第三圏 大食の迷宮4 -迷路-
特戦の若造による3日間の訓練が終わった。
最終日の午後、俺はナツとの対戦で、遂に攻撃することができた。
盾で弾かれ、直後の突きで悶絶したが、これは大変なことだ。
人類にとっては小さな一歩だが、俺にとっては大きな跳躍である!
ちょっとだけ若造に感謝してやろう。ありがたく思うがヨイ。
そして迷宮の入り口。
久しぶりに民間人4人が揃った。
タダが俺のアザだらけの顔を見て、表情を曇らせる。
「その…大丈夫でした?訓練…」
「大丈夫、問題無い」
トウが応える。いやなんでお前が応えるんだよ。
「コウは愛しのナツに手取り足取り教わって嬉しい、タダはキツい訓練から開放されて嬉しい。これがWin-Winだ」
待てィ。
全然Win-Winじゃない。
しかも手を取ったのはあの若造…いやもうヤツの事は忘れよう。
「タダ、防御呪文を」
あれ?こんな所で?
「mantido-muur」
聞いたことが無い呪文だ。
「米軍が持ち帰った巻物から、ね。効果がずっと続く防御呪文らしいの」
ミズが解説してくれる。
「以前の僕と同じじゃないんですよ」
ちょっと得意げなタダ。
なまいきだぞ、タダのくせに。
俺だってナツに攻撃できたんだからな。盾で防がれたけど。
尤も、迷宮の中で上手くできるかは判らない。
隊長からも、今回は防御に徹するようにと言われている。
防御に徹したおかげか、前衛といえど地下2階までは危なげなく通過できた。
問題の地下3階。
既に米軍により、かなりの領域が地図に記載されている。見た感じ碁盤の目のように単純な地図だ。
なお、マッピング役はトウに引継ぎ戻した。
「この十字路は右だ」
トウの指示に従い、曲がる。
進んでいくと、前に階段が見えてきた。上への。
あれ?
「トウ、現在位置を」
隊長の指示で、トウが呪文を詠唱する。
「先ほど降りた位置だ」
なんでだよ!
交差点まで1本道なのに、1回右に曲がっただけで、どうして元の位置に戻るんだよ。
念のため階段を登ってみたが、確かに降りた位置だ。
再び地下3階に降り、十字路を再度右に曲がる。
今度は別の十字路に出た。
なぜだ。
「トウ、現在位置を」
「信じられないが、我々は先ほどの十字路を左に曲がったらしい」
なんですって?
「回転床?」
ミズの問いにトウが首を横に振る。
「それなら、先頭のナツを見ていた私が気付く」
トウの魔法を駆使した結果、十字路で方向が変わるということが判った。
「トウ、座標感知の残り回数は」
「後3回」
1度の探索で使える魔法は限られている。
この状況で座標感知が出来なくなったらアウトだ。
「出口まで後退する」
隊長の判断は妥当だと思う。
だが、もう少し早く判断すべきだった。
戻ろうとした俺達を、怪物の群れが襲ったからだ。
いきなり先手を取られた。
しかも前回、1頭であれほど手こずった熊が4頭。俺を含めた前衛3名に襲い掛かる。
避ける。
避ける避ける。
だが熊は両手を振り回し、俺の逃げ道を塞ぐ。
ぐはッ!
熊の手が俺を捕らえ、盾で防ぐも俺は吹き飛ばされる。
壁に叩きつけられ、骨が折れる音が聞こえた。
「ir-krassen-ɔː」
ミズの詠唱が聞こえ、折れた骨が元に戻る。激痛も和らぐ。
視界の隅で、隊長とナツが1頭の熊を土に還す姿が見えた。
これで残り3頭。
「ir-vrijheid」
タダの詠唱が聞こえ、熊が1頭固まる。
これで残り2頭。
tʃ-hi-concentração」
トウの詠唱で、麻痺した熊を含め3頭が火に包まれる。
その火の中から熊の腕が伸び、ナツを吹っ飛ばした。
壁に叩きつけられたナツは痙攣し、立ち上がる気配が無い。
火の中から、3頭の熊が現れる。
麻痺したはずの熊まで、もう回復したらしい。
拙い。
もう1頭の熊の腕がナツを襲う。
間に合えッ!
俺はナツに駆け寄ると、熊の腕を盾で防ごうとして吹っ飛ばされた。
「退避ッ!」
ナツを抱え上げ、隊長が叫んだ。
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ナツはタダの魔法で回復した。
トウの魔法で、現在位置も判った。
3回、十字路を曲がれば階段に辿り着く。
だが、その階段がとてつもなく遠い。
トウの座標感知の魔法が、もう2回しか使えないからだ。
これは、ひょっとして詰んだのか?
ヤバい。
ヤバいやばい。
カチカチカチ。俺の歯が--いや、俺の歯は鳴ってない。
ミズが自分の肩を抱き、震えていた。
タダがミズの側にしゃがみ込む。
「先生」
涙ぐんだミズの目がタダを捉える。
「ど、どうして…か、身体が動かな…いのよね」
タダがミズの手を取る。
「私…たち、このまま…」
「大丈夫、とは言えません。でも動かなきゃ本当にお仕舞いです」
震えるミズの身体が次第に落ち着いていく。
「トウの魔法が無くても1/12の確率で階段に辿り着きます。賭けてみる価値はありますよ」
いや、3回十字路を曲がるから1/64だぞ。
心の中だけで、そうツッコむ。
おそらくタダはわざと間違えている。
少しでもミズを安心させるために。
そのあまりに下手な慰め方が、かえってミズを安心させたらしい。
まだ脚は震えてるものの、ミズは立ち上がった。
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トウの魔法は尽きた。
階段は、未だ十字路は3回曲がった向こうだ。
運が悪いったらありゃしない。
だが、かえって皆の覚悟は決まった。
「全て直進する。怪物に遭遇したら退避だ」
もし退避ができないようならば、その時は仕方ない。
「コウ、退避できなければ攻撃しろ」
ナツが囁く。
俺個人の生存確率は下がるが、誰かが戻れたなら復活の可能性は結構高い。はずだ。
この状況で、おそらくそれが最も冴えたやり方だ。




