第六圏 異端の迷宮3 -感染-
天然痘をご存知だろうか。
ウイルスによる病気で、死亡率は2~5割。ただし全く免疫が無い場合9割に昇る。
そして感染力は絶大。
1年間放置したカサブタでさえ、感染力を持つ耐久性。
ただ、あまりに致命的な病気であるため、全世界が協力して撲滅に成功した。
時に西暦1980年。天然痘ウイルスは撲滅が宣言され、今や世界のほぼ全ての人が免疫を持ってない。
つまり、もし流行したら人類は一発終了。
潜伏期間は1~2週間。それだけの時間があれば、感染者は世界中の何処にだって行ける。
全世界で大流行が起き、人類の9割が死ぬ。
数世代を経ずして、人類は原始時代に戻るだろう。
文明に必要な金属、石炭、石油。それらは、取りやすい処は取り尽くしている。
文明再興は困難だ。
正直、核兵器が玩具に思える凶悪さだ。
そのウイルスが、俺達の体内で着々と活動していると?
「米軍に協力して貰い、我々全員にワクチンを接種した。分屯地内の人々も順次接種中。大丈夫だ、多分」
劉さんが自分に言い聞かせるように言う。
実はヤバいんじゃね?
そんな事はとても聞けない。
「お前の持ち帰ったサンプルは、天然痘の抗体を持っていた」
つまり天然痘に感染していたと?
「その可能性が否定できない」
可能性というコトは、感染してなかった可能性もある?
「実は彼女が天然痘の研究者で、事前にワクチンを打っていたなら」
あんな子供が、そんな恐ろしい研究してるワケがない。
殺人者となった衝撃と、自分が死ぬかも知れないという衝撃が合わさり、何かどうして良いのか分からない。
「とりあえず我々全員、この病院棟から出ることは禁止だ。分屯地の全員は、分屯地外への外出を禁止」
幸か不幸か人里離れた山奥だ。隔離は可能だろう。
「逃げ出そうなんて考えるなよ」
部屋を出がけに劉さんは言った。
「天然痘の大流行を防ぐためなら、米軍は核攻撃も辞さない」
いや、と劉さんは首を振る。
「私自身、天然痘を解き放つくらいなら、核の炎に骨まで焼かれた方がマシだ」
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にー
おや、ワガハイじゃないか。
なぜ屋内に?
つか、天然痘に感染したらヤバいんじゃないか?
「大丈夫。天然痘は、その子には感染しないって」
それは良かった。
ところでナツ、と俺は彼女を見上げる。
大丈夫か?
目の下にクマさんが居るぞ。
先ほどまでは気付かなかったが、明らかにナツはやつれている。
「ここ3日、ちょっとね。あまり眠れなくて」
まぁ、あんな経験した後じゃ仕方ない。
俺も今夜は眠れるかどうか分からない。
「劉さんは、あの子の中身は怪物だったんだろうって」
どゆこと?
「普通の怪物は、土をナノマシンが動かしてる。アイツは、人間の身体をナノマシンが動かしてたんだろうって」
だから脳が成長していなかった。俺達は人間を殺したわけでは無い。
そう劉さんは言いたかったらしい。
「でもアレじゃ伝わんないよね」
そうだな。
ワガハイのモフモフした毛皮を撫でていると、不安も後悔も罪悪感も恐怖も、多少薄れる気がする。
ナツが隣に座り、ワガハイをモフる。
その内、モフってた指が止まる。
見ると、ナツは俺の肩を枕に寝息を立てていた。
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バキッ。ボキッ。ゴキッ。
ナツを起こすまいと同じ姿勢を取ってたら、肩が物凄くコッた。
風呂にでも入りたいところだが、この病院棟にはシャワールームしか無い。
そんなにまで尽くしたというのに鬼軍曹は、俺の肩にヨダレは垂らすわ、起きた後にギャッと叫んで俺を殴るわ、駆け出してどっか行っちゃうわ、ヒドいったらナイ。
「いいとこ有るじゃない、コウ」
廊下にミズが佇んでいた。
ミズは先ほど、俺の肩にヨダレを垂らしてるナツを見ている。
迷彩服をヨダレで汚され、情けない顔をした俺を見てウムウムと頷き、そのまま去って行ったのだ。
ナツがヒドい。俺がそう愚痴ると
「貴方がいつまでも起きなかったから、ナツが眠れなかったんじゃない」
と言う。
俺が起きるとナツが眠れる。
2人の合計睡眠時間は一定で、俺が気を失っていた間、ナツは眠れなかった。
これを睡眠時間保存の法則という。
そんな法則あるワケがない。
そう1人でボケとツッコみを入れてると、ミズは残念な人を見る目で、俺を見る。
ヒドい。
しかも「ナツも大変ね」とか言う。
むしろ大変なのは俺である。
ところでナツは?
「ベッドの中」
と、ミズは部屋の鍵を俺の鼻先にぶら下げる。
「コウの腕なら、これはいらないかしら?」
ご辞退申し上げる。
流石の俺も、ナツの寝込みは襲えない。そこまで命知らずじゃナイ。
それよりミズ、俺が検査受けてた時、怖い目で睨んでだけど、アレは何?
「もう貴方って人は、こんなはっきり言ってるのに…ま、良いわ」
何がもう良いのか判らんが、とりあえず許して貰えたらしい。
「あ、それから」
これ、とミズがカードを俺に渡す。
「米軍からのプレゼント」
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アナタハ神ヲ、信ジマスカ?
信じねー
俺の前には神父が居る。いや牧師だったか。
"米軍のプレゼント"
そう言ってミズが渡してくれたカードには、時刻と部屋番号が書かれていた。
もしや其処にその時刻に行くと、ナタリーがしどけない姿で居るんじゃないか?
「コウ、大変だったわね。揉んどく?」
おねがいします。是非。
そんな期待を胸に部屋に行ったら神父。いや牧師。
米軍は俺という男を判ってない。




