに10分もかかるとは、腕がナニだ。
まぁ、俺の腕が良すぎるのかも知れん。エヘンえへん。
「多分、彼の腕は世界でもトップレベルでしょう」
つまり俺の腕は、世界でも類を見ないほどであると。
いやーそれほどでも。
「だから、彼より早く解錠できる一般人などありえない」
「貴方が、何処かの国から送り込まれた特殊工作員ではないか、そう疑いました」
いやちょっと待って。そんな事無いって!
「ですが調査した結果、その可能性はゼロです。貴方には何の特徴もありませんでした」
いやちょっと待って。そんな言い方ってナイ!
「だから私は考えました。貴方の解錠には、"盗賊"の力が関与していると」
へ?
待て。
前任者だって、"盗賊"だろう。
「彼は"盗賊"ではありません」
なぬ?
「"戦士"ほど武具は使えませんが、彼は日本的な刀や鎧兜が装備でき、簡単な魔術師系呪文も使えました」
それは、カツと同じだ。
「我々は、"侍"と呼んでいます」
迷宮内に入った者の能力は、体内のナノマシンが与えている。
体内に入ったナノマシンは、人により何種類かに分化し、独特な力を与える。そう考えられている。
"戦士"が持つ、武具を思い通りに動かす力。
"僧侶"が持つ、人や怪物の体内にあるナノマシンに働きかける力。
"魔術師"が持つ、大気中に浮遊しているナノマシンに働きかける力。
「"侍"は、"戦士"と"魔術師"のナノマシンを体内に持つと考えています」
2種類の力を使えるが、体内のナノマシン濃度が低いため、各々の能力は低い。
「"侍"しか使えない武具があるのは、未だ原因不明ですが」
だがそうすると俺は?
「貴方は謎の存在だった。だから米軍としては是非とも観察したかった」
ん?
よもや。
俺の脳内にイヤな想像がよぎる。
全て、仕組まれていたのではないか。
"盗賊"が、どういう存在なのか知るために。
「逮捕者は通常、従軍牧師に告白の機会を与えられます」
だが、前任者の逮捕後、シモンさんは彼の姿を見ていない。
「前任者が逮捕されたにも関わらず、パーティの士気は下がってません」
つまり、カトーはロシアや中国のスパイなどでは無く、俺を観察するために米軍が失踪したように見せてる。かも。
そしてナタリーの積極的な行動も、俺を観察するためにやってる。かも。
くすん。
考えてもみて欲しい。
特に裕福でなく極端に高い能力もない平凡な俺に、ボン・キュ・ボンの金髪美人が積極的な行動を取っている。
コレはひょっとして、俺に気があるんじゃなかろうか。
そう思っても仕方ないよね!
「そこは私にはなんとも」
シモンさんは言葉を濁す。
言葉は濁しているが、目は残念な人を見る目だ。
聖職者として、それは如何なものか。
「そちらは兎も角、"盗賊"の力は仮説があります」
む。
聞かせて欲しい。いや、なんかヤな予感するからムリにとは言わない。
「是非、聞いて頂きたい」
「金庫などの解錠と異なり、迷宮内の箱には罠が仕掛けてあります」
そう。毒針やら爆弾やら、色々仕掛けてあった。
「そんな箱を、普通の精神状態で扱うことはできません。どうしても手が震え、冷静な判断ができず、普段の能力は発揮できないでしょう」
まぁそうだな。
いや、ちょっと待て。
俺はそんなこと無いぞ。
「それが"盗賊"の力だと考えられます」
脳の役割は、神経細胞の電気的な活動だけじゃない。
各種ホルモンの放出という役割があるらしい。
それが感情の源泉だ、とシモンさんは言う。
「実際には、それらホルモンが心臓の鼓動、内臓の動き、汗腺などを制御し、それが脳にフィードバックされて感情となります」
まぁ、つまりは感情は脳が生み出しているという事だ。
「高ストレス下でその感情、感情を生み出すホルモン放出を抑える力、それが"盗賊"の力だと考えられます」
だから俺は、平常心で箱を解錠できるらしい。
でもそれ、他の人の力に比べてショボくない?
だが、と俺は考え直す。
確かにショボいかも知れないが、それで説明は付く。
俺の心が壊れているのではなく、迷宮内では俺の感情がナノマシンにより抑えられている。そうであれば、出入り口を超えた途端、感情が襲ってきた説明がつく。
それは、俺の不安をちょっと薄めてくれた。
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面会室から出た俺を、タダが待っていた。
俺宛ての手紙を預かってた、と封筒をくれた。
中身は米軍パーティからの手紙だった。
カークからは勇気付けられる言葉を、マッコイからは希望が持てる言葉を貰った。
スコットは、俺が英語読めないことくらい察して欲しい。
従軍牧師を送り込んだのは、キャリーだった。俺を元気付けるなら、もっと別の方法を考えて頂きたい。
マークが描いてくれた"心を落ち着けるポーズ"は、身体が固くて出来ない。
そしてナタリー。
情熱的な言葉の最後にキスマークは卑怯だ。
これはもう、俺に気があるに違いないよね!
"最初に解錠した時の変な反応"については、「第四圏 貪欲の迷宮5 -米軍-」参照




