第三圏 大食の迷宮6 -神曲-
米軍側の分隊に魔術師は、ナタリーとマークの2名。
一方こちらはトウ1人。
地下3階では魔術師系の魔法である座標感知が、多量に必要となる。
このため、日本側は遅れを取っていた。
会議室に張られた地図には米軍の書き込みだけが増え、俺達は階段付近から離れることができなかった。
この問題を解決してくれたのは、ラボだ。
「金貨100枚を用意すれば、巻物に座標感知の魔法を書き込むことができる」
白衣を着た科学者が断言した。
発掘された機器を調査した結果、ある程度使い方が判ってきているらしい。
だが、ボッタクられてる気がするのは何故だろう?
「気のせいだ」
トウが断言する。
そんなワケで、座標感知の巻物を持っては潜り、また書き込んで貰っては潜った。
地図は順調に埋まっていき、戦闘も楽になっていった。
何よりも、箱から良い長剣を見つけたのが大きい。
隊長がその長剣を使うと、殆どの怪物は1回の攻撃で土に還るほどだ。
だが、下りの階段が見つからなかった。
この迷宮は3階層で終わりか?
ある日の会議室、分隊内でそんな話を始めた。
「多分違うわ。9階層、または23階層の可能性もある」
なんだその具体的な数字。根拠あるのか?
「彼らが描いた地図、信用できるの?」
俺の質問には答えず、ミズは言う。
「彼らって、米軍ですか?」
ミズは頷く。
「もし彼らが主導権を握るために、わざと間違えて地図を描いたとしたら?」
可能性はある、と思う。
「本案件に於いて米軍は友軍だ。情報は信頼できるはずだ」
隊長が言う。でもそれ、タテマエじゃない?
「あんな迷路じゃ、地図が間違ってるかも知れない」
ナツは故意じゃなく過失だと言いたいらしい。
「僕は怪しいと思います」
タダは米軍不信派だな。
俺は--パス、正直分からん。
「故意に情報を伏せることは無い、はずだ」
トウが言った。
「しっぺ返し戦略って知ってるか?」
最初は相手と仲良くする。
相手が裏切ったら戦う。
それが、しっぺ返し戦略だ。
「しっぺ返し戦略は、ナッシュ均衡だ」
トウの言葉に、皆の頭の上に?マークが乱立した。
「…まぁ、良い戦略つーことだ。そして米軍は、これを基本戦略にしている」
なんでそんな事が判る?
「米軍のオブザーバに、ゲーム理論の研究者が居る」
再び、皆の頭の上に?マークが乱立した。
「…まぁ、しっぺ返し戦略の伝道師だ」
トウは落ち込み気味だ。
厳密な数学用語じゃなく、アバウトな言い方しなきゃならんのが気に入らんのだろう。
「ともかく、米軍の描いた地図に過失はあっても故意の間違いは無い」
トウはそう断言した。
トウ、ちょっと良いか。
解散して営舎に戻るトウを呼び止める。
「なんだ?」
囚人のジレンマでは、裏切りもナッシュ均衡だ。有限ゲームなら特に。
俺の言葉は、トウを微塵も揺るがさなかった。
「知っていたか。それを皆の前で言わなかったことを感謝するよ」
平然とトウは言う。
俺が言ったのは、しっぺ返し戦略が最も優れてるわけじゃない、ということだ。
特に、有限ゲーム--迷宮が何階層か判ってる場合は、どこかの時点で裏切った方が有利になる。
「いずれにしても今は信じるべきだ。米軍が裏切ったと判るまではな」
そうだな。
俺も、そう思う。
次の日、会議室の地図が全て埋まった。
回転床や落とし穴など、様々な情報が書き込まれた地図。
だが、地下へ向かう階段は描かれていなかった。
「本日は、米軍が探索した領域に向かう」
隊長が作戦を説明する。
「故意に誤りを描いたとは思わん。しかし過失は考えられる」
だがそう言う隊長自身が、米軍の裏切りを疑っているようだ。
「そうね」
ミズが同意する。
「是非、この部分を確認したいわ」
ミズが指差した部分には、"Statue"と書き込みがあった
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「これが彫像か」
トウが目を丸くする。
壁に悪魔のような彫像が彫られている。細かい部分まで精緻に彫られており、今にも動きそうに思える。
「造られてから、いったいどのくらい経ってるのか…」
ずっと洞窟は封鎖されてたんだから、少なくとも数百年は前のはずだ。
積もり積もった埃が、その年月を物語っている。
「じゃぁ大声を出すから、皆は周りを監視してて」
ミズが言う。
「パペ サタン! パペ サタン アレッペ!」
なんだその呪文?
次の瞬間、盛大に埃が舞った。
彫像が降りていく。
天井に隙間ができ、次第に大きくなっていく。
そして、下へ向かう階段となった。
「やがて、私たちは下へと降りてゆく地点に達したが、そこには大いなる敵、プルートゥが待ち受けていた」
歌うようにミズが呟く。
「ダンテ『神曲-地獄篇』第6歌の一節よ」
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「『神曲』が創られたのは13世紀から14世紀。この迷宮はそれ以後に人間により作られた」
「いや、そんなはずは無い。こんな技術は今まで地球上には無かった」
ミズの言葉にトウが反論する。
「さっき私が叫んだ呪文、あれは『神曲』で冥王プルートゥが叫ぶ言葉よ」
ミズも負けてない。
「宇宙人が『神曲』を読んだとでも?」
「それくらいにしておけ」
隊長が止めた。
「出口まで後退する」
この階段の開け方を米軍に伝える。
米軍が信じられるかどうかはさておき、もし俺達が全滅したら、直ぐに遺体を拾えるのは彼らだけだ。
だから、少なくともこちらから先に裏切ることはできない。
尤も、俺達を復活させてくれるかどうかは、判らないけれど。




