第五圏 憤怒の迷宮4 -探偵-
「Mr.キース?」
「キースさーん」
迷宮内に監察官を呼ぶ声がコダマする。
日本側分隊も動員し、地下1階を捜索中だ。
監察官がキースという名であることは、司令から聞いた。
だが、迷宮では扉の向こうには音が通らない。
どっかの玄室に逃げ込んだ場合は、いくら呼んでも聞こえないのだ。
あ、日本側の声が消えた。
扉の向こう側に行ったな。
大声を出しながら迷宮を探索するなど、本来ならば自殺行為。
声を聞きつけ、怪物が頻繁に現れる。
ここが地下1階じゃなかったら、とても出来なかっただろう。
人数の都合上、俺は米軍側に居る。
米軍なら安心だ。
俺以外の各個人が強力な上、怪物が引けば追い討ちしない方針だ。
地下1階の怪物と米軍では力の差がありすぎ、多くの怪物は遭遇しても勝手に撤退してくれる。
更に、箱より捜索優先のため、俺の出番はほぼナシ
通常、日本側は右手法で、米軍側は左手法で探索している。
今回も、それで地下1階中を捜索することとした。
立体迷路や浮島みたいな領域が有るとこの方法は使えないが、地下1階はそうじゃない。どこかで監察官は見つかるはずだ。
地下2階に降りていなければ、だが。
扉が開き、閉まる。
玄室の中に見慣れた顔が居る。
言うまでも無く隊長以下の分隊だ。
向こうもこちらが米軍だと気付き、構えを解く。
間違って剣を振り下ろしでもしたら、大惨事である。
危ないあぶない。
あれ、監察官は?
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状況を整理する。
1.米軍側は右手法で地下1階の隅々まで探した
2.日本側は左手法で隅々まで探した。はずだ
3.米軍側も日本側も監察官を見つけていない
ふっふっふ。
俺には判った。判ってしまった。ダテに推理小説は読んでない。
不可能を除いた後に残ったことは、それがどれほど奇妙であっても事実なのだ。
ズヴァリ!
監察官は、未だ米軍側も日本側も探していないこの玄室に居る!
「この玄室は、自分達が隅々まで探した」
さいですか。
むー
ならば、監察官は地下2階に逃げた!
「それは無い。地下2階の危険性は、監察官に十分すぎるほど伝えてある」
さいですか。
先に出口に逃げたということもナイ。
地下1階の階段前から、米軍側と日本側は捜索を行っているのだ。
これは困った。
シャーロック・コウムズの信用、あやうしである。
「不可能を除いた後に残ったことは、それがどれほど奇妙であっても事実…か」
ミズが呟く。
あ、なんか皆の視線が痛い。
「こうしていても仕方ないわ。このまま捜索を続けましょう」
ミズがそう言ってくれ、俺はようやく皆の冷たい視線から解放された。
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「地下2階に降下する」
カークが言い出した。
いや、貴方さっき「それは無い」って俺の名推理を否定したじゃん!
「確かに、監察官が自分で行くことは無い」
カークが少しすまなそうな表情で言う。
「だが、他の誰かに連れて行かれた可能性はある」
他の誰か?
いや、俺の分隊しか居ないじゃん、それ!
「コウ、申し訳ないけど、私達は貴方達を完全に信用することは出来ないの」
キャリーが言う。
「貴方達の信仰は、あまりに異質だから」
キャリーの言葉は、カークの手振りで止められた。
俺の頭の中は?マークでいっぱいである。
俺達の信仰って、日本人は大概無宗教だよ。
ひょっとしてナツの家の"隠れキリシタン"のことか?
でもナツ自身は信仰してなさそうだし、そもそもキャリーがナツの家のことを知ってるとも思えない。
そして地下2階の階段近くを捜索したが、監察官は影も形も無かった。
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キャリーは間違っていた。
日本側の分隊は、そんなことはしていなかった。
そもそも、そんなことをするワケが無いし理由も無い。
出口に戻った俺達が見たのは、監察官が跪き、大げさな身振りでミズに感謝を捧げている姿だった。
「いったい何処に居たの?」
呆然と呟くキャリー。
ふっ、俺の思ったとおりだ。
分隊が監察官を地下2階に連れて行くワケは無い。
で、何処に居たの?
「さて皆さん。彼は何処に居たか判りましたか?」
名探偵、皆を集めて『さて』と言い。そんな感じで、ミズが言う。
「不可能を除いた後に残ったことは、それがどれほど奇妙であっても事実なのよ」
ヒドい!それ俺のセリフー。
「もし彼が普通に1人で彷徨っていたなら、私達か米軍、どちらかが見つけていた」
例え死体になっていても。と、ミズが説明する。
「そして監察官は私達から隠れる動機も方法も無い」
「だから、誰かに隠されていた。でもこの迷宮は一種の密室。居る者は限られる」
まぁ、入り口は自衛隊と米軍が固めてるからな。
「米軍側は隠す動機が無いし、私達が隠してないことは私自身が知っている」
ま、動機も無いし。
「残った可能性は1つ」
ミズは俺を見ながら微笑む。
「怪物だけ」
「監察官は、簀巻きにされて怪物に運ばれていたわ」
つまり、米軍パーティと遭遇し、撤退していった怪物の群れ。そいつらに運ばれてたらしい。
なぜ?
何故そんなコトすんの怪物!
「さぁ?」
ううう、何か悔しい。
なぜ俺ほどの男が、そこに気付かなかったのか。
屈辱感に震える俺に、シャーロック・ホーミズが言った。
「初歩的な事よ、ワトソン君」




