第四圏 貪欲の迷宮4 -失踪-
地下4階に、解錠できない扉があった。
俺は試していないが、鍵穴内にはシリンダーも継ぎ目も無く、どうやっても開けられない扉があった。
その扉を開ける鍵を、俺達は持っていた。
俺がバイクと共に迷宮に落ちた日。
幽霊を倒し、解錠した箱の中に、凝った意匠の鍵があった。
その鍵が扉を開けたそうだ。
扉を超えた米軍分隊は、凄まじく強い怪物たちと遭遇した。
辛うじて全滅は逃れたものの、前衛の3名がその場で死亡。
地下3階まで辿り着いたが、毒のため2名が死亡。
1名だけが、ボロボロの状態で帰還した。
「私のことはカトーと呼んでくれ」
日系らしいその男は、タダの呪文で話が出来る程度には回復していた。
カトーから遺体の場所を聞いた隊長は、即座に判断した。
「コウ以外の隊員は準備にかかれ。準備が完了次第、状況を開始する」
迷宮の扉は、開きっぱなしにはならない。凄い勢いで閉まる。
設計者はPL法で訴えられること間違いない。
試行錯誤の末、迷宮内の行動は6名が上限と定められている。
つまり遺体を持ち帰るためには、5名以下で潜らなくてはならない。
今回は、遺体の回収が目的だ。
戦闘は可能な限り避け、箱は開けない。
俺の出番は無い。
もし俺の出番が必要な時、それはかなり拙い事態だ。
「安心しろ、地下3階なら5人だって大丈夫だ」
俺の不安げな顔を見て、トウが気休めを言ってくれる。
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迷宮に潜る分隊を見送った後は、会議室で待機。
カトーは医務室に行き、ここに居るのは俺とナタリーだけだ。
「大丈夫よ、コウ。遺体の場所は、地下3階に降りてすぐの処だから」
ナタリーは、今回の探索に参加しなかったため無事だったらしい。
どうやら米軍も7人居るらしい。おそらく日本側に俺が加わったため、政治的なバランスで1名増員したんだろう。
それにしても、立場が逆だ。
むしろ俺がナタリーを元気づけなくてどうする。
カツのために金貨を貸してくれたんだ。今度はこちらがお返しする番だな。
「そうよ、あの貸しはトイチだって聞いてたかしら?」
ちょっ、それどこの高利貸しだよ!
そんな冗談を言ってないと、不安に押しつぶされそうになる。
もしもの時は、カトーを含めた俺達3人に声がかかる。
俺達の出番が必要な時、それは分隊が全滅して、更に捜索隊を出す事態だ。
「コウは鍵開けができるんでしょ?」
ナタリーから聞かれるままに、家が代々鍵師をやってたこと、それが元で分隊に入り鬼軍曹にシゴかれる日々を話した。
そういえば、米軍にも鍵師がいるはずだな。そんな思いがちらっとは浮かんだものの、それを聞く前に話は別の方向に向かって行った。
「ふ~ん。今聞いた話からすると、コウはナツの事が気になるのね!」
ちちちちょっと待って!
なんでそんなことを言い出した!
「女のカンを見くびっちゃダメ」
いやそんなことはナイ。断じてナイ。アレは単なる吊橋効果です。
むしろ俺はナツよりナタリーの事が気になる。美人だし。
苦し紛れに俺がそう言うと、彼女は喜んでくれた。
喜んだフリをしただけか?
いや、きっと喜んでくれてるに違いない。
だが、それを確かめる時間は無かった。
分隊が帰還したのだ。
米軍の内、1人の遺体を連れて。
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『lá-leven』
劉さんの操作でシステムが起動し、大柄な米軍兵士が復活した。
ナタリーと話をしているが、英語なので俺には全く判らない。
こんなことなら、学生の頃にもっと勉強しとくんだった。
「じゃコウ、私達はもう1回潜ってくるから」
ミズが手を振り、分隊は再度迷宮に入って行った。
会議室に戻る俺を、ナタリーが追いかけてきた。
あれ、復活した兵士は?
「復活はしたけど、回復呪文を掛けられる人が居ないから、今は絶対安静よ」
なるほど。
復活した兵士はカークというらしい。
米軍の分隊長だそうだ。
少し気が楽になった。
これで地上に4名、万一日本側の分隊が全滅しても、何とか探しに行けるだろう。
そして、考えてみれば美人さんと2人っきり。
これはチャンスじゃないのか?
天が恵まれぬ俺に賜った千載一遇の機会に違いない。
そそそそう言えば、ナタリーの苗字は?
いや一緒に迷宮を探索する仲間だし、米軍の人の事も知らなくちゃね。
「ヒ・ミ・ツ」
あれ?
「私は、ただのナタリー」
パチッ。
音がしそうなウインクと共に彼女は言う。
ひょっとして、ナタリー・タダノさん?
もしかして日系?
そんなワケはない。
考えてみよう。
米軍の学者系、魔術師と僧侶は、ナタリー、マークにキャリー。
おそらく兵士の2人は、カークとカトー。
もしや、残りにマッコイとかいう人が居る?
「正解。もう1人はスコットよ」
マジで?
つまり、こういうことだ。
米軍側の呼び名は全て偽名だ。
映画の登場人物やら役者やらの名で、呼んでるだけだ。
そこまでするか?
目の前でナタリーがぺろっと舌を出している。
でも彼女の本名はナタリーじゃない。
騙された!
耳鳴りがする。
そんなに彼女に騙されてたのがショックだったのか、俺。
まだ数回しか会ったことがナイのに、既に心を盗まれてたのか。
でもナタリーなら仕方ない。だってすげー美人さんだし、胸だってもうボンッ!って感じだし。
いや、これは耳鳴りなんかじゃない。サイレンだ。
急に会議室のドアが開き、小銃を抱えた自衛官がドアの前に立つ。
何事?
自衛官に聞いてもわからない。
ナタリーに聞いてもわからない。
ただ、気になることがある。
自衛官が俺達の方を向いてることだ。
自分で言うのも何だが、俺達は貴重な人材だ。
迷宮内で戦闘を重ね、レベルアップした者などそうそう居ない。
だから銃を持つ自衛官が俺達に背を向け、誰かから俺達を護るなら話は判る。
だが今、自衛官は俺達を見ている。
いったい--
どういうことだ、と自衛官に聞く前にドアが開き、基地司令が現れた。
後ろには隊長とナツを手玉に取った若造もいる。
「困ったことになりました」
と、基地司令は言う。
その視線は、俺ではなくナタリーを向いている。
「Mr.カトーが失踪しました。地下4階の鍵を持って」
"凝った意匠の鍵"については、「第一圏 辺獄の迷宮3 -脱出-」参照




