第五圏 憤怒の迷宮1 -禁魔-
日本側の分隊、米軍側のパーティ。両方に俺は参加している。
今日は日本側の分隊と迷宮に潜る日だ。
「お、コウモリが来た」
トウがチェシャ猫のように笑いながら言う。
ヤツは酷い男だ。
「今日は我々の味方として、明日は米軍の味方として、最後にはどちらからも敵になるという」
タダ、お前も乗るんじゃない!
「悲惨ねぇ、オッパイに心を売った男の末路は」
みみみミズ!もっと声を落として。
聞こえる、ナツに聞こえちゃう!
ギラリ!
兜の中からナツの双眸が光る。
怖ぇえっ。
「状況を開始する」
お遊びはここまで。
タダが防御呪文と視界確保の呪文を唱える。
今日からこちらの分隊も、地下5階に降りる。
あの階はちょっとヤバい。特にこちらの分隊にとって。
先日、米軍側のパーティとして地下5階に潜った。
地下4階の鍵が掛かった領域--米軍が全滅寸前になった領域は未探索だ。
日米双方とも、先に地下5階を探索し、強力な武器・防具を入手してから再探索する方針となった。
先日潜った際、地下5階で怪物と何度目かの遭遇した時、魔法が使えなくなった。
理由は判らない。
何時から使えなくなってたかも判らない。
幸いにして地下4階に戻ると、再び魔法は使えるようになった。
そのことは、もちろん日本側に報告済みだ。
ただ、それが判ってもこちらの分隊は対応がし難い。
米軍パーティは、魔法が無くても強力な前衛3人でごり押しできる。
一方こちらは、回復呪文で前衛をフォローしながら戦闘している。
隊長とナツには悪いが、個人としての火力も米軍前衛に劣る。俺の火力が低いことは、言うまでもない。
だから、魔法が使えなくなるのは痛い。とても痛い。
『ɔː-iki-saber』
そこで、米軍から道具を借りてきた。
トウが嵌めている指輪。これは、座標感知の魔法が何度でも使えるという優れものの魔道具だ。
米軍はこれがあるから、地下3階の迷路も迷わず探索できた。ずるい。
「ここでは使える」
トウが言う。
地下5階、階段を下りた場所だ。
米軍からは、魔法具を貸す替わりに、魔法が使えなくなる場所を探るよう言われている。
1ブロックずつ前進しては座標感知の魔法を使い、また前進する。
幸か不幸か、怪物とは遭遇しない。
幾度か扉を開け玄室に入るが、遭遇しない。
米軍が地下5階に滞在していた時間・時刻を過ぎた。だが未だ魔法は使える。時間的な制限ではないようだ。
「階段まで後退。その後、東方向に転進」
隊長が言う。
東方向、つまり米軍が向かった経路を辿るということだ。
おそらく何処かで、魔法が使えなくなる。
扉が開き、閉まる。
「ここでも使える」
トウが言う。
米軍が辿った道筋では、次は玄室だ。怪物と遭遇する確率は高い。
扉が開き、閉まる。
カサカサ、ガツンガツンと物音がする。と、巨大な蜘蛛が3体現れた。
その後方にも、何かが居る。
戦闘開始だ。
踏み込もうとするが、相手の手数が多い。
こちらに踏み込んできた蜘蛛の脚を斬り付ける。
ガインッ
硬ぇッ!
刃が弾かれ、その間に蜘蛛が接近する。
ゾンッ!
隊長の長剣が、蜘蛛の腹を貫く。
隊長の一撃は、蜘蛛を下がらせはしたものの、致命傷には至っていない。
「lá-muur」
ミズの詠唱が聞こえ、防御呪文が我々を覆…わない?
「tʃ-hi-concentração」
トウの詠唱が聞こえるが、火の矢は現れない。
此処が其処だ。魔法が失われる場所だ
蜘蛛の動きは素早く、退避は難しい。
後衛3名は魔法が使えず、武器も届かない。
蜘蛛の脚が閃き、それをナツが盾と剣で受け止める。
ナツと蜘蛛の力が拮抗し、動きが止まる。
ザクッ!
動きを止めた蜘蛛の腹に、俺の小剣が刺さる。
「防御!」
隊長の声が響き、反射的に俺は盾を怪物に向ける。
炎に包まれた。
熱ち暑ちあち
なんでだ。魔法使えないはずなのに!
目を上げると、蜘蛛の後ろに鱗に覆われた姿があった。
大きさはセントバーナードくらい。
丸みを帯びた頭に、くりっとした目がちょっと可愛い。
だがその下の牙の生えた口。そこから現れている炎は凶悪。
竜だ。子供だが竜、ドラゴンだ。
学名:コドモオオトカゲ
いや違う、そうじゃない。
再びブレスを吐くべく、ヤツは息を吸い込む。
やめてー
ブレスは後衛にも届いていた。
それなりの装備を付けている俺達は、まだ良い。
だがトウはヤバイ。彼は盾も持たず薄いローブしか纏っていない。
下手すると奴は死ぬ。
盾を構えた隊長が竜に向け突撃する。その姿から目を逸らし、俺はブレスを避けるべく盾の影に隠れた。
あれ?炎が来ない。
盾から目を上げると、子竜がケホケホしている。
ブレスは1回で品切れらしい。
しめた。
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全員生き残ったまま、戦闘は終わった。
箱も開け、中からは良い物っぽい革鎧とローブ、そして大量の金貨が出てきた。
俺は仕事が出来る男なのだ。えへん。
ただ、拙い状況には変わりが無い。
特にトウは青息吐息だ。
そして回復呪文は使えない。
「地下4階まで後退する」
うむ、それが良い。そうしよう。
扉が開き、閉まる。
目の前に革鎧を纏った人型が居た。
一見、人に見えるが違和感がバリバリにある。
これは怪物だ。間違いようが無い。
5人居る彼らが、詠唱を始めた。
ちょっと待って!
俺達は魔法使えないのに、怪物は使えるの?
それってズルい!
あ、さっきの場所に入ってないからですか、そーですか。
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「もー死ぬ、今死ぬ、すぐ死ぬ」
ボロボロのトウをミズとタダが支えて、地下4階に上がった。
あれからもう、怪物が出るわでるわ。
箱から出た僧侶系の巻物を、効果も判らずにトウに使い、何とか保たせたこと数回。
「ir-krassen-ɔː」
シャキーン
ミズの回復呪文で、トウが完全に回復した。
だが、余程ギリギリだったのだろう。膝を抱えてうずくまっている。
俺達はタダの回復呪文で怪我や火傷を癒す。
なんかタダの呪文だと、効きが悪い気がするんだよねー。
ともあれ魔法も復活したし、身体も治った。
もう1潜り、行っとく?
「出口まで後退する」
トウがもう見るからにボロボロ。精神的に。
この分隊で、最大の火力を持つのは隊長でもナツでもない。トウだ。
その彼がこの状態で地下5階はリスクが高すぎる。そう隊長は判断したようだ。
その後は、怪物との遭遇はほぼ無く、出口付近でスライムならぬヘドロムに遭遇しただけだった。
ヘドロムは、トウが高位呪文で焼き払った。
いや、これは引き返して正解だった。それくらい、その時のトウの目はイッちゃってた。
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「状況を終了する」
隊長の言葉と共に、トウは崩れ落ちた。




