第六圏 異端の迷宮2 -殺人-
時が凍りついた、そんな気がした。
ナツが切り裂き、俺が胸に短剣を沈めた相手は、10台前半の少女の姿。
怪物でも無く、悪魔でも無い。
黒髪に見開かれた黒い瞳。日本人と思われる顔立ち。
後ろの方で、誰かが昼飯を戻す音がした。
俺は、俺の心は、異常だった。
パニックを起こして良いはずなのに、起こして当然なのに、起こすべきなのに、冷静に状況を判断し行動している。
まるで感情など存在しないかのように。
分隊員のショックを抑えるため、フードを顔に被せ、その子の顔を隠す。
隊長に呼びかけ、辺りを警戒して貰う。
ナツの頬を張り、正気に戻す。
何とか動けそうなミズに頼み、他の3名と一緒に後方を監視して貰う。
隊長だけに前方を監視して貰う。
そして小剣を振り上げ、俺はその子の首を刎ねた。
--
「状況を終了する」
隊長が告げる前に、俺は出口付近に座り込んでいた。
立ってられなかったのだ。
膝が、手が震え、冷や汗が止まらない。
頭の中はパニックで一杯だ。今頃になって感情が戻って来た。
なぜあんなことをやった?
あんなことが出来た?
切断したあの子の首は、今俺が担いでいるバックパックの中だ。
あの子が人間じゃない。せめて日本人じゃない。そうあって欲しかった。
それを証明するためには多分、頭部をラボに持ちかえらなきゃならない。
だから切断した。
理屈としてはそうなんだが、人間として普通出来ないだろ。
なのに俺は、何の逡巡も無くそれを行い、さっきまで平然としていた。
俺は、俺の心は、何かおかしくなっている。
視界の隅で隊長が劉さんに話しかけている。
劉さんが近づき、俺の背からバックパックごとあの子の首を取り去ってくれた。
それを最後に俺の視界は黒く塗りつぶされーー
つまり、気を失ったのだ。
--
目を開けて最初に見えたものは、蛍光灯だった。
営舎の普通の光景。
窓がある。
刑務所の中でも、牢獄の中でも、地獄でもない。
色鮮やかな彫刻でも、殺風景な石造りでも無い、普通の室内。
人間を殺したというのに、こんな普通に放っておいて良いのか?
俺は放っておかれたりしなかった。
ギンッ!
音がしそうな程に強い目をしたナツの顔が、視界に飛び込んできた。
「トウ! コウが起きた!!」
ナツが叫ぶと、あわてたトウの顔が俺を覗き込む。
やぁ。
ちょっと失神しただけだよ。そんな心配するな。
「お前なぁ、3日間も失神しといて"ちょっと"は無いぞ」
なにー
気付くと、身体のあちこちに管が付いている。
股間の大声では言えない部位にも、管は付けられている。
いったいこれは--誰が付けたのか。男だったのか女性だったのか、それが問題だ。
扉が開き、劉さんがやって来た。
珍しく白衣を着ており、こうすると医者らしく見えるから不思議だ。
劉さんの検査を受けてる間に、ミズが俺を見物に来た。
やぁミズ。
気軽に手を振ると、怖い目で睨まれた。
それまで嬉しそうだったのに。
隊長とタダも現れ、彼らは普通に喜んでいた。
ナツもトウも普通に喜んでるのに、ミズだけ変だ。
俺、ミズに何かした?
管を外され(劉さんに!)、シャワールームで身体や髪を洗い、軽い食事をしたところで分隊の皆と劉さんに囲まれた。
「良い話と悪い話がある。どちらを先に聞く?」
良い話だけ。悪い話は聞きたくナイ。
「そんなわけにはいかない」
「先ずお前が持ってきた少女について、説明しよう」
ちょっと劉さん、あなたデリカシー無さ過ぎ!
今も瞼の裏に浮かぶ、目を見開いたあの子の姿。
コトと次第によっては、俺は泣くぞ。泣いちゃうぞ。
「ヒトの女性、血液型はA型、日本人かどうかは分からんがモンゴロイド、年齢は10~20歳の間」
そうか。
血が集団で下に落ちる。
やはり俺は人を殺したのか。
身体に力が入らない。
悪魔が化けた人型だった。そんな願望は潰えた。
俺はこれから、普通に眠れる夜が来るんだろうか。
見開いたあの子の目。あの目を夢で観ない日はあるのだろうか。
そしてナツは、彼女はそれに耐えられるのか?
「ただ脳が、あまり発達してない」
?
「神経細胞が殆ど分化しておらずシナプスが形成され--ヒトの脳は生まれた後も成長するが、彼女の脳は成長しとらん」
劉さんの言葉は、途中で俺が理解できる言葉に変わった。
「脳だけ見ると、殆ど赤ん坊だ。動くこともままならんはずだ。本来なら」
だが、迷宮内では普通に動いてるように見えた。
「さて、次に悪い話だ」
ちょっと待って!
じゃ、今のが良い話だったの?
違うだろ、それは違うだろ。全然悪い話だろ、今のは。
「次の話は覚悟して聞け」
やだー。聞きたくナイ。
「お前は、いや私達は、天然痘に感染している可能性がある」




